皇宮内三ノ宮家の私室にて、その三
伊吹達が立ち上がって待っていると、伊澄が侍女に案内されて部屋へ入って来た。
「……祝いの席であるが、その前に少し時間を取ってもらいたい。
伊吹に、三ノ宮家に対して佑子が謝罪をしたいと言っている。
よければ、会ってやってくれんか?」
「分かりました」
いつになく申し訳なさそうな表情を浮かべてそう言う伊澄に、伊吹は即答した。
自らの祖父、そして皇王からこのような態度を取られてしまっては、拒否出来る訳がない。
伊澄が指示を出し、部屋の外へ合図が送られ、すぐに佑子と、その背中に手を添えた京子が入って来た。
その様子を見た伊織が、ゆっくりとした足取りで佑子の隣に立った。
「……伊織様?」
「お前だけの責任ではない。これは一ノ宮家としての問題だ」
そのやり取りを聞いた京子は、佑子から離れて伊澄の隣へと立った。
「あなた……」
「分かっている」
京子の呼び掛けに対し、伊澄が頷いてみせる。
そして、佑子が伊吹の目を見つめ、謝罪を始めた。
「私は伊吹様の母上、咲弥様に対して様々な嫌がらせを致しました。
第一夫人である立場を利用し、咲弥様は逆らえないのを分かっていながら……」
今になって、心から後悔しているのだろう。
佑子は両目から涙を零しながら、自らの行いを告白している。
「許して下さいとはとても言えません。
ですがどうか、どうかこの子を産む事だけはお許し頂きたいのです。
お願い致します」
そう言って、佑子は伊吹と美子、そして美哉と橘香の目を見た後、深く深く頭を下げた。
それに合わせて、伊織も再び頭を下げた。
伊吹が口を開く前に、伊澄が声を上げた。
「これは佑子と依子、そして一ノ宮家だけの問題ではない。
私も、そして京子も、見て見ぬ振りをしていた。そんなものだと思って放置していた。
三ノ宮家にとって取り返しのつかない事をしてしまった。申し訳ない」
伊澄と京子が頭を下げようとするのを見て、伊吹は二人の元へと駆け寄って止めた。
「止めて下さい! お二人のお気持ちは十分に伝わりました。もちろん佑子様のお気持ちも。
これは許す許さないだけの問題ではありません。これからこのような事が起きないよう、皆で注意していなかければならないと思います。
そして、私は皇宮で暮らしていない以上、あまり気にはなりませんが、伊穂は違います。
伊穂はまだこれから第二夫人を選ばなければなりません。貴子さんとの相性や、家同士の利害関係もあるでしょう。
どうか、伊穂と貴子さんを守ってあげて下さい。それが僕の望みです」
そして伊吹は佑子へと向き直り、そっと手を差し出す。
佑子は戸惑いながらも、その手を取った。
「佑子様の御子は、僕と伊穂の弟か妹になるのです。
どうか、お身体を大事にして、元気な御子を産んで下さい。
全てなかった事にするとまでは言えませんが、今の僕達は幸せに暮らしています。
過去の事は、お互い言わないように致しましょう。
そして御子を、僕や伊穂のように、素直で優しい良い子に育ててあげて下さい」
伊吹がそうやって笑い掛けてやると、佑子は顔をくしゃくしゃにして泣き崩れてしまった。
そんな佑子を、伊織が抱き留めてやる。
「伊織様っ、私っ、私っ、本当にとんでもない事をっ……!!」
「分かった、分かったから少し落ち着け。お腹の子に障るだろう」
伊織が祐子をソファーへと座らせる。
その姿から、伊織が心から祐子の事を気遣っているのが伝わって来る。
皇王皇后両陛下を立たせたままにする訳にはいかず、それぞれソファーに座ってもらい、伊吹が美子にお茶を頼んだ。
それぞれがお茶に口を付けるが、みんな居心地悪そうにして何も話さない。
仕方がないので、伊吹が共通の話題を口にした。
「それにしても、僕の子供だけでなく伊穂の子、そしてお父様の子も同年代ですね。
我が家の子らは藍吹伊通り一丁目内に創立する小学校に通わせるつもりですけど、お二人の御子らは皇宮内で教育を受けさせるのですか?」
一応、両陛下の前なので伊吹は口調を丁寧なものにしている。
「伊穂の子は女の子だと分かっているから、皇族が通う小学校へ行く事になるだろう。
祐子の子はまだどちらか分からないが……、もしも男の子であれば、私と伊穂の時と同様に、皇宮内で個別教育を受ける事になるな」
伊織もまた、転生者仲間としての口調ではなく、皇太子としての口調を使って答えた。
「個別教育って、皇族としての儀礼なんかも含まれてるんですか?
