今後について
「イヤイヤイヤ! 嫌ったら嫌なの! 絶対に伊吹様と一緒に暮らすんだもんっ!!」
朝一から伊吹の寵愛を得てご機嫌だった摩耶だが、その直後、天にも昇るような気分は地の底に堕ちる事となった。
自らが招集しろと言い出した事務方達を散々待たせてしまった結果、摩耶の希望はほぼ全て聞き入れてもらえなかった。
「毎日上がって来る議事録にしっかり目を通しておくべきだったわね。
まぁ、仮に協議内容を把握してたとしても、結果は変わらなかったと思うけど」
摩耶の姉でありアルティアン王国の王太女、律が呆れた表情でそう告げる。
アルティアン王国の王族はそれなりに存在するが、現在の女王の実子である王位継承者は律と摩耶しかいない。
アルティアン王国として、摩耶を伊吹の元に嫁がせるつもりがなかった事に合わせ、伊吹を律のいるアルティアン王国へと招く為にも、摩耶を王国内に留めておいた方が都合が良いのだ。
「決めた、私皇国に亡命する! YourTunesで生配信してお姉ちゃんに脅されてたんだって告発するから!!」
「あなたってこんなに幼稚だったかしら……。
もしかして伊吹様は女をダメにするお方だったりする?」
「そうよ! 伊吹様は女をダメにするの!! だからお姉ちゃんはこれ以上の接触は避けるべき!! 今すぐアルティアン王国に帰国すべきよ、私の事は忘れて幸せに暮らして!!」
「何でやねんっ!!」
「何がやねんっ!!」
律のツッコミに対して摩耶がツッコミをし返す。
そんなやり取りを見守っていた二人の側近達は、律に与えられている客室に訪問者が来た事を伝えなかった。
「おぉ、姉妹漫才やってる」
「「伊吹様!?」」
摩耶よりも少し遅れて、伊吹が皇宮へと到着した。
自分の婚約を決める為の公式会談だが、伊吹が出席する予定にはなっていない。
「大喜利大会の運営について、宮内省からお小言を貰う予定になってるんだ。
何でも、予定を立てるのが遅過ぎたり、詳細が伝わってなかったりと、各方面から苦情が入ってるんだって。
初めての大規模な催しだとはいえ、ちょっと見通しが甘くて関係者達に迷惑を掛けてしまったみたいでね」
皇族である伊吹が副社長を務めるVividColorsが主導で開催される大喜利大会。
一般企業だけでなく、警備の兼ね合いや外交上のやり取りなど、複数の省庁が関係する都合上、宮内省が取りまとめを行っていた。
したがって、上がって来た苦情は全て宮内省で纏められ、伊吹の耳に入れられる事となる。
「伊吹様でも失敗なさる事があるのですね」
だから私が失敗するのも仕方ない、という意味を込めて律に視線を送る摩耶だが、律は相手にするつもりがないようだ。
「失敗しては反省点を上げて、次はどうすべきか見直しをする、その繰り返しだよ。
僕の目の届く範囲では成功しているように見えても、僕以外の誰かが尻拭いしてくれてたって事もいっぱいあるよ。
でも、今回の大喜利大会と、大会中にやった月明かりの使者のライブとで、反省すべき項目が多過ぎるみたい。
僕としても、ちょっと急ぎ過ぎたのかなぁって自覚はあるんだよね」
伊吹は前世世界のレベルまで、この世界のオタク文化を引き上げようと必死で活動を続けて来た。
しかし、急いては事を仕損じるという言葉通り、色々なところに無理が生じていた事が、報告書として伊吹の元へ上がって来た。
そういう経緯から伊吹は、少し考え方を改めようと思い直したのだ。
「そういう事で、Vtuner活動を休止しようかと思ってるんだ」
「「「「「えぇーーー!?」」」」」
律と摩耶だけでなく、二人の側近達も思わず声を上げて驚いて声を上げた。
「あ、内緒にしておいてね。ここに来る道中で思い付いたところで、まだ藍子にも伝えてないから」
そんな重大な機密事項を、他国の人間の前で簡単に口にしないでほしいと、律は軽い頭痛に襲われる。
「大喜利大会の運営方法についての見直しが必要なのは理解出来るのですが、活動休止までしなければならないのですか?」
律が努めて冷静に、伊吹へと問い掛ける。
一方摩耶は、嫌だ嫌だ活動休止なんてしないでと伊吹に抱き着いて、胸元に顔を擦り付けている。
そんな摩耶の頭を優しく撫でながら、伊吹が律へと答える。
「大喜利大会についてだけじゃないんだ。
やりたい事が多過ぎるからね、一度立ち止まって、整理していこうと思うんだ。
少し前まではさ、今の活動の勢いを落とすと、視聴者達が悲しむとか、みんなの心が離れちゃうんじゃないかとか考えてたんだけど、今はそうじゃないと思うんだよね。
僕以外の所属Vtunerの人気もあるし、何より真智がいるしね。
少し立ち止まっても、視聴者のみんなは待ってくれる状況にあると思うんだ」
伊吹は今述べた事に加えて、大喜利格付け合戦の立ち上げにしっかりと関わりたいと考えている。
真智がいるから自分は活動休止しても大丈夫とは言ったが、身体の年齢が十歳のマチルダばかりに負担を掛ける訳にはいかないと、伊吹は考えている。
「それに、妻達の出産に立ち会いたいってのもあるんだ」
「出産に立ち会われるおつもりですか!?」
伊吹のこの言葉には、活動休止以上の衝撃を律と摩耶に与えた。
この世界の男性が、出産に立ち会うどころか、育児に参加するという話を聞いた事がない。
律と摩耶が父親と顔を合わせるのも年に一回や二回程度のもので、愛情を持って接してもらったという経験もない。
「まぁ、実際に立ち会わせてもらえるかどうか、宮内省に掛け合わないと分からないけど」
伊吹は苦笑を浮かべて智紗世を見やると、目を伏せて何も反応しない。
男性が、それも皇族である伊吹が出産に立ち会うなどあり得ないと、智紗世の姉である智枝から事前に伊吹に伝えられている。
「そうそう、律と摩耶との結婚式も、活動休止中ならアルティアン王国で挙げられるんじゃないかな」
伊吹のこぼしたこの言葉で、室内の温度が急上昇する。
「「伊吹様っ!!」」
王女姉妹は伊吹に抱き着き、王女姉妹の側近達はアルティアン王国へ伊吹が訪問する事での経済効果などの計算を始め、智紗世はまた勝手な事を言い始めたと頭を痛める。
王女姉妹の側近達がわいわいと伊吹の訪有計画の素案を練っていると、部屋の扉がノックされた。
「そろそろお時間です」
皇太子である伊織と王太女である律の公式会談の時間となったのだった。




