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お前を本当の妻にする気はない? それは好都合です、私は三か月で帰国しますので!  作者: 千堂みくま


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2の6 嫉妬

「皇妃、それぐらいにしておいた方がいいですよ。でないと後で怖い事になるかもしれません」


「怖い事?」


 ただの握手なのに、何が起こるというのか。

 私が首を傾げると、ザイオンは城の方をすっと指さした。


「何? 別に何も――」


 言いかけて、ひゅっと息を呑む。

 一つの窓が大きく開いていた。


 恐らくそこが執務室なのだろう。開いた窓枠にエルヴィスが頬杖をつき、不機嫌そうにこちらを見ている。

 視線だけで殺せそうな程、金の瞳がギラギラと光っていて、ジャンはすくみ上って「し、失礼しますぅ」と去ってしまった。


 ジャンが立ち去ったのを見届けたエルヴィスは、ふいっと姿を消した。


「ど、どうして……? 私は何も、怒られるような事は……」


 呆然と呟くと、ザイオンがやれやれと言いたげに溜め息をつく。


「皇妃は大切な事を忘れておられる。あなたは新婚なんですよ? 妻が他の男と親し気に話していたら、夫としては気分が悪くて当然でしょう」


「な……」


 私は呆れて、反論さえ忘れてしまった。


(ジャンと私は、親子程も年が離れているのに)


 しかもジャンの気質からして、皇妃に手を出そうなんて考えもしないに違いない。

 彼はただの真面目な農夫だ。

 しばらく唖然としていたものの、これはいい機会かもしれないと思えてきた。


(旦那様は、私の事を清らかだとか言っていたわよね……)


 あの嬉しそうな様子からして、逆の事をすれば彼は私に失望するだろう。

 つまり男にだらしない女になればいいのだ。

 私はにやりと笑い、挑発するような視線をザイオンに向けた。


「陛下は私を誤解されているわ。私はまともな女じゃないの。夫にだけ操を立てるような、貞淑な妻じゃないのよ」


 私が言うと、ザイオンの薄い金の瞳が見開かれた。

 きっと巫女姫らしからぬ発言に驚いたのだろう。

 でも彼は何を思ったのか、突然ぐっと距離を詰めて、私に顔を近づけた。


「へえ、そうですか。では私が相手でもいいと?」


「ちょ、ちょっと……!」


 急に息が触れそうな程近寄られて、私は反射的に一歩下がった。

 でも慌てたせいで足がもつれて、地面にどてっと尻もちをついてしまう。

 無様そのものの私を見て、ザイオンは冷笑した。


「はは、見え透いた嘘はやめた方がいいですよ。では私はこれで」


 去っていくザイオンの後ろ姿を、呆然と眺めた。


「大丈夫ですか、皇妃様」


 心配したテレーゼが私の手を引いてくれたけど、私はまだぼうっとしていた。


(確かに私は、皇妃にあるまじき発言をしたけど……)


 何もここまでやりこめなくてもいいのではないだろうか。

 ザイオンはエルヴィスの側近だから、主人を守って当然だとも思うけれど。


(何なの、あのザイオンって男!)


 もう二度と彼には近寄らないようにしよう。

 密かに決意した時、テレーゼが申し訳なさそうに言った。


「ザイオン様は陛下を守ろうと必死なんですよ。何しろ直系の皇族は、エルヴィス様しか残っておられませんので……」


「そう……、そうだったわね」


 シェイラなら知っていて当然の情報だ。

 私は知らされていなかったけど、平静を装って答えた。


(こんなに広大な城なのに、直系が旦那様だけ?)


 皇城の奥は皇族の住処になっていて、いくつも部屋が並んでいる。


(『残ってない』という言い方からして、最初は何人かいたという事よね)


 さらに不思議なのは、城の規模に対して使用人の数が少なすぎる事だった。

 いくらエルヴィスが人間嫌いだとしても、釣り合いが取れていない。

 考え込みながら籠に野菜を収穫して、城の中へ戻った。







 野菜を抱えて厨房へ行くと、料理長が思わぬ感謝を伝えてきた。


「皇妃様は自ら畑に出向いて、野菜を収穫なさったそうで……! 使用人一同、皇妃様の陛下への愛に感動しております」


「そ、そう……?」


 ぎこちなく微笑みながら、私は愕然としていた。

 おかしい。

 皇妃らしからぬ恰好で城を歩き回り、騎士達や文官にギョッとされたはずだった。

 彼等は私を「妃には相応しくない」と、噂してくれたのではなかったのか。

 てっきりそうなっていると思ったのに、なぜか感謝されている……。


(なんでやった事が裏目に……)


 真逆の評価に意気消沈しつつ野菜を水で洗い、包丁を手に取ると、また背後からあの声がした。


「手慣れていますね」


 ぎくりとして振り返ると、ザイオンが立っている。

 内心で「来た」と思いつつ、私はまな板に置かれた野菜に向き合った。


 ザイオンとは表面だけの付き合いをした方がいい。

 あまり深く関わると、私の身が持ちそうにない。


「美容と健康のために、料理を練習してきたのよ。野菜のことも勉強したしね」


 それだけ言って、ザイオンを無視してトマトを切っていく。

 早く立ち去ってくれないだろうか。


 私が料理に毒でも入れるのではないかと、警戒しているんだろうか。

 ザイオンは見張りに来たのだろうと考えていたものの、彼はもったいぶった口調で言った。


「陛下がどんな味付けを好むのか、教えて差し上げようと思ったのですが……余計でしたね」


 その言葉に、ハッと顔を上げる。


(旦那様の好みの味を聞いておいて、逆の味付けにしたらいいんじゃない?)


 エルヴィスの大嫌いな味にすれば、彼はこんなまずい料理なんか食えるかと激怒して、私を冷遇するようになるかもしれない。

 出ていこうとするザイオンを、「ちょっと待って」と呼び止める。



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