3の1 嫌われ作戦
何事もなく数日が過ぎた。
私は悠々と暮らしながら、不甲斐なさにくじけそうになっていた。
王族や皇族が広い城で豊かに暮らしているのは、それだけの重責を背負っているからだ。
豪勢な日々を送りたいのならば、それに見合うだけの使命を果たさねばならない。
(今の私は、分不相応そのものだわ)
巫女姫としての使命も果たしていない上に、夫はなぜか私を気に入っている。
あの騎士の誓いは、思った以上に私には重荷になっていた。
(私は彼の誓いを受けていい人間じゃない……)
エルヴィスを騙している私は、裏切り者に相応しい待遇を受けなければならない。
私は顔を上げて、髪の手入れをしてくれているテレーゼに問いかけた。
「ねえ、テレーゼ。陛下はどんな女性がお好みかしら?」
テレーゼは一瞬だけ手を止めて考えこんだ後、私の髪をとかしながら教えてくれた。
「陛下は女性自体があまりお好きではないんですよ。皇族には男児しか生まれないので、慣れないのもあるでしょうけど」
テレーゼの言葉に、私は祖国を思い出していた。
そういえばハンスは、「アシュロム王家には女児しか生まれない」と言っていた。
(アシュロムの王宮の雰囲気は、姫しかいないからだったのね)
全体的に瀟洒な作りで、いかにも女性が好みそうな家具ばかりだった。
でもここは武骨というか、飾りも最低限で、「住めればいい」という空気に満ちている。
(男ばかりの城に住んでいたなら、女性に慣れてなくて当然よね)
男性とお付き合いした経験がない私が言うのも何だけど、エルヴィスの距離の詰め方は少しおかしいと思う。
考えていると、テレーゼは「そうですねぇ」とのんびりした口調で続けた。
「皇妃様のような女性はお好きでしょうねぇ」
「……私? 髪が長いとか、瞳が緑色とか、そういう条件で?」
首を傾げながら言うと、テレーゼは面白そうにふふっと笑った。
「皇妃様はお美しいから、見た目に惹かれているのは確かでしょう。でもそれよりも、清楚な女性がお好きなんだと思いますよ」
「清楚……」
私はハッとして、口元に手を当てた。
エルヴィスは出会ってからというもの、私に対して何度も「清らか」だの「清純」だの言っていた。
(やっぱり、逆になればいいんだわ)
男をたぶらかすような、ふしだらな女になる。
ただ農園での件から考えて、私から浮気するような真似をしたら、ザイオンは私を殺すかもしれない。他の方法を試すしかない。
私は立ち上がって、嫁入りの時に持ってきた鞄の中を探った。
(あった。捨てなくてよかった)
私がアシュロムの王宮で暮らしていた一か月の間に、シェイラは自分が飽きた指輪を一つだけ私にくれたのだった。
『あなたも一応は姫なんだから、指輪くらいつけたら?』
そう言って、私の部屋に青い石の指輪を放り込んだ。
どれだけの価値があるかは不明だけど、これでドレスが作れないだろうか。
男にだらしない、ふしだらな女が着るようなドレスが望ましい。
指輪をじっと見ていると、テレーゼが「綺麗な石ですねぇ」と言う。
「これを換金して、ドレスを作れないかしら」
私が言うとテレーゼは「まぁ!」と驚いた声を上げた。
「祖国から持ってきた指輪でしょう。それは大切に取っておいて、陛下にドレスをねだればいいのです」
「え……、別にいいのよ、大した指輪じゃないし」
何しろ、シェイラがいらないと言って投げてよこした指輪だ。
むしろ手放したいくらいだ。
でもテレーゼは「いけません」と言って、私の手を取った。
そしてぐいぐいと手を引き、エルヴィスの執務室に行こうとする。
「テレーゼ、本当にいいのよ。私は自分でドレスを……」
どういうドレスを作りたいのか、説明する羽目になったら困る。
何とか踏みとどまろうとしたけど、テレーゼも譲る気はないらしい。
「皇妃様は遠慮しすぎです。ドレスぐらい、陛下に作らせればいいのです」
テレーゼはエルヴィスを尊敬しているのか、実は違うのか、よく分からなくなってきた。
廊下で揉めているとドアが開いて、ザイオンが顔を覗かせる。
「何を騒いでいるんですか」
「何でもないわ、気にしないで」
「皇妃様がドレスを作るそうです。予算を出してください」
テレーゼがここまで強引だとは思っていなかった。
ドアが開いたのをよい機会だと思ったのか、私達は全員で執務室に入った――というより、私はテレーゼに背中を押された。
室内では、エルヴィスが一枚の紙にサインをしているところだった。
彼はそれをザイオンに渡して言った。
「ドレスを作りたいんだな。何着でも作れ」
廊下で騒いだせいか、話が筒抜けだったらしい。
私は恥ずかしくて俯きながら、「一着でいいです」と小声で言った。
「よかったですね、皇妃。仕立屋を手配しておきます」
ザイオンは穏やかに微笑んでいたけど、私は彼の笑顔の裏に潜む本音に気づいていた。
(陛下に何かするつもりなら、許さないからな……とでも考えていそうね)
ザイオンには、エルヴィスと別れて祖国へ帰りたいのだと、白状してしまった。
彼だって私が皇帝の妃に相応しいとは思っていないだろうけど、ザイオンが何より重視するのは『エルヴィスの望み通りにする事』なのだ。
だからやはり私が目指すのは、エルヴィスに嫌われる妻だ。




