女の花園
与えられた元王妃の部屋は、これまでの離れより広く、豪華だった。天蓋付きのベッドはキングサイズだ。窓の外には、小さな庭があった。花壇の跡が残っている。
もしかしたら、前の王の妃は、花が好きだったのかも知れない。
「ステラ様!離れからの荷物もすべて運び終えましたよ!」
リエンが笑顔でそう言った。
「それじゃ、俺はエリオスの元へ行ってくるよ」
ジェードは移動が完了したことを確認すると、軽やかな足取りで去って行く。
「ステラ様…実は他の側室の方からのお茶会のお誘いが来ています」
リエンは私に白い封筒の手紙を差し出した。彼女の目が憂いた様に伏せられる。
「…もしかしたら、ステラ様への牽制もあるかもしれません」
側室の姫達には、まだ会ったことは無い。リエンが小声で告げる。
「殺されてこそいませんが、離れに隔離されている彼女達からすれば今のステラ様の状況は…面白くないかと」
女性の嫉妬は怖い。リエンはそれを危惧しているのだ。確かに実際の関係性や感情はともかく、今の私の立場は王からの寵愛を受けている様に見える。
「ステラ様、どうなさいますか?お断りしてもよろしいかと…」
私は首を横に振る。リエンの心配はありがたいが、ここで新しく入ったばかりの側室である私が断れば、余計に角が立つだろう。
「いえ、行くわ。リエン、準備を手伝ってくれる?」
「は、はい!ステラ様がそうおっしゃるなら…!」
リエンは私の言葉に張り切って頷いた。私はドレスという武装服を着てお茶会に挑んだ。お茶会は、貴族達の中でも、特に家柄の良い側室の部屋で行われる。私はリエンを連れて足を踏み入れた。
白いテーブルクロスが掛かっている丸テーブルの上には、お茶会の一式が揃っていた。紅茶やケーキ、スコーン、サンドイッチ。赤い果実の粒入りのジャムまで。
華やかなドレスを着た女性達が私をじろじろと眺める。上から下まで眺めると、彼女達は口を扇子で隠してくすくす笑った。
「ーーまぁ、小国の令嬢が新しい側室?」
「そのドレスも可憐ね。小さくて地味な花の様で」
白いドレスを着た私を露出の多いドレス姿の側室達が嘲笑う。私の隣でリエンが怒りに顔を赤くした。私はそれを一瞥し、制する。リエンは顔を赤くしたまま、黙って隠すように俯いた。
「王と一夜過ごしただけで良い気になっているの?珍しいだけですぐに飽きられるわ」
背中が見えるデザインの赤いドレス。マーメイドドレスの隙間から、生足が見える一番家柄の良い女性が私に言った。
「王のご機嫌が続くはずがないもの。今まで何かを勘違いして浮かれた側室達は皆、姿を消したわ」
古株である彼女はそう冷静に告げた。ここにいる女性達は皆、賢く聡明だ。だからエリオスの側室であり続けることが出来ている。
「いい?王に自分は寄り添えるだなんて馬鹿な期待はしないことね。王はただ、暇つぶしを求めておられるの」
彼女の言葉には、嫌な説得力があった。昨夜私に芸をするよう、求めたエリオスは、退屈凌ぎを求めている印象を受けた。側室達もそれを感じているのだろう。
「私達は芸を磨き、王の側室であり続けているわ。だけど、貴方は何か努力をしているのかしら?努力を辞めた瞬間、貴方も切り捨てられるわ」
古株の彼女は冷たく私を一瞥した。
「それを忘れないことね」
短くそう告げて彼女は優雅に紅茶を飲んだ。甘い声で別の女性が私に尋ねる。
「それで?貴方は何が出来るのかしら。まぁ、もっとも…ここにいる私達より、芸が優れているようには、見えないけれど」
甘い声でくすくす笑う。ーー私に優れた芸など無い。前世でも特技など無かったから他の人達に追いつこうと、必死で努力した。結果、社畜となり、過労死した。今の私はただ、前世の知識を使って命を繋いでいるだけだ。
「ただ…話をしています。私の故郷に伝わる物語を…」
彼女達が私の言葉に鈴を転がす様な、可憐な笑い声を上げた。
「ふふ、今の聞きました?特に大して語り口が上手でも無いのに、話をしているですって!」
「ええ、芸の無い方。しかも、小国の物語など…グラディア王国で人気の物語の方が、面白いわ!」
尚も甘い声は私を嘲笑う。
「今の貴方はただの王の気まぐれ。これでハッキリ分かったわ」
古株の女性が扇子を閉じた。彼女は赤い唇を上げて笑って告げた。
「次はきっと貴方が飽きて捨てられるわね。もう会うことも無いわ。さよなら、もう行っていいわよ」
扇子で扉を差し示される。ーーもう出て行けと言うことだ。私は笑い声を背に、部屋を出た。廊下に出た瞬間、リエンが泣き崩れた。彼女は目から沢山、涙を流して嗚咽を漏らす。
「あんな…あんな言い方ッ…!ステラ様のことを何も知らないのに…!私、悔しいです!」
彼女は私の胸に飛び込んで、泣きじゃくった。小さな肩が震えている。私はその肩に手を置いた。
「ありがとう、リエン。私の為に怒ってくれて」
彼女が濡れた大きな瞳で私を見上げた。
「そんなッ…!私が、私が間違えていたんです!ステラ様を止めてでも、行くべきじゃなかったッ…!」
彼女が私の胸に顔を埋めて今度こそ声をあげて泣いた。私は目頭が熱くなって、呼吸が浅くなった。
「いいのよ、いいのよリエン…。私には、貴方が居てくれたもの」
私は彼女を抱きしめて優しく背中を撫でた。冷たい廊下の中で彼女の体温だけが、温かったから、私は泣いてしまった。




