帰郷
伊吹達を乗せた新幹線は、予定していた時間通りに目的の駅へと到着した。
東京駅で伊吹の姿を見た者達は、SNSなどに目撃情報を投稿しなかったようで、途中の通過駅でも地元の駅でも、伊吹の姿を一目見ようという出待ちの姿は見られなかった。
地元の駅に着いてからは、前乗りしていた皇宮警察と現地警察との合同での警備の元、車に乗って移動となる。
「お帰りさないませ」
「ありがとうございます、ご対応頂き感謝致します。
それと、ただいま帰りました」
こちらでも、伊吹が特別応接室にて駅長からの挨拶を受けている間に、お付きの者達がそれぞれの車両に分かれて乗り込んでいった。
「さて、ようやく懐かしの我が家に帰れるぞ」
「楽しみ」
「久々」
美哉と橘香は、伊吹が東京へ居を移す前から東京にある国立侍女育成専門学校に通っていたので、伊吹以上に久しぶりの帰郷となる。
二人は伊吹の身の回りの世話が自分達の使命であると信じているので、伊吹を残して自分だけ帰郷する、という考えは一切持っていなかった。
実家のある山、春咲山へと向かう道中は、伊吹にとって馴染みのある景色とは言えない。
襲撃を受けている実家の屋敷を脱出し、先ほどの駅へ向かう道中なども、追っ手に見つからぬようにと車の後部座席に身を隠していたので、どこをどう通ったかなど覚えていない。
「本当に良く寝てる。
車酔いしない体質なのかな?」
「おっぱいいっぱい飲んだから」
「オムツも駅で替えたから」
そして今も、伊吹は美哉と橘香と共に、外の景色を眺めるよりも子供達に目を奪われている。
「この子も寝てるみたい」
「藍子も、実家に着いたらゆっくり休んで。
座っているだけとはいえ、移動で疲れただろうし」
「うん、ありがとう」
「もちろん智紗世も休むように」
「はい、分かりました」
などと言っている間に、伊吹達を運ぶ車列は山道へと入って行った。
◇
「うん、ここまで来たらさすがに懐かしさを感じるね」
「変わってない」
「ほっとするね」
実家の敷地内に入り、車を降りると、今も屋敷に残ってくれている侍女達が並んで伊吹を待っていた。
「「「「「伊吹様、お帰りなさいませ」」」」」
「皆さん! ただいま戻りました!!」
伊吹はご近所さんだと思っていた侍女達の元に駆け寄り、一人一人の手を取って声を掛けて回った。
「屋敷を逃げる時、何も出来なくてごめんね」
「とんでもない! 伊吹様のお元気そうなお顔を見れただけで十分でございます」
「頻繁には帰って来れないけど、年に一度くらい帰って来たいとは思ってるんだ」
「いつお帰りになっても大丈夫なように、準備してお待ちしております」
声を掛けた中には、伊吹が屋敷を脱出する際に襲撃犯と対峙していた侍女もおり、伊吹の頭の中でその時の光景が再生された。
『生まれて来た事を後悔させてやる』
『伊吹様には指一本触れさせない』
『全部の指を折ればいいわね』
『ついでに両足もいっとこう』
『殺せ殺せ殺せ!』
『だからダメだってば』
「うっ、頭が……」
「どうしたの?」
「大丈夫?」
「いや、何でもないよ、はははっ」
心配する美哉と橘香を伴って、伊吹は屋敷へと入った。
屋敷内は侍女達の手によってしっかりと手入れされており、伊吹の記憶と全く同じ状態を保っていた。
「屋敷内を案内してくれない?」
「あ、私もー」
屋敷内を懐かしそうに見回している伊吹へ、藍子と燈子が声を掛けた。
美哉と橘香はそっと伊吹の背中を押し、二人に譲る。
「そうだね、じゃあ案内しよう」
伊吹は左手で藍子、右手で燈子と手を繋ぎ、屋敷内を案内して回った。
どの部屋も思い出が沢山あり過ぎて、ついつい思い出話が止まらず話し過ぎてしまう伊吹。
「この食堂でご飯を食べてたんだ。
で、ある日おばあ様が美哉と橘香に僕とは別の部屋で食事をしろって言い出して……」
「まぁ……」
「そんな事が……」
藍子と燈子は伊吹の思い出話を聞きながら、子供の頃から美哉と橘香の事が大好きだった事を改めて感じさせられていた。
「で、ここが僕の部屋」
伊吹の部屋の中で、必要な物はすでにVividColorsの本社へ送られている。
独り立ちした後の子供部屋のような雰囲気で、伊吹は少し切なくなる。
すでに母親も祖母も、この屋敷にはいないのだ。
「まだ思い出と言えるくらい、整理出来てる訳じゃないみたいだ」
ポツリとこぼした独り言を受けて、藍子と燈子が伊吹をそっと抱き締めた。
「無理に整理する必要はないんじゃない?」
「そうそう、いっくんはもっと自分の気持ちを素直に出した方が良いんだよ」
伊吹は藍子のお腹越しに、まだ見ぬ息子が動いているのを感じた。
「久しぶりの実家で、ちょっと感傷的になっちゃったみたいだ」
二人は伊吹から離れ、事前に決めていた屋敷での過ごし方を伝える。
「私もあーちゃんも、今回の旅行では脇役だから、遠慮しないでみぃちゃんときぃちゃんと一緒に過ごして」
「私はさっき言ってくれた通り、お部屋で休ませてもらうから」
「子供達の事は、紅葉ちゃんと雪羽ちゃんにお願いしてあるから、三人だけでゆっくりと過ごしてね。
何たって、三人の結婚式の為にここにいるんだから。ね?」
伊吹は藍子と燈子の心遣いにいたく感じ入り、実家にいる安心感も相まって、目から涙がこぼれ落ちた。
「二人共、本当にありがとう。
藍子とも、燈子とも、また三人でゆっくりと過ごそう」
「楽しみにしてる」
「じゃ、お願いしまーす」
燈子が部屋の外へと声を掛けると、侍女達がシーツとタオルケットを持って入って来た。
伊吹の目の前で、この屋敷を出るまで寝起きしていたキングサイズのベッドがベッドメイクされていく。
「あはははっ……」
伊吹は今回、美哉と橘香と共に三人でこの布団で寝起きする事を知り、溢れ出そうになる期待感を隠す為に苦笑いを浮かべた。
「喜んでくれているようで何より」
「それじゃ、二人を呼んで来るねー」
藍子と燈子は伊吹とキスをした後、部屋を後にした。
伊吹はどうして良いのか分からず、そわそわと室内をうろつく。
窓の外には侍女達が出入りしているのが見え、警察官や警備員らの背中も確認出来る。
コンコンコンッ
「はいっ」
ノックの音に応えると、美哉と橘香が部屋に入って来た。
「いっちゃん」
「来たよ」
美哉と橘香が子供を連れず、伊吹と三人だけになるのは数ヶ月ぶりの事だ。
伊吹は思わず両手を広げて、二人をきつく抱き締める。
「……良い?」
シンプルな伊吹の問い掛けに対し、美哉と橘香が答える。
「良いよ」
「もう大丈夫だから」
二人は出産後、伊吹の夜のお勤めには参加していなかった。
それが今日、この場で解禁となる。
「本当はお風呂に入りたいけど」
「カーテンだけは閉めさせてっ」
伊吹は敷かれたばかりのシーツの上に、二人を押し倒した。




