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物語と夜の始まり

窓の外は暗くなっている。ジェードは今日の職務を終え、エリオスを見た。


「…」


彼は黙って窓の外を眺めていた。いつも通りの花も咲かない殺風景な庭が広がっている。その横顔から感情は読み取れない。


「…変わり映えのしない景色だ。つまらない。退屈だ」


彼は心底退屈そうにそう言った。紫の瞳は冷たくすべてを俯瞰している。


「ステラ嬢のとこへは行かないのか?」


ジェードがそう言うと、紫の目がジェードに向く。


「…昼間のあの女か」


ジェードは純粋に驚いた。彼は基本的に人を覚えない。そのエリオスが彼女のことだけは覚えている。ジェードの胸に期待が広がった。


「そうだよ。退屈なら行ってみたらどうだ?今までとは違うかも知れないぞ」


ジェードは彼にステラの元へ向かう様、進めた。この王に変化が起こるかも知れない、そんな期待を持ちながら。


「…」


彼はまた黙って窓の外を見た。その視線の先には離れがある。丸い、ドーム型の屋根。そこにステラが居る。


「今までとは違う、か」


彼は呟き、微かに口角を上げた。嘲笑う様に目を細める。


「確かに、お前の言う通りだ。退屈ならば変化を自ら起こすべきだな」


ざらりとした低い声。彼はゆっくりと玉座から立ち上がる。


「…もしかして、早まった?」


彼が去って行った後、ジェードは呟いた。



その日の夜、私は離れの浴室にあるバスタブに浸かっていた。お湯にはハーブの様な植物がたくさん入っている。


「う〜ん、気持ちいい〜。極楽、極楽」


私はうっとりと息をはく。社畜だった頃はこんな風に休めなかった。私は異世界に転生してようやく休暇を手に入れた。


「色々あったけど…ここまで来れて良かったなぁ」


今はもはや婚約破棄してくれた元婚約者に感謝してる。名前知らないけど。


「ステラ様、美容液を塗らせていただきますね」


リエンが嬉しそうに私の肌に美容液や白い乳液を塗っていく。


「後は…髪にオイルも…」


リエンが私の髪にいい匂いがするオイルを塗り込む。


「ありがとう、リエン。別にいいのに」


「いえ、ステラ様のお世話をするのが私の喜びですから」


うーん、リエンの忠誠心が突き抜けている。リエンは微笑んだ。


「それに、王が今夜来られるかも知れませんから!」


リエンが少女の様に頬を赤く染めて言った。来ないと思うけど、私はリエンに曖昧に頷いた。

お風呂を上がり、ネグリジェに着替えていると、何やら慌ただしい気配がした。


「ステラ様!大変です!王が離れに来るそうですよ!」


離れには、側室達の部屋がある。私の部屋には来ないだろう。そう思っていたが、段々騒がしさが増していく。私の部屋の近くにまで来ている。その時、扉越しに耳が足音を拾った。ゆっくりと足音が近づき、私の部屋の前で止まった。…ん?何故だか冷や汗が止まらない。


「ステラ様!来られたみたいですよ!今、扉を開けて来ますね!」


リエンが私にそう言って扉を開けに行く。


「い、いや…ちょっと待って…!」


私が止める間もなく、無慈悲にも扉は開けられた。

ああ、私の味方はいないのか…!?

嘆いている間にも、暴君たるエリオスが部屋の中に足を踏み入れた。彼は部屋を見渡しーーその視線が私を捉えて止まった。


「ステラ様!私は退出いたしますね!」


リエンがキラキラとした目で部屋を出て行ってしまう。扉が閉まる音が響いた。沈黙が訪れる。

私はこういう時の所作を知らない。どう振る舞うべきか必死に考える。もし何か暴君の怒りに触れることがあれば、文字通り私の首は飛ぶだろう。

私が棒立ちで戸惑っている間に、暴君ーーエリオスは武具やマントを外し始めた。乱暴に絨毯の敷かれた床に投げ捨てていく。彼は白いシャツと黒いズボンと軽装姿になると、ベッドに歩み寄る。繊細な刺繍が施された絨毯が足音を吸い込んだ。エリオスがベッドに腰掛けると、ギシリ、とベッドのスプリングが鳴った。


「ーー近くに来い」


呼ばれたので私は足を動かし、エリオスの前に立った。今、私は彼を見下ろす形になっているけれど怒られやしないだろうか。心臓が嫌に跳ねる。


「それで?お前は何が出来る?芸でもして何か俺を楽しませてみろ」


暴君は暇つぶしをご所望の様だ。

普通、側室の人達はこういう時、楽器を奏でてみたり、踊りなどをして王を楽しませるのかも知れないが、私に芸の経験は無い。

ーーその時、私はある物語を思い出した。暴君の王の元に嫁いだ女性が寝物語を語っていい所で区切り、続きはまた明日ーーと、引き伸ばして殺され無いよう、生き延びた物語。確か、千夜一夜物語だ。今の私の状況と一致する。