伊月達にも必要なのでしょうか?
もし必要なのであれば、小学校の放課後とか休日とかに習い事感覚で通わせる事になるのかな」
伊吹と伊織の会話を聞いていた京子が口を挟む。
「……ちょっと待ってちょうだい。
伊吹は伊月を小学校へと通わせるつもりなの?」
「はい、そのつもりです。
男の子でも小学校へと通えるように、藍吹伊通り一丁目内に小学校を建てようと計画を進めている途中なのです」
伊吹の返答を受けて、京子が橘香へと顔を向ける。
「橘香。あなたは伊吹の考えに、賛成しているのかしら?」
橘香は一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに京子へと身体を向けた。
「……はい、陛下。
私だけでなく、藍子様もそのおつもりです」
「三ノ宮家の総意、と言う事ね?」
「はい、おばあ様」
代表して、伊吹が京子へと答える。
「……難しいでしょうか?」
「いえ、違うの。素晴らしい事だと思うわ。
ただ、みんながそうあれば良いと思うけれど、実際に男性と女性を同じ環境で学ばせるというのは課題が多いのではないかしら。
今から五年で用意出来ると考えているの?」
「伊月の入学に間に合わせるのではなく、もっと前に小学校を創立したいと考えております。
伊月の上の学年の子らに通ってもらいたいですし、いつかあの小学校に通うのだと伝え、伊月が自ら望んで小学校に入学するような形に出来ればと思っているのです」
「自ら望んで、ですか?」
不思議そうな表情の京子へ、伊吹が前世での記憶を元に説明する。
「僕の前世では、男も女も小学校と中学校へ通うのは当たり前の事でした。義務教育ですね。
基本的には六歳の子供の足で自宅から歩いて行ける距離に小学校があり、広い運動場があったり体育館やプールがあったりします。
前を通ると、自分よりも大きなお兄さんやお姉さんが走ったり飛んだり投げたり、教室で歌を歌ったりしているのが見えました。
いつかあなたもここに通うのよと母親から教えられ、幼いながらにワクワクしたのを覚えています」
「ふふっ、確かにワクワクしたものだ。
運動会で未就学児の徒競走に出たのを覚えているよ」
「と言う事は、お父様も上に兄か姉がおられたのですね?」
「おっと、バレてしまったか。兄が一人な」
「僕には姉が二人いて、小さい頃から可愛がられて散々な目に会ったものです。
僕にも弟がいればなぁと思っていたら、こんな立派な弟で驚きましたよ」
転生者同士の会話が始まり、女性陣は黙って二人が話すのを見守っている。
一方、伊穂は二人の会話をキラキラとした目で聞いており、名前を呼ばれたのをきっかけに、会話に入っていく。
「僕は兄上のお話を父上から聞かされておりましたので、ようやく会えたお会い出来たと嬉しく思っておりました」
「離れ離れだった兄弟が、自分達の子供らが参加している運動会を共に眺める。
なかなか良い光景だと思いませんか?」
伊吹としては父親である伊織に話を振ったつもりだったが、ずっと腕組みして考え事をしている様子だった伊澄が声を上げた。
「決めたぞ! 藍吹伊通り一丁目の小学校は国立とする!!
今すぐ担当大臣を呼び出せ!!」




