皇宮内三ノ宮家の私室にて、その四
国立小学校。文字通り国が運営する小学校の事だ。
伊吹は前世では公立の一般的な小学校に通っていたので、伊澄が言う国立小学校とは縁がなかった。
「高校へ進学するかどうかは別として、中学も通うのだろう?
であれば、小中一貫の学校にしてしまえば良い。
男女共に九年間も過ごせば、生涯の伴侶が見つかるかも知れん。
他家からも通いたい男児を集めて、少しでも男の出生率が改善されれば、この上なく意味のあるものになるだろう」
ただ我がひ孫の為に言い出した事ではなく、伊澄はしっかりと国全体の事を考えて提案しているようだ。
「とても素晴らしいお考えだと思います」
伊吹に褒められて、満更でもない表情を見せる伊澄。
「ですが、あなた。
まだ伊吹の結婚式の報告を聞いておりません。
それに、その後に依子の事についても話をしませんと」
「むっ、そうだったな。
伊吹、藍吹伊通り一丁目の国立小学校の件、私が預かっても良いか?」
「はい、お願い致します」
自分が宮坂家と話し合って進めるよりも、伊澄の名の元に国に動いてもらった方が早いだろうと考えて、伊吹は伊澄に任せる事にした。
伊吹としては、藍吹伊通り一丁目内に自分の子供が安全に通える小学校があればそれで良いのだ。
後日改めて、担当者から連絡が来る事となった。
その後、形式だけ伊吹と美哉と橘香の結婚式の報告がなされた後、話題は問題を起こした伊穂の母親、依子についてに移った。
「姉妹共々、申し訳ございません」
そう言って頭を下げる祐子だが、誰も責める事はなかった。
「必要以上に思い詰めないようにして下さい。
それに、今回の騒動では私達に実害はございませんでしたので」
言葉通り、伊吹は依子から何かをされた訳ではない。
三ノ宮家から藍子との子供を取り上げようと考えた訳だが、そもそもそんな事を出来る訳がないのだ。
「被害者はあくまで祐子様で、皇宮内での出来事ですので、依子様の様子さえ元に戻れば何とでもなるのでは?」
「伊吹の言う通りだと言いたいところだが、皇太子の子供を身籠っている皇太子妃を襲ったとなると、何も起こっていないという事には出来ない。
例え加害者が同じく皇太子妃で、被害者である皇太子妃の妹であったとしてもだ。
外に向けて発信はしないまでも、皇宮内部でしっかりと罰が与えられたと分かるようにせねば、後々禍根が残る」
伊織が客観的に今回の事件を語る。
依子がやった事をなかった事にしてしまったとしても、実際に起こった事を見聞きしているものが多数いる。
依子があれだけの事をしでかして許されたのであれば、自分の罪も許されるはずだと主張されてしまう可能性がある。
そんな事例を残してしまうと、皇宮内での秩序が乱れ、伊澄を筆頭とした男性皇族の身に危険が及ぶかも知れない。
「いっその事、昭和基地にでも送るか?」
「あきかずきち?」
伊織の独り言に伊吹が反応する。
「あぁ、昭和基地の事だ。
こっちだと南極の基地に男性名を付けているんだ。
隊員達の士気が少しでも上がればってな」
「そ、そうなんですね」
伊吹のいた世界には昭和という元号がなかったのでピンと来なかったのだが、話題の本筋ではないので伊吹は聞き流す事にした。
「とりあえず、当分は体調不良を理由として公務から外すしかないでしょう。
もっとも、公務に復帰出来る可能性は非常に少ないと思いますが」
伊織は皇太子妃としての依子の処遇を考えているが、伊吹には皇族としての考え方が分からない分、違和感を覚えてしまった。
伊吹は立ち上がり、皆に向けて頭を下げる。
「えっと、今から自分の考えをお父様にぶつけてみようと思うのですが、どうしても今の話し方では自分の想いが上手く伝わるかどうか不安です。
言葉遣いなどが乱暴に聞こえるかも知れませんが、先に謝らせて頂きます。
申し訳ございません」
「良い。今だけでなく、家族だけの時に改まる必要はない」
伊吹の謝罪に対し、伊澄が問題ないと告げる。
「それでは失礼して」
伊吹が伊織へと向き直る。
「お父様は依子様の事をどうしたんだ? 夫から二十年以上ほったらかしにされてたら、そりゃあ息子に執着すると思うんだ。
で、その息子からは母親である自分ではなく嫁を優先されてしまえば、精神的に不安定になってしまうのも無理はないんじゃないか?
