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お前を本当の妻にする気はない? それは好都合です、私は三か月で帰国しますので!  作者: 千堂みくま


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3の5 悪夢

 夜になり、私はソファで本を読みながらエルヴィスを待つ事にした。


(どんな深い事情があるにせよ、このままでいい訳がないわ)


 私はハンスの命を背負っている。

 エルヴィスが何を思い悩んでいるのかは知らないけど、私だって命懸けの使命を負っているのだ。

 彼が帰ってきたら、もう一度頼んでみよう。

 引き換えに何か要求されるとしても、それは命よりは軽いはずだ。


 先に休んでいろと言うだけあって、エルヴィスはなかなか帰ってこなかった。

 いつの間にかソファに座ったまま、私は眠っていたらしい。

 深夜にふと目が覚めると、なぜかベッドで横たわっていて、誰かが運んでくれたのだと気づく。


(旦那様かしら?)


 起き上がって闇の中で目をこらすと、確かに横にエルヴィスが寝ている。

 話をしたかったけど、さすがに眠っている相手を起こすのは気の毒だ。

 諦めてまた横たわろうとした時、エルヴィスの苦し気な呼吸が聞こえてきた。


「……っ、父上……」


 胸の辺りで硬く握られたシャツが、くしゃくしゃになっている。

 彼は荒い呼吸を繰り返し、額に汗を浮かべながら、あがくように言った。


「駄目だ、逃げろ……っ、ハラルト……!」


 あまりに苦し気で、私は闇に向かって伸ばされた彼の手を握った。


「しっかりして、大丈夫よ」


 悪夢の中で苦しむエルヴィスを見ていられなかった。

 現実のあなたは、ただ眠っているだけだ。誰もあなたを苦しめていない。


 私が手を握ると、彼はハッと気が付き、目を見開いてしばらく呆然とした。

 やがて手を握るのが私だと分かったのか、のろのろと起き上がって片手で顔を覆った。


「すまない……、起こしてしまったな」


 声がかすかに震えていて、痛々しい。

 私は口を閉ざしたまま、首をゆるゆると横に振った。

 そして恐る恐る問いかける。


「魔獣の討伐で、何かあったんですか?」


 エルヴィスは手を止めて、ゆっくりと顔を上げた。彼の顔には、苦しみ、悲しみ、そして深い後悔が浮かんでいた。


「何も……。何も、なかった」


 明らかに何か隠している様子で、歯切れの悪い言い方だ。


(何もなかったのは、今日の事でしょう。でも過去には何かがあった)


 悪夢にうなされる彼を見たのは初めてだった。

 しかもそれが魔獣討伐の直後となれば、それに関係して何か悲劇があったのだと考えるのは当然の流れだ。


(ハラルト、と言っていたけど……)


 テレーゼは以前、残っている直系の皇族はエルヴィスだけ、と言っていたはずだ。

 そこから予想すると、ハラルトというのはエルヴィスの兄か弟ではないだろうか。


(名を呼ぶくらいだから、多分、弟……かしら)


 考えていると、エルヴィスは苦笑して私に言った。


「また起こしてしまうと悪いから、俺は自室に行くよ」


 ベッドから降りて立ち上がった彼の手を、急いで握る。


「あなたがうなされているのに、私だけ熟睡しろと言うの? そんな事、できる訳ないでしょう」


 隣の部屋で夫が苦しんでいるのに、自分だけぐうぐう眠れる程、私は悪人にはなれない。

 私も立ち上がって、エルヴィスに向き合った。


「あなたがここで寝ないのなら、私もずっと起きています」


 自分でも、「私は何を言ってるんだろう」と不思議だった。

 エルヴィスに放置される悪妻になりたいのなら、ここで厚かましくぐうぐう眠ればいいのだ。

 でも口は勝手に動き、私の本音を暴いてしまう。


「本当の夫婦になりたいと言ったのは、嘘だったの? 隠し事をするくらい、私は頼りない?」


 私は泣きそうになっていた。

 真実を教えてもらえない自分が惨めで、悔しくて――そうだ、私は怒っているのだと今さら気づく。

 彼に向かって一歩踏み出し、さらに距離を詰めた。


「討伐の後に悪夢を見るなんて、何かあったと言っているようなものです。私も同行させてください。あなたの負担を減らしてみせます!」


 エルヴィスはやや驚いた様子を見せたものの、やがて諦めたように言った。


「誤解させてすまなかった。……俺はただ、自分が怖かったんだ」


 ゆっくりと腕を伸ばし、私を抱き締める。


「あの場所に行くと、自制が効かなくなる。頭の中で殺せ、殺せと声が響いて……、きみもこの手に掛けてしまうのではないかと怖かった」


 声は弱弱しく、語尾は聞き取れない程小さかった。

 私を抱き締める腕も頼りなく震えていて、私は両手を伸ばして、彼の顔をそっと包み込んだ。


「私はそんなに弱くありません。初夜を忘れたんですか? 私はあなたに襲われても、自分を守ってみせたでしょう」


 その時の事を思い出したのか、エルヴィスはしばらく黙っていた。

 しばらくして彼は私の手に自分の手を重ねて、仕方なさそうに苦笑した。


「強《したた》かな姫だな。美しくて、清廉で……」


 手を引かれて、視界がぐるりと回転する。

 気が付いたらベッドに押し倒されていて、エルヴィスは私に覆いかぶさりながら言った。


「ザイオンを同行させて、きみの身を守らせる。それでいいか?」


 どうやら私を連れて行く気になったらしい。

 私は嬉しくて、こくこくと頷いた。


「はい、結構です」


 よかった、と思った。

 これでようやく本来の使命を果たせる。


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