2の1 無理やりな添い寝と謝罪
カーテンから朝日が差し込み、私は眩しさに薄っすらと目を開けた。
(ここ、どこ……?)
山小屋でいつも見ていた、木目のある壁じゃない。
アシュロムの王宮で閉じ込められていた、寒々しい部屋でもない。
光るほど磨かれた木彫りの家具、豪華なシャンデリア。花瓶に活けられた花から、清らかな香りが漂ってくる。
見慣れない景色に一瞬、頭が真っ白になったけど、そういえば帝国へ嫁いだのだったと思い出した。
起きようと身じろぎして、なぜか自分の体が全く動かない事に気づく。
(何か体の上に乗ってる……!?)
重い何かが私の体の自由を奪っていて、背中に冷たい汗が流れた。
寝ている間に、拘束されたんだろうか。
もう偽者だとバレてしまったんだろうか。
とにかくここにいるのはまずい気がして、必死に動こうとすると、頭の後ろから「うぅん」と誰かの眠そうな声が聞こえてきた。男の声だった。
(男が私の体に抱き付いてる! どうやって部屋の中に……!?)
何とか首を動かすと、ドアの前に置いておいたチェストがなぜかズレている。私が必死の思いで、汗をかきながら動かした重たいチェストが。
無理やり侵入した男が、私の体に抱きついて寝ている。
私の体に、何かしたかもしれない。
全身から嫌な汗が出てきて、私は叫び声をあげた。
「助けて! 誰か!」
「なんだ、起きたのか」
(この声……旦那様?)
眠そうな声は、確かにエルヴィスのものだ。
それは理解できたけど、なぜ一緒に寝ているのだろう。
昨晩のひどい初夜から一緒に寝るという行動が結びつかなくて、私の頭は大混乱に陥った。
「は、離れてください!」
「せっかく気持ちよく寝ていたのに……」
エルヴィスは不満そうに呟きながらも、私を解放してくれた。
大急ぎで彼から離れて、ベッドの端で自分の体を確認する。
(よかった、何もされてないみたい)
肌はさらさらしていて、何かをされた形跡はない。
安心したからか、エルヴィスに対してムカムカしてきた。
初夜でひどい事をしておきながら、なぜ一緒に眠っているのか。私の立場にもなってほしい。
何か一言ぶつけてやらないと、気が済まない。
振り返って彼を睨みつけると、乱れたシャツの隙間から鍛えられた体が見えて、私の怒りは一瞬で消えてしまった。
恥ずかしくて直視できない。
(ハンスと全然違う……)
六十を過ぎたハンスと比べるのはエルヴィスに失礼だと分かりながらも、私は夫を見れなかった。
「シャツを、整えてください」
俯いてシーツを睨み付けながら言うと、エルヴィスは動きを止めたようだった。
「なんだって?」
思いもよらぬ事を言われたという声音だった。
それでも私は自分のために、もう一度声を張り上げた。
「胸元が見えています! シャツのボタンを締めてください」
「ああ……」
ようやく理解したのか、エルヴィスはボタンを閉じ始めた。一番上のボタンは外れたままだけど、胸元はちゃんと隠されて、ようやく私は夫を見る事ができた。
明るい部屋の中で改めて見ると、彼は見とれるほど顔が整っていた。私が十八年で出会ってきた人間は少ないけれど、それでも郡を抜いて目立つ容姿をしていると思う。
じっと見つめる視線に気づいたのか、彼は優し気に笑った。
エルヴィスの笑顔を見たのは初めてで、なぜか胸がどきんと音を立てる。
「無垢なんだな。……思った通りだ」
何を言われたか分からず、私は首を傾げた。
(無垢? シャツのボタンと何の関係が……)
言葉の意味を考えている内に、エルヴィスの顔色がかなり良くなっていると気づいた。
目元のクマも薄くなっていて、なぜかホッと安堵する。
私の様子をじっと見ていたエルヴィスは、ぽつりと「すまなかった」と言った。
「え……? なんの謝罪ですか?」
「昨夜は無理やり試すような真似をして、申し訳なかった」
「謝る必要なんかありません」
これは本音だった。
むしろ謝ってくれない方がいい。
どんどん私が嫌がる事をしてくれた方が、私も遠慮なく彼を嫌いになれる。
「何も気にしなくて結構です。私は嫌われるような事をしたんですから」
シェイラと過ごしたのはたった一か月だったけど、その短い期間でも、彼女の性格が歪みまくっているのは充分に思い知った。
あの様子だと、エルヴィスにもひどい事を言ったに違いない。
(蛮族の王だの、血なまぐさい男だの……。言いたい放題だったわ)
本人に対してどれだけの悪意をぶつけたのか、想像するまでもない。
私の言葉に、エルヴィスはほんの少し目を見開いた。
そしてまたふっと柔らかく笑い、彼の笑顔を見慣れていない私はどきまぎした。
(この人、笑うとすごく印象が変わるんだわ)
きっと不機嫌そうな顔ばかり見ていたからだ。慣れたら何ともなくなるはずだ。




