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お前を本当の妻にする気はない? それは好都合です、私は三か月で帰国しますので!  作者: 千堂みくま


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2の2 夫の様子がおかしい

 まごついていると、彼はぽつりと言った。


「きみの、その目が……」


「目? 私の目が何か?」


 自分の目元に指先を当てて問うと、彼は「何でもない」と首を振った。

 その時、私はエルヴィスの変化に気づき、ハッと息を飲んだ。


(昨日は「お前」だったわよね)


 どうして今朝になって、『きみ』に変わったのだろう。

 その理由は不明だけど、『お前』よりは『きみ』の方が、相手を大事にしようとする気持ちは伝わってくる。


(やめてよ……! お前のままでよかったのに)


 昨晩は明らかに私を蔑んでいたくせに、なぜ夜が明けたらがらりと様子が変わっているのか。

 何か言わなければ。

 彼が私を徹底的に嫌うような事を……!


(もうそのまま、私の事は「お前」でいいですと、言ってしまおうかしら)


 言葉は喉まで出かかっていたものの、やはり私はまごついて口には出せなかった。

 私はこれまでの人生で、誰かに嫌われようとした事はない。そんな大それた恐ろしい事を自分からするのは、かなりの勇気が必要だった。


 エルヴィスがシェイラを嫌っているのは、シェイラが過去に何かしたからだ。

 本音を言うとその関係を利用したまま自分からは何もせず、エルヴィスに嫌われたままでいたかった。


 私が思い悩んでいると、彼は私の髪をひと房手に取った。


(何をする気……!?)


 じろじろ見られると、色を染めた事に気づかれるかもしれない。

 彼の手から髪を払い落したい衝動に駆られたけど、それによってさらに注意が髪に集中するのは避けたかった。

 素知らぬ振りで我慢していると彼は髪にキスをして、私の予想の範疇を超える事を言い出した。


「どうしたら、俺を好きになってもらえるだろうか」


「………………はい?」


 呆然としたまま、何秒間か固まる。


(な、なんですって?)


 今なにか、私の計画の全てが崩壊するような事を言われた気がする。

 でも頭が必死に理解を拒否している。

 硬直していると、エルヴィスは真摯な瞳で私の手を取った。


「きみと本当の夫婦になりたい。俺達の子どもが欲しい」


 私はさらに数秒間、石のように固まった。


 冗談でしょう……!

 昨晩は私の事を、毒婦だと言っていたくせに!


 私は焦るあまり、姫らしからぬ大声で叫んだ。


「旦那様は昨晩、本当の妻にする気はないと言いましたよね……!? 私の事は嫌いなんでしょう!?」


 最悪の初夜が開けて、なぜか夫は心変わりをしている。

 悪夢という他ない。

 しかしエルヴィスは私の手を離してくれず、彼はそのまま言った。


「まぁ、そうだな。……やはりそういう事か」


 何かぶつぶつ言っているけど、混乱を極めた私の耳には入らなかった。

 とにかく焦っていて、このままでは計画が崩壊すると思って、私は必死に叫んだ。


「嫌いな女相手でも、こ……子どもを作ったり、できるんですか!?」


 まさかできませんよね?

 男性にもプライドというものがあるでしょう?


 もう今すぐにでも嫌われたくて、挑発するつもりで放った言葉だった。

 でもエルヴィスは私の手を握ったまま、深く頷いた。


「できる」


「旦那様は、ケダモノですね!」


 叫ぶと同時に、彼の手をばしりと払いのける。

 皇帝相手の所業とは思えぬ無礼だった。今すぐ首を跳ねられてもおかしくないはずだ。


 でもエルヴィスは平然としていて、私はぎゅっと唇を噛み、ベッドに正座して深々と頭を下げた。

 拒絶を受け入れてもらえないなら、懇願するしかない。


「旦那様にお願いがあります」


「俺もきみにお願いしたい。どうか俺に惚れてくれないか?」


 まだそんな事を……!


 たった一日しか経っていないのに、すでに計画が崩れ出している。

 焦りと夫に対する苛立ちで、シーツに爪が食い込んだ。


「結界樹の浄化には、かなり体力を使います。私が使命を果たすまで、手は出さないと誓ってください。体調を崩すと浄化が失敗してしまいます」


 体力を使うのは本当だけど、私はシェイラと違って、体調を大きく崩した事はない。

 でもこれくらいの嘘をついておかないと、祖国へ帰れなくなるのではないかという恐怖があった。


(詳しくは知らないけど、たった三か月で子を産める訳がないわ)


 実をいうと、私は夫婦の営みというものをよく知らない。

 ハンスはそういった事は教えてくれなかったから、街で女性達が噂している話をこっそり聞いたぐらいの知識量だ。

 お腹が大きくなった母親の姿を見た事もあるけど、確か出産までには半年以上かかっていたはず。


(それに、何よりも……子どもをここに残して、自分だけ祖国へ帰ったりはできない)


 私自身が、女神の色を持たずに生まれ、不要だと捨てられた姫だ。

 事実を知った時は、何日も不眠になる程ショックだった。


 私がエルヴィスの子を産んで自分だけ祖国へ戻ったとすれば、その子は「母に捨てられた」という悲しみを背負ったまま生きていく事になる。

 それだけは、何があっても避けたい。


(とりあえず、寝台の上で男女が何かをすると子どもができるのよ。その何かはよくわからないけど、必要以上に旦那様と接触しないようにしないと)


 願いと祈りを込めて頭を下げていたけど、エルヴィスは黙り込んでいる。


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