2の4 朝食にて
食堂として用意された部屋は、庭に面していた。
窓からは朝日が差し込み、真っ白なテーブルクロスの上には季節の野菜がたっぷり使われた料理が並ぶ。
エルヴィスはすでに着席していて、私は彼の向かい側に座った。
「遅くなって申し訳ありません」
部屋には何人か侍従らしき人がいたけど、エルヴィスの給仕をしているのは彼によく似た灰白色の髪の青年だった。ザイオンだ。
昨日と同じように、長い髪の毛をうなじの辺りで一本にくくっている。
(ザイオンも皇族なのかしら)
瞳の色も薄い金色だし、雰囲気が似通っている。側近に血縁者を置くのはよくある事だとシェイラも言っていた。
しばらくの間、私達は無言のまま食事をし続けた。
黙々と食べていたのは、緊張していたからだ。
(一か月も訓練したんだから、食事のマナーは完璧なはずよ)
この城に到着した日はたった一人の食事だったので、誰の目を気にする必要もなかった。
でも今は使用人達の目がある。エルヴィスもザイオンも私を見ている。
せっかくの美味しい食事も味が分からなくなっていると、エルヴィスが皿の上にナイフを置いた。
「機嫌が悪そうだな」
「そんな事ありませんわ」
機嫌が悪いのではなく、ただ単に緊張しているから表情が硬いだけだ。
自分でもそっけない言い方になったと思っていると、エルヴィスが妙な事を言い出した。
「やはり昨晩の件で怒っているんだろう。俺がひどい事をしたから」
彼の発言に、使用人達がぎょっとする気配が伝わってきた。
ザイオンは少し目を見開き、「面白い事を言い出したぞ」という顔をしている。
私は思わず手を止めて、向かい側に座る夫を見つめた。
「気にしなくて結構です。全然、少しも怒っていません」
本当は怒りを覚えるような事をされたけど、初夜で偽者だと疑われて、神力を持っているか試されたなんて口に出されるのは困る。
使用人達にまで偽者なのかと疑われたら、神聖な結界樹に近づくなと警戒されるかもしれない。
ハラハラしながらエルヴィスの様子を窺っていると、彼は言った。
「きみは初めての様子だったのに、無理強いしてすまなかった。もう二度とあんな無体は」
「陛下……! 気にしてないと言ったでしょう!」
ただ巫女姫としての資質を試されただけなのに、こんな言い方をしたら、いかがわしい事でもあったのかと誤解されてしまう。
テレーゼが「あらまぁ」と呟き、エルヴィスの椅子の後ろでは、ザイオンがくくっと楽しげに笑っている。
私は恥ずかしくて、フォークを持ったまま熱くなった顔を俯いて隠した。
(やっぱり誤解された。なんでそんな言い方を……)
私達は昨夜、同じベッドで眠っただけだ。
エルヴィスは私に抱きついていたけど、決して子どもができるような事はしていない。
思わずエルヴィスを睨み付けると、何が悪いのかも理解していないのか、彼はきょとんとしていた。
その様子がさらに私を苛立たせて、何か仕返しをしてやりたくてたまらなくなる。
ふと見ると彼の前にある皿には、綺麗に野菜だけが残っていた。
(お肉と野菜のソテーなのに、勿体ない食べ方をして……)
そしてハッと思い付き、私は意地悪するつもりでエルヴィスに言った。
「野菜を残すなんて、子どもっぽいですよ」
彼は自分の皿を一瞬だけ見てから、気にもしていない様子で答えた。
「苦手なんだ。それに、肉と魚だけでも体調を崩した事はないから大丈夫だろう」
「それは陛下がまだ若いからです」
ハンスと私は体が資本だから、体調を崩すと命にかかわる。
風邪を引いたら野菜の世話ができなくなり、収入が途絶えて飢えてしまう。
だから私達は栄養のバランスを重視して、体調だけは崩さないように気を付けてきた。
(大体、誰かが一生懸命に作ったものを残すなんて失礼だわ。野菜を作るのって、かなり大変なんだから)
野菜を作るには、まず土をよい状態にする事から始めなければいけない。
しかも同じ種類の物を植えるとうまく育たないケースもあって、頭も体も使うしんどい仕事なのだ。
そうして一生懸命育てた野菜が市場に出て、料理人が買い、美味しく食べられる調理法で食事を作ってくれているわけだ。
「せっかく料理してくれたシェフが可哀相です。農家の方だって、丹精込めて野菜を作ったでしょうに……」
つい愚痴っぽい口調で言うと、部屋の中がシンと静まり返り、私はハッとして顔を上げた。
エルヴィスとザイオンが、信じられないものを見たかのように目を丸くしている。
やがてザイオンがにやりと笑って言った。
「皇妃は別人のように変わられましたね。ちゃんと他人を思いやる人間になられたようだ」
その言葉で、私は顔から血の気が引くのを感じた。
(しまった……、シェイラがそんな事を言う訳がないんだわ)
他人を踏みにじる行為に抵抗がない姉が、料理人や農家を労わる発言をするはずがない。
私は姉と一緒に食事をした事はないけれど、彼女は気に入らない料理なら口に入れもせず、むしろ料理人を呼んで叱りつけるだろう。
どんな栄養のある料理でも、まずい物を食わせるなと怒鳴りそうだ。
(どうやって誤魔化せば……)
考える程に頭は空回りして、何を言えばいいのか分からない。
頭が真っ白になっていると、エルヴィスがふっと笑う気配がした。
「ではきみが俺のために、料理を作ってくれないだろうか。野菜がうまいと思えたら、今度から残さず食べよう」
また変な事を言い出したと思ったけれど、この気まずい空気を変えてくれてよかった。
こっそり安堵しつつ、素知らぬ顔で答える。
「どうして私が……」
断りかけて、ある名案を思い付いた。
そうだ。
わざと不味い料理を作って、幻滅してもらえばいいのでは?
私はにこやかに笑って、いかにも得意げに言った。
「分かりました。陛下のために、野菜をたっぷり使った料理をお作りします」
偉そうに説教したくせに不味い料理を出したら、エルヴィスは私に失望するに違いない。
私への興味が失せて、お飾りの妃として放置してくれるかも……。
食後の紅茶を飲んで退室しようとすると、ザイオンがエルヴィスに何かを囁いている様子が目に映った。
もしかして、私の事を言っているんだろうか。
気になって耳を澄ませた時、ザイオンの言葉の一部が私に届いた。
「本当に……みたいだな。しかしお前、うまく庇ってやったな」
まるで兄弟のように気安い話しぶりだった。
やはりザイオンも皇族なのだろう――そう考えつつも、私は彼の発言が気になった。
(庇った? 私の事?)
私が困っているのを悟ったエルヴィスが、助け船を出した……そういう意味だろうか。
まさか、ただの偶然でしょう。
でも何となく気になって、部屋から出る直前、エルヴィスをちらりと見てしまう。
彼も私をじっと見ていた。
その金色の瞳には少しも私に対する嫌悪感がなくて、ただひたむきに私を見つめていて、なんだか胸が苦しくなった。




