皇宮内三ノ宮家の私室にて、その二
侍女によって取り押さえられた依子は、意味の分からない事ばかりを口にして、事情聴取が出来る状態ではなかった。
それを見かねた治が、依子のスマートフォン経由で聞いていた一部始終を元に、皇宮へと情報提供したのだ。
「治から詳しく説明を受けている間に、依子の実家である問屋田家からも同様の情報提供があった。
娘が良からぬ事を考えているようだから、注意してほしいとの事だった。
何か協力出来る事があれば、いつでも声を掛けてほしいとまで言っていたそうだ」
問屋田家は皇宮との関係、そして三ノ宮家と宮坂家との関係を考えて、娘を売り飛ばした形となる。
問屋田家の娘はもう一人、姉の佑子がいるので、皇宮との関係が絶たれるまではいかないはずだという打算があっただろうと思われる。
「恐らく三ノ宮家と宮坂家にも、同様の情報提供があったと思うんだが」
「いや、俺は何も聞いてない。
多分だけど、藍子の耳に入らないようにどっかで止めたんじゃないか?
貴子さんもだけど、うちもそろそろ臨月だしな」
藍子の出産が近付いて来ており、余計な心配を掛けたくないと思い、美子の一存で情報封鎖をしていたのだ。
美子が無言のまま、伊吹に対して深く頭を下げている。
「美子さん、僕達の事を考えてそうして下さったんですよね?
じゃあ、謝る必要はないですよ。むしろ感謝しています。
いつもありがとうございます」
伊吹の言葉を受けて、美子は黙ったまま頭を上げた。
「……俺のせいで、咲弥だけでなく心乃春と美子と京香、そして美哉と橘香にも迷惑を掛けた。
恨まれても仕方ない、本当にすまなかった」
頭を下げる伊織に対し、美子は床へ正座をしてから声を掛ける。
「殿下、私達は恨んでなどおりません。
先ほどの伊吹様のお言葉をお借りしますが、あの件があるからこそ今があるのです。
私達はこの二十年、大変な事や辛い事などもございましが、幸せな日々を過ごさせて頂きました。
きっと咲弥様も心乃春様も、そう仰ると思います」
「……ありがとう」
伊織が感謝を伝えた事で、美子は立ち上がり、壁際に戻った。
「話を戻すけど、依子様は軟禁されいるから、もう誰かに危害が及ぶ事はないと思って良いんだな?」
「あぁ、もちろんだ。
皇宮内の警備も通常の三倍配置しているし、何より治が監視カメラなどで警戒してくれている。
何かが起こる前に教えてくれるはずだ」
「そうか、分かった。
皇太子殿下の前だけど、ちょっと失礼させてもらうぞ」
そう断ってから、伊吹が智紗世の為に椅子を用意するよう美子へと頼んだ。
「ご主人様、私は……」
「良いから、座らせてもらって。
智沙世が良くても僕は良くないから」
難色を示す智沙世に対し、伊吹は半ば無理やりに座らせる。
「もしかして、智枝に続いて智沙世もか?」
「あぁ、結婚式の直前に分かったんだ。
智佳に引き継ぎでもらっているところなんだ」
「そうか、おめでとう」
「おめでとうございます!」
伊織と伊穂に祝われて、智沙世が恐縮しながら頭を下げている。
「そうかそうか、伊吹の子供はこれで……、七人目か?
いや、そう言えば式部家の娘から妊娠の報告があったと聞いたな。
……お前、マジですげぇな」
伊織は思わず、前世での口調を出してしまう。
「ははは……」
伊織だけでなく、伊穂も伊吹に対して目を見開いて驚いている。
伊吹は式部家の娘、教子だけでなく、多恵子と美羽も妊娠させた事までは言い出せなかった。
「そうだ、これは余談なんだけどさ」
暗い話が続いていた中で子作りの話題になり、伊吹はこの流れを止めるべきではないと判断した。
「宮坂家の次期当主と仲良くなってな、賢章って言うんだどさ。
俺の事を兄貴って呼んで慕ってくれる可愛い奴なんだよ。
あ、もちろん伊穂も可愛い弟だと思ってるぞ?」
謎のフォローを入れる伊吹に対し、伊穂は素直に笑顔で頷いて見せた。
「で、そいつと恋愛の話になって……、おっと。あんまり詳しく話すと宮坂家に悪いから、端的に話すわ。
色んな見た目の女性を二十人くらい集めて、マジックミラー越しに面接したんだよ」
「「マジックミラー……?」」
声を揃える伊織と伊穂だが、二人の反応はそれぞれ違ったものだ。
マジックミラーという単語から卑猥な情景を思い浮かべる伊織に対し、そもそも伊穂は何故マジックミラー越しなのか、と疑問に思っただけだ。
「マジックミラー越しなら、女性の目を気にせず、自分の姿も見られず、じっくりと女性の容姿を確認する事が出来るだろ?