私は閃いた。ーーこれだ、これしか無い。私は口を開く。


「…私の故郷に伝わる寝物語でしたらお話し出来ます」


一か八かの賭けだった。もし、彼の怒りに触れれば私の首と胴体はさよならすることになる。祈る様な気持ちでエリオスの返答を待った。

エリオスが不機嫌そうに片眉を上げた。


「…寝物語だと?王たる俺を馬鹿にしているのか?それも、小国に伝わる物語だと?」


ああ、終わった。さよなら今世、次はもっとマシな来世でありますようにーー私は心の中で後世の句を詠む。


「王を満足させられるかは分かりませんが…王が耳にしたことの無い、珍しい物語をお聞かせ出来ます」


私は自棄になり、そう口走っていた。どうせ最期なら好きに言っておこう、とそう思ったからだ。


「…はッ、くだらん」


エリオスは鼻で笑った。ーーしかし、彼はベッドの上にあった枕を肘掛けにして寛ぎ始めた。


「退屈ならば聴いた後からでも殺せば良いか。話してみろ」


…これは、延命出来たと言うことだろうか?どの道、語り聞かせるしか選択肢は無い。私は自分が覚えている前世の世界にあった物語を聞かせることにした。


「では、陸の世界に憧れた人魚の女の子の物語からーー…」


私は有名な作家の物語を話す。彼は目を閉じ、黙って最後まで聴いていた。私の話しに耳を傾けている気配がある。その表情からは退屈なのか、楽しんでいるかは読み取れない。


「ーーそして人魚姫は、泡になってしまいました」


この物語の最期は悲劇だ。楽しい結末では無い。もしかしたら退屈だったと殺されるかも知れない。私は彼を伺った。


「…何故、この物語を選んだ?」


意外にも質問された。私は答える。


「悲しい結末ですけれど…愛の物語ですから。だから好きなんです」


彼は目を開け、怪訝そうに私を見た。


「…愛?」


初めて聞く、みたいな反応だった。私は頷き、自分の考えを話す。


「自分を犠牲にしてでも相手の幸せを願う…それが美しい愛だなって…」


語りながら私は恥ずかしくなった。最後の方は声が小さくなる。

エリオスは心底理解出来ない、と言う様に低い声で言った。


「美しい愛?自分を犠牲にするのが?人魚は短剣を王子の心臓に突き立てるべきだった」


彼は私の腕を掴み、引き寄せる。ベッドに私を押し倒すと、私の首を片手で掴んだ。覆い被さった彼が視界一杯に映る。


「お前も、自分の命の危機にそうするだろう」


エリオスは顔を寄せ、間近で言った。


「…貴方は、私の話しを真剣に聞いてくれるんですね」


「…は?」


エリオスが私の言葉に目を見開く。


「いえ、それも一つの感想だなって…私がその時、どうするかは分かりませんが…王が話しを聞いた上で自分の考えを言ってくれたのは嬉しいです」


エリオスが呆然と私を見ていた。彼の手が緩む。理解不能な珍生命体を見る様な目をしていた。


「…もう良い。今日は寝る」


彼は私の隣に寝転がった。…助かった、のだろうか。私は彼の横顔を眺める。

難しい人だ。どこで機嫌が悪くなるのか分からない。私は眠れないまま、考える。ーーだけど、もしかしたら。

案外自分の思ったことを素直に伝えれば、一応耳を傾ける人なのかも知れない。そんな風に私は思った。

数分後、寝息が聞こえて来る。今夜は機嫌を損ねなかったみたいだけど、明日は来るのだろうか。いや、呆れていただけだし、楽しそうには見えなかった。もう来ないだろう。私はそんなことを考えながら目を閉じた。



その次の日。私は窓から差し込む眩しい日の光で目が覚めた。当然ながら隣にエリオスは居ない。ただ、シーツに僅かに残った温度が、私が目が覚める直前まで彼がここにいたことを教えていた。


「ステラ様!おはようございます!」


清々しい朝にピッタリのリエンの笑顔が目に眩しい。彼女は嬉しそうに私の身支度の手伝いをする。


「ステラ様、エリオス様が朝方、ここを出るのを見ましたよ!」


「ご、ごほッ!!」


私は飲んでいた紅茶を喉に詰まらせて激しく咳き込む。


「ステラ様!大丈夫ですか!?」


リエンが慌てて私の背中を撫でる。私は彼女に恐る恐る問いかける。


「ま、待って…それって…」


リエンがにっこり笑った。


「城の人達皆が見たと思いますよ!」


私は本日二度目の咳き込みをすることになった。死ぬかと思った。

もう城の誰とも会いたく無いので部屋に朝食を運んでもらい、食べ終えると扉がノックされた。


「ステラ嬢、おはよう」


扉を開けるとそこにはジェードが笑顔で立っていた。


「えっと…?何かご用でしょうか?」


こんな朝から忙しいはずの彼が何の用だろうか。私が問いかけると、彼は感激した様に言った。


「城の床が赤く染まっていない!すごい!君は本当にすごいよ!無事に朝を迎えるなんて!」


何やら闇を感じることを言いながらジェードは私に笑いかける。そして彼は爆弾発言をした。


「ああ、そうそう。王の命でね、君を離れから移動させることになったから」


「…へ?」


ジェードの後ろから使用人達が現れ、私の部屋の中にあった物を運んで行く。


「え、待ってください、離れから移動するって…?」


「ステラ嬢の部屋を新しく用意したんだ!王の近くにある部屋だよ!前の王が王妃の為に用意した部屋なんだけど」


王妃とか言う単語が聞こえた気がする。リエンが私の隣で叫んだ。


「す、すごい!王の寵愛を受けるなんて!」


待ってほしい。昨夜はそんな甘い雰囲気なんて無かった。どうしてこうなった?

ジェードはニコニコ笑っていた。


「これでエリオスも君の元へ通いやすくなるね!あ、家具は大体揃ってあるから安心して!」


安心出来る要素が見当たらない。主に私の生命の危機で。いや、確かに昨夜はちょっと理解?出来た様な気になったが相変わらず恐ろしい人ではある。一体、彼は何を考えているのか。


「これぞ玉の輿ですね!ステラ様!」


リエンの楽しそうな声が聞こえる。私は諦めに近い感情を抱きながら、この城に来て初めて澄み渡った青空を見上げた。


「おそらきれい」


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