3の2 ふしだらなドレス
翌日、ザイオンが手配した仕立屋が皇城にやってきた。
三十歳くらいのはきはきした店主と、一人の助手で、店主はソファに座る私を見て感嘆の溜め息を漏らした。
「なんてお美しい……! お目にかかれて光栄でございます」
私はありがとうと言いつつ、慣れないなとも思っていた。
(もう何度も綺麗だと言われてきたけど、あまり実感が湧かないのよね)
シェイラは私を粗野で田舎くさい女だと言う。でもアシュロム王宮を出てからは美しいと褒められ、ひとの評価がよく分からなくなっていた。
後ろでは助手の女性とテレーゼが、布を広げたりリボンをテーブルに並べたりしている。
店主はデザイン画をローテーブルに置いた。
「さっそくですが、どのようなデザインにしましょうか? 陛下からは、皇妃様のお望み通りにせよと伺っております」
その言葉に私は安堵して、胸を撫でおろした。
(これで安心してドレスを作れるわ)
エルヴィスからデザインの指定をされたらどうしようかと思っていただけに、店主の言葉は嬉しかった。
私は店主の方に体を寄せて、こそこそと言った。
「なるべく派手なドレスを作りたいの。男性を誘惑するようなデザインがいいわ」
服を作った事がないので、どう依頼すればいいのか分からない。
(貴族のご令嬢は、デザインを指差して「これがいい」と言うのかしら)
そう考えたけど、テーブルに置かれたドレスはどれも控えめなデザインで、これを着たらまたエルヴィスに「清楚だ」と言われてしまいそうだ。
かといって「男遊びしてそうな、ふしだらな女に似あうドレス」と説明するのもおかしい。
結果的に派手という言葉を使ったけど、店主は納得したように頷いた。
「畏まりました。陛下を誘惑するようなドレスのご注文ですね? お世継ぎの心配をされていると」
「え……? ええ、そうね……?」
何がどうなって、世継ぎの話に繋がったのだろう。
エルヴィスは清楚なドレスが好きで、でも私は彼に嫌われたいから、真逆のドレスを作ろうとしていて――それがなぜ、世継ぎ?
(むしろ世継ぎなんか、作りたくなくなるはずなんだけど)
首を傾げそうになった時、店主は自信に満ちた顔で言った。
「お任せください。皇族の繁栄のために、全力を尽くします!」
「あ、ありがとう……?」
とりあえずデザインは店主に任せて、私はドレスに使う布を決める事にした。
布を広げている助手とテレーゼに、「大人の女性らしい色がいい」と伝えると、赤ワインのような色合いの布に決まった。
その後は採寸し、サイズを紙に書き留めると店主と助手は帰って行った。
工房では従業員総出で私のドレス作りに挑んでくれたらしい。
数日後、大きな箱が私の部屋に届いた。
成人男性二人がかりで運ばれたその箱には、私が店主に依頼した『派手な』ドレスが入っているはずだ。
自分で頼んでおきながら怖くて開けられずにいると、テレーゼがドレスを出してくれた。
「皇妃様、見事なドレスでございますよ」
テレーゼの腕には、艶やかなワイン色の色っぽいドレスがあった。
(こうして見ると、意外と普通かも……)
派手で男を誘惑するようなドレスにしてほしい。そう依頼したものの、実物を見たら意外と普通のデザインで、私はなぜかホッとしていた。
(初めての、私のためのドレスだわ)
今まで着ていたドレスはシェイラのお下がりで、何年も前に作られた流行遅れのデザインだった。
それだけに、流行の最先端の新しいドレスが嬉しくてたまらない。
しかしテレーゼの発言で、一気に気持ちは萎んでしまった。
「せっかくドレスが完成したので、陛下が晩餐はサロンで取ろうと仰っています」
「そ……、そう。分かったわ」
ぎこちなく笑いながら、私の胸には緊張が渦巻いていた。
(あの場所って、小さなダンスホールになっていたわよね)
この城には二つサロンがあり、大サロンは舞踏会を催すための大広間だから、今回は使わないはずだ。
今夜私達が使うのは小サロン――庭に面していて、隅にピアノが置かれた部屋だろう。
床に絨毯が敷かれていない事から考えても、ダンスのための場所で間違いない。
(どうしよう……、私、ダンスなんてできないわ)
私がシェイラになりきるための期間は、たった一か月しかなかった。
礼儀作法や帝国に関する知識の勉強、そして神力の制御だけで、あっという間にひと月使ってしまった。
ダンスのレッスンをする余裕はなかった。
せっかくドレスが完成したのに、ワクワクした気持ちはどこかに飛んでいってしまって、暗い気分で新しいドレスに着替える。
そして鏡に映った自分の姿を見て、どんなドレスを作ってしまったのかやっと理解した。
(全然、普通じゃなかったわ)
店主は私の依頼を忠実に実行してくれたらしい。
胸元はがばりと開いて谷間が見えているし、背中は丸出しで、腰のところにある頼りない紐だけで固定するデザインだ。
しかもスカートの部分には深いスリットが入っていて、歩く度に太ももが覗く。
鏡を見ている内に私の顔は蒼白になっていたけど、テレーゼは感嘆した様子で言った。
「本当にお美しい事……! 陛下はきっと見惚れるでしょうねぇ」
鏡台の前に私を座らせて、髪を結いあげてくれる。
「そう……かしら……」
私は自分をまともに見れなくて、あらぬ方向ばかり見ていた。
なんて派手なドレスを作ってしまったんだろう。恥ずかしくて、今すぐ脱いでしまいたい。
でもエルヴィスに幻滅してもらうという目的で、せっかく作ったドレスだ。
ドレス工房の人達も、一生懸命に作ってくれたのだ。
自分を奮い立たせて、部屋を出てサロンへ向かった。
目的の部屋が近づくにつれて私の足取りは重くなったけど、テレーゼは先に入室して、彼女の明るい声が廊下まで聞こえてきた。
「お待たせしました、陛下。皇妃様は目が覚めるような美しさでございますよ」
どうやらエルヴィスはすでに中にいるらしい。
私の緊張はさらに高まり、足は動かなくなってしまった。