部屋に二十人入ってもらって、それぞれ鏡に向かって座ってもらう。
で、気になった女性にマイクを使って声を掛けて、名前や年齢や趣味なんかを聞く。
気が合うかもと思ったら、別室に呼び出して実際に話すんだ」
「お前、とんでもない事思い付いたな……」
ジト目で伊吹を見る伊織。
気にせず話を続ける伊吹。
伊吹は伊織との会話に興が乗ってしまい、この場に妻とその母親、ついでに愛人がいる事を完全に忘れている。
とはいえ、楽しそうに話している伊吹に対し、美哉も橘香も咎めるような事はしない。
多少の嫉妬心こそあれ、男性のお勤めに対して苦言を呈するような女性は、この世界では非難されてしまう。
「賢章が緊張するだろうと思って、二人共黒衣を纏ってたんだ。
宮坂家としても、賢章の顔を晒すのはよろしくないだろうと思ってな」
「黒衣? 裏方がするような格好で女と会ったのか!?」
「そうそう、そんな感じ。
あ、ちなみに俺は別として、黒衣の中身が宮坂賢章だって分からないように女性を呼び出したから、断る事になっても両家間の問題に発展しにくいと思うんだ」
「藍吹伊通り一丁目に呼び出して、男が二人いる以上、一人はお前だって気付くだろうな。
でもお前が関わっている以上、もう一人の身元も分かりそうなもんだが」
伊織の指摘に対し、伊吹は頷いてみせた。
「もちろん想像するのは簡単だろう。それぞれの家に声を掛けたのは宮坂家だからな。
でも、本人が宮坂賢章ですって自己紹介しない限り、選ばれなかった女性も宮坂家に対して苦情を言えないだろ」
そもそも女性側から男性の家に対して苦情を言う事自体滅多にないのだが、前世の記憶を持つ二人にとっては気を遣う点なのだ。
「で、その賢章君は良いお相手を選べたのか?」
「あぁ、詳しくは言えないけど、上手く行ったよ。
多分あと何回かは開催する事になるだろうけど」
前回の少し特殊な交流会をきっかけとし、賢章は麗という婚約者候補と出会う事が出来た。
その後すぐに賢章からプロポーズをし、正式に婚約者となった。
麗がまだ高校生という事もあり、実際に結婚をするのは卒業後となるが、すでに二人は逢瀬を重ねている。
伊吹がそんな賢章の成功談を話していると、伊穂が真剣な表情で口を開いた。
「兄上、僕にもその交流会へ参加させて頂けないでしょうか?」
「……伊穂が?」
国内有数の資産家の次期当主であるとはいえ、賢章と伊穂では立場が全く違う。
伊吹はどう答えるべきなのか分からず、伊織へと目線を向ける。
「……伊穂はまだ第二夫人を決められていない。
依子もそれがあって、自分の影響下にある実家や付き合いのある家に声を掛けて見合い写真と釣書を用意させて、伊穂に見合いをさせようとしていた。
伊吹にはすでに男児が二人いて、皇王の座を伊穂の手から奪われるかも知れないと考えたんだろう」
「はぁ? 俺はそんな大それた事思ってないぞ!?
むしろ伊穂のお陰で好きな事ばっかりさせてもらえて、申し訳ないくらいなのに……」
「お前は本心から言っているのを、俺は理解している。
伊穂も、分かっているよな?」
伊織の問い掛けに対して、伊穂は大きく頷いてみせた。
「でも、普通は兄であるお前が伊穂を引きずり降ろそうとするはずだと考える。
まぁそれは良いとして、伊穂の第二夫人選びに特殊な交流会を使う、か……」
「第二夫人にこだわらず、兄上と共に交流会に参加してみたいと思ったのです」
賢章にしても伊穂にしても、第二夫人までは必ず娶る必要がある。
賢章は法律でそう定められており、伊穂は国民の模範となるべきである事に加え、男児をもうけるには正式な夫人が多ければ多いほど良い。
伊穂が女性選びに積極的な事は、伊吹としても三ノ宮家としても好ましい事だ。
伊穂が男児をもうけないと、伊吹の子供に皇王の座と重大な責任が回って来てしまうからだ。
「そっか。分かった。
どのような形になるか分からないけど、皇宮と相談しながら開催出来るよう調整してみるよ」
伊吹が伊穂へそう返事をしたタイミングで、三ノ宮の私室へ伊澄からの先触れがやって来た。