自分の行いのせいでって思ってるんなら、まず依子様と向き合うべきだろ。
祐子様だって自らの過ちに気付いて後悔して、自分の何が悪かったのか理解されてるんだからさ。
依子様には自分を省みる機会すら与えられないのか?」
伊吹の言葉を聞いていた伊織は、何も言い返す事が出来ずに黙り込んでしまう。
「伊穂はどうだ? このままだと母親がどこかに収監されるか、亡くなるまで幽閉されるぞ。
それも外部には一切知らされないんだ。
お前は今後、公務で国民に向けて笑顔で手を振っている時も、自分の母親が罪を問われて囚われているんだと頭の片隅に罪悪感が居座り続ける事になる。
もちろん孫が生まれても抱かせられない。
このままで良いのか?」
「それは……」
「俺の子供を奪おうとした事は、ただそんな事を思い付いただけに過ぎない。
まだ罪に問える段階ではない。俺としてもとやかく言うつもりは一切ない。
そして、祐子様に襲い掛かろうとした事も未遂であり、それも姉妹の間の些細な問題と説明出来なくもない。
依子様が今後公務をされるかどうかなんて関係ない。
夫として、息子として、二人にはまだ出来る事があるんじゃないか?」
伊吹がそう話すも、伊織と伊穂はすぐに答える事が出来なかった。
「……私、今から依子と話してきます」
そう言って、祐子が立ち上がった。
「この二十年、ほとんど口を聞いていませんが、それでも私はあの子の姉です。
姉として、妹がこのまま憎しみだけを抱えて生きていくのを見逃す訳には参りません」
「……祐子だけを行かせる訳にはいかないな。それじゃあ、日本男児の名が廃るってな」
伊織も立ち上がり、伊吹を見やる。
「助かった。二十年前の後始末、付けて来るわ」
「おう、上手く行ったらうちの仏壇まで報告に来てくれ」
「上手く行かなかったら?」
「うちの敷居は跨がせない!」
「何だよ、線香くらい上げさせろよ」
伊吹と伊織は笑い合っているが、兄の発したセリフを聞き、伊穂は目を見開いた。
「僕は母上とちゃんと向き合ってなかったのかも知れない……。
どうせ分かってもらえないだろうと、最初から決めつけて、遠ざけようとしていたのかも……」
依子があぁしろこうしろと、何から何まで自分に対して指示をして来るのが、伊穂は鬱陶しくて仕方がなかった。
はっきり嫌だと、自分で決めるから大人として認めてくれと、依子に訴えた事はなかった。
「いや、伊穂はちゃんと向き合ってる方だと思うぞ?
前世での俺の反抗期に比べたら可愛いもんだよ」
「反抗期……?」
男女比一対三万の世界において、男性の反抗期はほぼ見られない。
何故なら、生まれた時からちやほやしてもらえて、誰も何も強制したりせず、大抵の事を聞き入れてもらえるのだから、反抗する必要がないのだ。
「そうそう、母親にうるせぇババアって言ったら何故か母親と姉二人からボコボコにされた」
伊吹の話を聞いて笑っているのは伊織だけで、その他の者達はどう反応して良いのか分からないという表情をしている。
「とにかく、しっかり自分の気持ちを話してみれば良いと思うぞ。
それでダメなら何してもダメだ。
でも、今とことん向き合っておけば、後悔しなくて済むはずだ」
「分かりました。
父上、参りましょう」
「おう」
「私もご一緒致します」
伊穂と伊織と祐子が勇んで三ノ宮家の私室を出て行ったが、三人はすぐに安全上の理由から、侍女達に止められてしまった。
万が一にも依子が逆上して誰かに危害を加えるような事が出来ないよう、面会の場を整える必要があるからだ。
「スマン、もうちょっとお邪魔させてくれ……」
「邪魔するんやったら帰ってやー」
「はいよーって何でやねーん!」




