2の7 罪悪感
「何か?」
「色んな料理を作るかもしれないから、陛下が苦手な味を教えてほしいの。知っておいたら、避ける事ができると思うんだけど」
エルヴィスのために料理を作ると約束したけど、一品だけとは言っていない。
全てを同じ味にする訳にはいかないから、苦手な味を避けたいと伝えればいいのだ。
ただここでザイオンに苦手な味を訊いたくせに、わざとその味付けにしたら、ザイオンには私の魂胆がバレてしまうだろう。
(今さらよ。いずれ離婚するつもりなんだから、覚悟を決めないと……!)
離婚計画のためには、ザイオンにも嫌われたままの方がいい。
ザイオンはしばらく私の様子を窺っていたけど、やがて一つの瓶を手に取った。
「この調味料は使わないでください。陛下は辛い物がお好きではありません」
ザイオンが手に取った瓶は、中に赤い粉がぎっしりと入っている。恐らくトウガラシの類だろう。
私はにこりと笑い、お礼を伝えた。
「教えてくれてありがとう。それは使わないようにするわ」
ザイオンは頷き、厨房から出て行った。
私が料理に毒でも入れたらどうするのかと思ったけど、その場合は容赦なく私を捕らえる理由ができるから、彼にとってはどちらでもいいのだろう。
(赤い粉なら、ちょうどよかったわ)
これから作るのは、トマトのスープだ。
赤い色なら誤魔化せるし、辛い味はトマトと相性がいい。
煮込んで柔らかくなったトマトを潰して、細かく切った野菜と豆、そしてベーコンを入れて煮込む。
人目を避けて先ほどの瓶を手に取り、大急ぎで鍋に加えた。
(あんまり辛いと可哀相だから……少しにしよう)
赤い粉は小さじ一杯ほどにしておいた。
トマトと同じ色だから全然目立たない。
そして料理長にこのスープを昼食に出すように伝えて、私は厨房から出た。
何気ない顔で綺麗なドレスに着替え、テレーゼに髪を整えてもらって食事の席につく。
エルヴィスはもう怒ってはいなかった。
「俺のために農園まで行ってくれたんだな。ありがとう、奥さん」
にこやかに笑うエルヴィスの顔を見ていたら、胸の奥がずきずきと痛くなってきた。
(わざと苦手な味のスープを出したら……、きっとあの笑顔は消えてしまうわよね)
作っている間は、これでエルヴィスに嫌われるのだと、強い決意を胸に秘めていたはずだった。
でも今の私は、彼の反応が怖くてたまらない。
とうとう目の前に赤いスープが出されて、私は自分で作ったくせに、エルヴィスの皿をひっくり返したい気分になった。
こんなもの、食べなくていいです――と叫んでしまいたい。
怖くて俯いていると、向かい側のエルヴィスがスープを見て言った。
「なんだこれは……真っ赤だな」
「……私が作ったトマトのスープです。あまり野菜の味がしないように、細かく切ってあります。豆とベーコンも入れたので食べやすいと思います」
ぼそぼそと自信のない声で説明したのに、エルヴィスは納得したのか、迷いなくスプーンで掬って口に入れてしまった。
(あっ、そんな大量に口に入れたら……!)
少しは迷ってくれたらいいのに、彼は私を信じきって、辛いスープをがばっと口に入れてしまった。
私は俯いて、自分のスープを見つめた。
エルヴィスの反応が怖くて、顔を上げられなかった。
心臓が弾けそうな程ドキドキして、胸が苦しい。
どれだけ時間が経ったのか……多分たった数秒だったろうけど、彼が上機嫌な声で言った。
「とてもうまい。俺が好きな味にしてくれたんだな」
「……え?」
せっかく妻が作ったスープだからと、無理をしているのだろうか。
慌てて顔を上げたけど、エルヴィスには無理をしている様子は少しもなく、よどみなくスプーンを動かしている。
(好きな味? どういう事?)
あの時確かにザイオンは、「これが陛下の苦手な味です」と言っていたはずだ。
私も瓶を間違えたりせず、確実に赤い粉をスープに入れたのに。
(量が足りなかったのかしら?)
スプーンを動かして、一口食べてみる。
「……っ!」
たった少しの量なのに口から火が出そうなくらい辛くて、スプーンを落としそうになった。
「俺に合わせてくれたんだろう。でもきみには辛すぎるのでは……」
「へ、平気です。私が作ったのだから、責任を持って全部食べます」
気を利かせたテレーゼが、グラスに水を注いでくれる。
私はエルヴィスの後ろに涼しい顔で立つザイオンを睨み付けた。
(騙された……! ザイオンはどこまでも旦那様の味方なんだわ)
思えば、最初から私はザイオンの術中にはまっていたのだ。
本当は好きな味なのに、苦手だと伝えておけば、その調味料を使っても使わなくてもエルヴィスを守る事ができる。
テレーゼも言っていた。「ザイオン様は陛下を守ろうと必死」だと。
(もう二度とザイオンの事は信じない!)
涙目になりながら、必死で自分が作ったスープを食べた。
もうしばらく辛い物はこりごりだと思った。




