仏間にて
皇宮での結婚式の報告から数日後、藍吹伊通り一丁目にお忍びで、伊織が訪ねて来た。
「実際にこの目で見ると、冗談か何かだと思ってしまうな」
伊織は本社ビルの玄関で、伊吹の為に作られたこの街についての感想を述べた。
「俺だっていつかドッキリ大成功の札が出て来るはずだって身構えてるよ」
今回の伊織の訪問目的は、先日約束した咲弥の仏壇へ線香を上げる事だ。
伊穂も訪問を希望したのだが、さすがに皇宮以外の場所で、三名もの皇位継承者が集まる事に対して難色が示された。
ちなみに、伊月は生まれたばかりであり、精通前なのでまだ皇位継承権は与えられていない。
伊織の訪問は非公式なものなので、本社ビルで出迎えたのは伊吹とそのお付きの数人のみだ。
藍子を筆頭とした伊吹の妻達は、先に治の塔にある仏間にて待機している。
「じゃ、一度地下に降りるぞ」
伊吹が右手をエレベーターのパネルにかざすと、エレベーターの扉が開いた。
治の塔へ行くには、正面玄関がある翔の塔から地下のエレベーターホールでエレベーターを乗り換える必要がある。
「おぉ、噂のケッコン指輪か」
「そそ。俺は本物の結婚指輪を左手に嵌めてるから、電子決済用交信指輪は右手にしてるんだ」
「俺にもくれよ」
「ヤだよ、何で自分の親父にケッコン指輪やらんとならんの。
それに、自分で買い物したりする機会ねぇだろ」
「まぁそうなんだが、何か近未来みたいでカッコイイだろ」
伊織の前世世界よりも、この世界の方が科学技術が進んでいる。
この世界でもより最先端技術が集められている本社ビルは、伊織にとってはSF映画に入り込んだような非日常感を体験出来る場所なのだ。
「皇宮内にもこんな建物あったら良いんだけど」
「お仕事のご依頼であれば、いつでもお待ちしております」
「親子割って事でお安くなりませんかー?」
「うちそういうのやってないんですよねぇー」
そんなやり取りをしている間に、仏間のある十二階へと到着した。
エレベーターの扉が開くと、美哉と橘香がそれぞれ咲哉と伊月を抱いて待っていた。
「「お待ちしておりました」」
「なぁ~」
「きゃっきゃっ」
「おわっ……、出迎えありがとうな」
伊織は驚きつつも、ご機嫌そうな孫達を見て目尻を下げた。
伊吹の案内で仏間に着き、伊吹の妻達との挨拶もそこそこに、伊織は仏壇の前に座って咲弥と心乃春の遺影と向き合う。
伊織の後ろには、伊吹、藍子と燈子、咲哉を抱いた美哉、伊月を抱いた橘香、咲智を抱いた智枝、智紗世、美紅を抱いた紅葉、雪橘を抱いた雪羽が座っている。
そして少し離れ、美子と京香、そして智佳が座っており、皇太子付きの侍女や執事達は、仏間の前室で待機している。
皆が黙って、仏壇の前に座る伊織の背中を見守っていた。
「さて、ちょっと長くなってしまったが、その後の報告をさせてもらおうと思う。
藍子を含め、妊娠している者は楽な姿勢で聞いてくれ。
体調が良くないなら、途中で外してもらっても良いからな」
そう前置きして、皇宮内での事件、依子が祐子に襲い掛かろうとした事件と、その後の話を語り出す。
「結論から伝えると、やはり依子はお咎めなしという訳にはいかなかった。
しかし、俺と伊穂と祐子とでじっくりと話をする事が出来た。
内容については伏せさせてほしい。感情をぶつけたり、声を荒げたりして正直みんな全てを覚えている訳じゃない。
ただ、もう依子が誰かに危害を加えようとする事はない、と思う。
まぁ、隔離されてるからそもそも物理的に不可能なんだが」
咲弥に対する嫌がらせから始まり、夫である伊織からいない者扱いを受けた二十年。
そのわだかまりが、たった一度の話し合いで解決する訳がない。
しかし、依子の様子が落ち着いた事から、死ぬまで辺境で幽閉されるという事態は避けられた。
ほとんどの公務から外される事となったが、皇宮からは体調不良が原因であると発表される予定で、住まいも一ノ宮家の私室から皇宮内の離宮に移動するだけとなる。
依子自らが皇宮内を自由に歩く事は難しいが、息子である伊穂から会いに行く事に対しての制限は付かない。
ただし、大勢の護衛を伴っての面会になるとの事。
依子の犯した罪に対して、いつでも息子と会えるというのは破格の環境と言える。
それは、依子が男性皇族を産んだという功績を鑑みたものであり、不公平であると訴える者は少ないだろう。
「祐子様と依子様は和解されたのか?」
「いや、一方的に依子が距離を取っている形だな。
……咲弥との事も、自分が悪いというのは認めているんだが、祐子ほど客観的に受け止めるまでは至ってない」
「伊穂との関係修復は出来たのか?」
「関係修復とは言えんな。
今までの親子関係ではなくなったが、依子に対して伊穂がはっきりとものを言うようになった。
依子は不満そうにしているが、何だかんだ言っても自分が産んだ子供だからな。
それも一つの成長の証だと、いつか受け入れると良いんだが」
さらに、伊織は言い辛そうに続ける。
「それと、お前に対しては謝るつもりはないとはっきり言い切りやがった」
「いやいや、俺は別に実害がなかったからお父様が気にする必要はないぞ。
二十年前の事についてもそうだ。その事がなかったらこの子らが生まれてたかどうか分からんからな」
そう言って笑う伊吹に対し、伊織が小さくスマンと言って頭を下げた。
皇太子が息子だとはいえ、人に対して頭を下げて謝罪すべきではないが、この仏間はVividColors本社内でも特に私的な空間であるので、問題となる事はない。
「それより、せっかく来たんだから色々と見学して行くか?
時間があるならだけど」
暗い雰囲気を打ち払うかのように、伊吹が伊織に対して本社ビル内の見学を提案する。
今回の訪問のように、伊織は例えお忍びだとしても頻繫に通うのは難しいだろう。
伊織は伊吹があえて明るく振舞っているのに乗っかって、伊吹と肩を組んで小声で囁いた。
「伊穂に言っていたマジックミラールーム、見せてくれよ」
「えぇ、よりによってそこかよ……。
まぁ別に良いけどさぁ」
「伊穂の為に特殊な交流会、開催してくれんのか?」
伊穂はまだ第二夫人を決めておらず、その候補すらもいない状態だ。
伊吹としては、自分の子供や孫の為に、伊穂の第二夫人選びを積極的に応援するつもりでいる。
「もちろん可能ならすぐにでも開催するつもりだけど、なかなかそうはいかないよな。
今は皇宮とやり取りをして、声を掛ける家の選定と日程調整、警備の確認等々で話し合いを続けてるよ。
同じ男でも、賢章の時とは大違いだ」
「伊穂の次は俺も良いか?」
「はぁ!? さすがに親父に女の世話するのは勘弁してくれ」
コソコソと話す伊織と伊吹の親子を、仏間にいる女性達が微笑ましそうに眺めていたのだった。




