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お前を本当の妻にする気はない? それは好都合です、私は三か月で帰国しますので!  作者: 千堂みくま


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2の9 誓い

 必死さが伝わったのか、ザイオンは足を止めて振り返った。


「エルヴィスも言っていたでしょう、この国の結界樹は魔獣だらけだと。彼はあなたを危険にさらしたくないんですよ。それに、何よりも……」


 言いかけて、口を閉ざす。

 ザイオンは続きを私に話してもいいのか、迷っている様子だった。

 でもやはり言うべきではないと判断したようで、「何でもありません」と言って立ち去ってしまった。


(そんなに危険な状況なのかしら……)


 私は廊下に佇んだまま、アシュロムの結界樹を思い出していた。

 祖国の結界樹は女王とシェイラが頻繁に浄化しているため、瘴気もほとんど出てこない。

 あの静かな湖の島が魔獣で溢れている様子なんて、全く想像もできなかった。


(でも私は、どうしても行かないと)


 エルヴィスを何とかして説得しなければならない。

 考えつつ部屋に向かって歩きだした時、後ろから「皇妃」と声がした。

 振り返ると、エルヴィスが立っていた。

 彼は暗い表情をしていて、私の傍まで来ると言った。


「ザイオンと、何か話し込んでいたな」


 ぼそりと言い、私の顎に指をかけて上向かせる。


「どんな話をしていた?」


 まさかわざとあなたの嫌う料理を作ろうとしていたなんて、言える訳がない。

 金の瞳には、不穏な光が宿っていた。嘘や偽りで誤魔化そうとしても、見抜かれるかもしれない。

 私は唇を震わせながら、言葉を絞り出した。


「別に、何も……」


「俺には言えないような話か?」


 心臓を鷲掴みされたかのように、私の体は震えた。


(動揺しちゃ駄目……!)


 今すぐにでも逃げ出したい気持ちを抑えて、金の瞳を見つめる。

 ここで目を逸らしたら、さらにひどい追及が待っているだろう。

 必死の思いでエルヴィスを見つめていると、彼は予想外な事を口にした。


「……彼の方が好みなのか?」


 私は目を見開き、夫の顔をまじまじと見つめた。

 どうやら本気で言っているようで、エルヴィスの顔には悔しさが滲んでいる。

 どう反応すべきかと迷っていると、彼はなおも言った。


「ザイオンのような男の方が、好みなのかと聞いている」


「ち、違います。あんな人、全然好きじゃありません!」


 本心からの返答だった。

 この数日間で、ザイオンがどんな人物か私はまざまざと思い知った。


 私がザイオンに惚れる可能性は皆無だし、彼だって冗談じゃないと思っているだろう。

 でもエルヴィスはまだ懐疑的なので、私は焦って続けた。


「私はそもそも、男性には興味なくて……、ザイオンとは農園の話をしていただけです」


 私の言葉を聞いたエルヴィスは一瞬ホッとした様子だったものの、数秒後には落胆した顔になった。


「興味ない、か」


 苦笑して、私をふわりと抱き締める。


「俺の顔は嫌いか? 全く興味ないか?」


 また変な事を言い出したわ、と思った。それでも一応、真面目に答える。


「あなたの顔は、とても格好いいと思います」


 私が言うとエルヴィスは少し目を見開いて、安堵したように微笑んだ。

 そしてなぜか、顔をゆっくりと近づけてくる。

 私は彼の意図を悟り、その整った顔を両手でぐいっと遠ざけた。


「無体はしないと仰ったじゃないですか!」


「顔は嫌いじゃないんだろう」


「それとこれとは別です。……確認したいんですけど」


 大真面目な顔で言うと、エルヴィスは何かを察したのか、私の体を解放してくれた。


「なんだ?」


「あの…………。念のためお聞きしたいんですけど。キスだけだったら、子どもはできませんよね?」

 エルヴィスはしばらく何も答えなかった。


 目を見開き、口を少し開けた状態で、私を凝視している。

 やがて彼の体は小刻みに震えだした。


「くっ……ククッ……! ははは!」


「え? なんで笑って……」


 私にとっては重要な問題だった。

 これが解決しないと、エルヴィスとキスもできないのだ。

 彼は隙あらばキスしようとしてくるから、不安を解消しようと思って質問したのに。


「はは、きみは本当に……なんて清純なんだ」


 褒めているようで、貶《けな》しているとしか思えない。

 私はムッとして、エルヴィスを睨みながら叫んだ。


「もう、あなたなんか知らない!」


 そのまま自分の部屋に入ろうとしたら、後ろから抱き締められた。


「すまない。可愛い事を言うので、つい調子に乗ってしまった」


「……私の事、馬鹿にしてるでしょう」


「していない」


 彼は優しい声で言うと、廊下に片膝をついた。


「旦那様! あなたがそんな事をしては……!」


 この国を統べる皇帝にあるまじき行為だ。

 通路の向こうから、騎士達も何事かとこちらをみている。

 私は慌ててエルヴィスを立たせようとしたけど、彼はその体勢のまま私の手を取り、甲にそっとキスを落とした。


「最初のキスはここにしよう。きみに忠誠を誓うという意味のキスだ」


「忠誠……? それは騎士が主に対してするものでは?」


 私は捨てられた姫だから騎士は付かなかったけど、絵本で見た騎士はお姫様に忠誠を誓っていたはずだ。

 普通の忠誠は、主従の間で交わすべきものだ。

 でもエルヴィスは大真面目な表情で、私を真っすぐに見つめながら言った。


「俺はきみだけの騎士になろう。きみを裏切る事なく、危機には必ず駆け付けると約束する」


 私は足元がぐらりと揺れるような錯覚を感じて、倒れそうになった。


 私はすでにあなたを裏切っているのに?

 あなたを騙して妃になった私を守ると言うの?


 そして自分は何て卑怯な真似をしているのかと、胸が苦しくなった。

 ぐっと唇を噛んで、笑みを顔に張り付ける。


「ありがとうございます。でも、もうお立ちになってください。騎士達が何事かと心配しています」


 少し離れた場所から、騎士や使用人達が私とエルヴィスの様子を見て、勝手に盛り上がっている。

 頬を染めて拍手している人までいる。


 彼等とは対照的に、私の心は暗く沈んでいた。

 エルヴィスは立ち上がるとニッと笑って、彼らに「持ち場へ戻れ」と命じた。

 私はその背中をじっと見ていた。


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