皇宮内私室にて、その一
皇紀二七〇三年(西暦二〇四三年)十月二十三日、大安。
春咲山にある小さな神社で、伊吹と美哉と橘香の結婚式が行われている。
伊吹達の結婚式を記念し、大日本皇国皇王よりこの神社へ春咲山神社という名が贈られた。
「今回はお前の衣装を貸さなかったのか?」
「……藍子と燈子が着たものを、そのまま美哉と橘香に着せる訳にはいかないでしょう?
出産して落ち着いた後、伊吹が二人に似合う衣装を誂えたのですよ」
皇宮の一室にて、皇王である伊澄と皇后である京子が伊吹達の様子をディスプレイ越しに眺めている。
現地では、伊吹の秘書である智紗世がカメラを設置し、治がなぎなみ動画経由で関係者に向けて限定公開をしている。
皇王皇后である祖父母、皇太子である父、そして男性皇族である弟は、春咲山での伊吹の結婚式に参加する事が出来ない。
そんな人達の為に、せめてディスプレイ越しにでも参加してもらえればと、伊吹が用意したのだ。
「父上。その言い方ではまるで母上が断ったのかと疑っているように聞こえます。
そんなおつもりがないのであれば、言い方を変えるべきです」
伊吹の父であり、皇太子である伊織が、伊澄に対して京子への言葉掛けを注意する。
この場が私的な部屋であり、控えている侍女達が非常に近しい者だけだからこそ出来る事だ。
「あ、あぁ……。
衣装を貸してほしいと連絡が来なかった、のか?」
そして、このようなやり取りは、特に珍しいものではない。
「連絡はありましたよ。
伊吹から、決しておばあ様のお衣装が気に入らないという事ではないのですが、自分の妻の為に一から用意してあげたいと思っているのですと、丁寧に説明をしてくれました。
その上で、伊吹は私が懇意にしている着物作家などを紹介してくれないかと尋ねてくれました。
美哉と橘香の衣装を一から誂えてやる上に、私の立場も考えてくれたのです。
伊織と同じく、本当に良い男性に育ちました」
京子はディスプレイから目を離さずに答える。
「そうだな! 本当に良い男に育ったな!!
ん? あの黒いおたふくの面は何だ?」
「あぁ、あれは私のものですね。
式に参加出来ない私の代わりとして置いてあるのでしょう」
伊澄は京子から暗に、あなたは良い男性ではないと言われている事に気付いていない。
だが、伊織もわざわざその事を指摘するつもりはないようだ。
「咲哉と伊月は不思議そうな表情をしているように見えますね」
伊織が子供達を大きく映し出しているディスプレイを見て呟いた。
カメラは複数台用意されており、全体が分かりやすいように撮影しているものと、注目すべき人物を個別に撮影しているものがある。
それに合わせて、この部屋にも複数のディスプレイが用意してある。
「美紅と雪橘も大人しくしています。
あの子らも連れて来るようにお願いしておかなくては」
「もう四人生まれていて、これから生まれる子らが三人、ですか。
どれだけ増えるか楽しみですね」
「藍子のすぐ後に、伊緒と貴子の娘も産まれます。
私達にとっては同じくひ孫、あなたにとっての孫です。
皆を守ってやって下さいね」
「もちろんです」
京子と伊織の母子のやり取りに伊澄は入って行けず、ただただディスプレイを見つめる事しか出来なかった。
「すみません、遅くなりました」
そんな独特な空気感の部屋へ、伊織の第一夫人である佑子が入って来た。
祐子の足取りは重く、どこか具合が悪そうに見える。
「どうした、体調が良くないのか?
無理はするでないぞ?」
「はっ、ありがとうございます」
ここぞとばかりに佑子へと声を掛けて、伊澄が横目で京子の反応を窺う。
しかし、京子はそんな伊澄には目を向けず、立ち上がって佑子の手を取った。
「あなたもしかして、……妊娠しているのでは?」
「…………はいっ」
京子は佑子のほんの少しの立ち居振る舞いを見ただけで、佑子が妊娠している事に気付いた。
「そう、そうなのね。おめでとう。
でも、ちゃんと診断してもらったの?」
「はい、昨日心拍が確認出来たばかりでして……」
佑子にとっては初めての妊娠だ。
この世界の女性にとって、男性から直接子種を貰い、その身に宿す事がどれだけ希少であり、どれだけ名誉な事であるか、本人が一番理解しているはずだ。
しかし、京子から見て、佑子の表情は暗く、喜びや誇りなどの感情が読み取れない。
「私、この子がお腹にいると知って、嬉しくて、不安で、心細くて……」
京子が無言で促すと、佑子は身体を震わせながら今の心境を語り出した。
「それで……、自分の行いを省みて……、何て酷い事をして来たんだろうって……。
こんな私が、母親になって良いのかって……」
佑子は、自分よりも先に妊娠した咲弥を排除しようと、皇宮内でありとあらゆる嫌がらせを行った。
その末に、咲弥はお腹の伊吹を守るべく、皇宮を去って行ったのだ。
その全てを、京子は知っている。
佑子と、その妹であり伊織の第二夫人である依子の咲弥への行いを、知っていながら止める事が出来なかった。
従って、京子は一方的に佑子と依子を責める事が出来ない。
「とりあえず、座りなさい。
立ったままではお腹に障るわ」
「……ありがとうございます」
京子は佑子を座らせて、その肩を優しくさすってやる。
何と声を掛けるべきか、京子にも分からない。
「きょ、今日は良き日だな!
孫の結婚式の日に新たな孫の存在を知れるなど、これほどめでたい事はないぞ!!
良くやった!!」
この部屋の空気感に耐え切れず、伊澄が伊織の肩を叩いた。
ずっとディスプレイから目を離さなかった伊織が、おもむろに立ち上がり、佑子の元へと向かった。
「い、伊織様……?」
佑子は咄嗟に、自らのお腹を両腕で隠した。
まるで、伊織からお腹の子を守るかのように。
「俺はお前がどうしても許せなかった」
「申し訳ございませんっ!!」
伊織の真っ直ぐな眼差しを受けて、佑子が謝罪を口にする。
「私は取り返しのつかない事をしてしまいました!
ですが、ですが……!!」
その身を縮こまらせて、佑子が伊織へと頭を下げる。
「……お前がしでかした事は、ここにいる俺達にも責任がある。
お前だけが悪かったとは言えない。
だが、父上が仰ったように、今日はめでたい日だ。
全てを許すとはとても言えないが、その子には何の罪もない。
これからはその子の事を第一に考えてほしい」
「……この子を、産んでもよろしいのですか?」
恐る恐る、佑子が伊織の顔を見上げる。
その表情は、優しい笑みを浮かべていた。
「当たり前だろ? 俺の子でもあるんだぞ」
「ありがとうございますっ、ありがとうございますっ……」
そう繰り返す佑子の肩を、京子がそっと抱き締めた。
「めでたい! 実にめでたい日だ!!
おい、誰ぞ酒を持て!!」
そう叫ぶ伊澄だったが、この後に公務が控えているので、お酒が出される事はなかった。




