暴君との初対面
馬車が止まったのは、グラディア王国の城の前だった。私はリエンと共に馬車をおり、城を見上げる。冷たい石造りの城壁。見張り台の塔。風に揺れる王家の紋章の旗。
魔王の城に見えるのは気のせいだろうか。
城は異様な程静まりかえっている。まるで何かを恐れて息を潜めているかの様だった。
当然ながら小国から嫁ぎに来た私に歓迎や出迎えなどあるはずも無く、私はリエンと一緒に正門の前に行く。
門番が私達に気づき、巨大な門を開けた。付き人はリエンだけ。冷遇されるのを覚悟しながら私は門を通った。
中世ヨーロッパ風の城の庭には花が咲いていない。殺風景で寂しい景色だった。まるで誰かの心を写したかのように。人の気配も生き物の気配も無い。床は大理石だった。静かな空間に足音が響く。
「…おや、君が新しい側室の姫?」
温かさを感じない風景の中に、一人の男性が立っていた。白銀の髪の男性だった。緑色の瞳が私を捉える。その瞳には、深い叡智が宿っている気がした。
「はい。ルピカ王国から来ました。ステラと申します」
私はドレスの裾を持ち上げ、お辞儀をした。
「ステラ…いい名前だね。素敵な響きだ」
彼は微笑んで私に言った。冷たく殺風景な景色の中でこの人だけが異質な程、色彩や温度を持っていた。
「王の元へ案内するよ。ついて来て」
彼が私達の前を歩き、道案内をする。城を歩いていると、壁の影で使用人達が囁いているのが聞こえた。
「あれが次の新しい側室?」
「今度はいつまで持つかしらね」
ひそひそと私を見ながら好奇と疑心の目で噂する。
「王様は恐ろしい方だわ。また使用人の首を切り捨てたらしいわよ」
「これで何人目だ?次は俺かも知れない。あの王の御前には立ちたく無い」
王の噂まで聞こえてくる。城の使用人達にも怯えられているようだ。
「あの王は狂っている。まともじゃない」
「残虐で冷酷。人の心が無い」
王は何かが欠落した人、という印象を受けた。
噂の中には、国のインフラや雇用形態は悪くない、と言う物もあったが、それ以上に恐れられていた。
ジェードが歩きながら説明する。
「俺は現国王であるエリオスを補佐してるジェードだ。よろしく」
リエンが小声で私に言った。
「ジェードと言えば、優れた統治者の前に現れるとされている神獣じゃありませんか…!」
まじか。伝説の神獣とかいるのかこの世界。改めてとんでもないとこに来ちゃったかもしれない。
「その…王にこれから会ってもらうけど…粗相が無いよう、気をつけて。下手したら首が飛ぶから」
ジェードは私を同情的な目で見ながら忠告をした。
「こんなこと言って怖がらせたく無いけど…この面会さえ終えれば、後は大丈夫…なはず」
ジェードも自信が無さそうに言った。側近にここまで言われる王、どんな暴君なんだ。
リエンが眉を下げ、不安そうな声で言った。
「ステラ様…お気をつけて…。リエンはそばにおります」
私はこれから死地にでも向かうのかな?いや、処刑台を登るのと変わらないかもしれない。
ジェードが大きな扉の前で止まる。木製の扉の取手は金で出来ている。
「この先は、付き人の彼女は来られない。ステラ嬢だけで来て」
「そ、そんな…」
リエンは心配そうに私を見つめる。私は彼女に安心させる様に頷いた。
「ええ、分かりました。私だけで向かいます」
染み付いた社畜根性が権威にはとりあえず従っておけ、と囁いて来る。
私の返答にジェードが目を見開き、微かに動揺した。
「なんだか肝の座ったご令嬢だな…。普通、王の噂を聴いたら怯えると思うんだけど…」
彼は戸惑った様に呟いた。ジェードが扉をノックし、中にいる人に声をかける。
「王、ステラ嬢がいらっしゃった。入るぞ」
私は彼の気安い態度に驚く。恐らく、この城で対等に王に接することが出来るのは、この人だけだ。
「…入れ」
冷たく、低い声。扉越しから威圧感が伝わって来る。この人には逆らってはいけない。私の本能が警告する。この声の主がこの城の空気を作っているのだと直感的に理解した。
私は大きく深呼吸をして、ジェードに続いて中へ足を踏み入れた。重い威圧感と空気の中、私は玉座に座る彼の元へ向かう。自分の動作一つで彼の機嫌を損ねるかも知れない。そんな緊張が走る。顔を伏せ、私はお辞儀をした。自分の一挙一動が冷たい目に見られているーーそんな気配がした。顔は許しが出るまで上げられない。私は口上を述べる。
「ルピカ王国から来ました、ステラと申します」
「…面を上げよ」
私はゆっくりと顔を上げて彼を見た。そこには、黒と金の軍服にマントを付けた男性がいた。玉座に足を組み、つまらなそうに紫の目が私を見下ろしていた。彼の王冠が冷たく光る。彼の表情からは、人間らしい温もりや感情が感じない。
私はただ、彼の目を見つめた。冷たくて恐ろしいのに、美しい。こんな人がいるのか。美形の真顔、怖い。それが彼の第一印象だった。
彼は玉座からゆっくりと立ち上がる。エリオスは私に歩み寄ると私の顎を掴み、持ち上げる。間近で見つめられ、紫の瞳に私の姿が映る。
シチュエーションは少女漫画なのに、私は命の危機を感じた。返答を少しでも間違えれば、殺される。そんな予感がした。
「命乞いはしないのか?恐ろしいと、命だけは助けてくれと震えて懇願し、喚かないのか?」
初対面の人間に、一体、どうしたらそこまで怯えられるんですか?前のステラですらそこまで怖がれたて無かったよ?
目の前の感情の読み取れ無い紫の瞳は、私の返答を待っている。
「…噂は存じてあげております。しかしながら、陛下が私に直接手を下してはおりませんから」
この人が恐ろしい人だと知っている。そして噂は誇張では無く、本当だ。でも、噂は噂でしか無い。私はまだ、この人に何かをされた訳では無いのだから、怯えたり、命乞いはしない。
もし殺されそうになった時は、全力で社畜渾身の土下座を披露させてもらうけど。
「…ふん。つまらん返答だ」
彼は何かを考えているかの様な沈黙の後、そう言って私の顎から手を離した。私に興味を失った様に目を離し、玉座に戻る。
「もういい、下がれ」
彼は手を振り、追い払う仕草をした。退出の許可と受け取った私は頭を下げ、部屋を出る。
「失礼いたします」
扉を閉めた後、私はようやく生きた心地がした。解放された。ああ、良かった。私はまだ生きている。今、こうして呼吸出来ていることに感動すら覚えた。
「き、君すごいよ…!あのエリオスと対面して無事に生還するなんて…!」
ジェードがまるで英雄を讃えるかの様に興奮した様に言った。部屋の前で私の生還を待っていたリエンが涙ぐむ。
「ステラ様…!よくぞご無事で…!」
無事に対面も終わったし、あとは冷遇ライフを満喫するだけだ。離れにまであの王が来ることは無いだろう。殺されはしなかったが、私に興味無さそうだったし。私より美しい側室の皆様もいるだろうし、後は用済みとして私は離れで過ごすことにしよう。
「もしかしたら今夜、王が貴方の元に向かうかもね。…可能性は低いけど殺され無いよう、頑張って」
何やらジェードが不穏なことを口にする。リエンは何故か張り切っていた。
「私がステラ様の身支度をいたします!」
二人は何やら王が初夜に来るのでは無いかと思っているようだが、そんなことは無いだろう。私は適当に聞き流しながら頷いた。
「それじゃ、離れに案内するよ」
ジェードが明るい表情で私を案内する。離れは冷遇に相応しいこぢんまりとした装いだった。元社畜の私に豪華な空間は逆に居心地が悪くなるのでありがたい。
「使用人も最低限になるけど…構わないかな」
ジェードが気遣うように私に尋ねる。
「リエンがいるから大丈夫です」
私の返答にジェードは微笑んだ。
「君は本当に今までのご令嬢と違うね…。今までの子達は、もっと豪華な部屋を用意しろ、と言って来たのに」
ジェードは僅かに期待の光を瞳に宿して私を見ていた。
「いえ、充分です。ありがとうございます」
期待されているところ悪いが、私は何もしていない。
お礼を言うとジェードは目を丸くした後、嬉しそうに笑った。王の元へ戻って行く彼の足取りは来た時より軽やかだ。
私は離れの部屋のベッドに寝込んでようやく手に入れた安息を満喫するのだった。




