活動休止について
大日本皇国皇太子とアルティアン王国王太女の公式会談は、無事に終了した。
事前協議通りに話が進み、大日本皇国の親王である伊吹と、アルティアン王国王太女である律と第二王女である摩耶との婚約が、晴れて成立した。
その裏で、当事者である伊吹は宮内省にて、ねちねちクドクドとお小言を聞かされていた。
本来であればお小言を貰うのはVividColorsの社長である藍子なのだが、伊吹との子供を身籠っているので、その代わりに燈子を指名されていた。
しかし、自分が悪いのだからと伊吹が申し出たので、直接本人が各省庁からの苦情を聞く事となったのだ。
伊吹は執事である智紗世と、宮坂家出身の秘書達に苦情を書き取らせ、自分は宮内次官の話を真剣な表情で聞いていた。
「大変為になるお話をお聞かせ頂きました、ありがとうございます。
今後の活動内容や事業展開について、社内に持ち帰って見直すつもりです」
「それはようございました」
伊吹に面と向かって苦情を聞かせる役目を仰せつかった宮内次官は、ほっとした表情を浮かべている。
世の男性は短気でワガママ、注意なんぞしようものなら癇癪を起こす者もいる。
もちろん伊吹をそのような男性と同一にするなど失礼であると宮内次官も理解しているが、それでも伊吹が素直に聞き入れてくれた事で、心底安堵している。
「僕が活動を始めてまだ一年も経っていないのに、あまりに多くの事に手を出そうとし過ぎたと反省しているんです。
これから帰って、配信活動の休止を申し出ようと考えています」
「申し訳ございませんでした!!」
宮内次官はソファーから床へ降りて、伊吹に対して土下座をする。
「えぇ!? 突然どうされました!?」
突然の展開に伊吹は驚いて問い掛けるが、土下座をしたまま動かない宮内次官の代わりに、智紗世が彼女の心情を伝える。
「ご主人様が各省庁から怒られた腹いせとして、Vtuner活動を休止すると仰っているのだと勘違いされているのです」
「か、勘違い? 私の勘違いなのですか? 殿下、活動を休止されると仰ったのは私の勘違いなのですか!?」
「いえ、活動休止については本当に検討しています」
「何卒、何卒活動休止についてはお考え直し下さいませ!!」
床に頭を擦り付けたまま動かない宮内次官を、伊吹が立ち上がり肩を掴んで座り直すよう促す。
宮内次官はその手を掴み、伊吹に活動を休止してほしくない理由を必死に説明する。
「現在の我が国の好景気は、一重に伊吹殿下のお力によるものです! 今活動休止を発表されますと、その好景気に冷や水を浴びせる事になる可能性がございます! 政府一丸となって殿下の後ろ盾を致しますので、先ほどお伝えした事は全てお忘れになって事業展開も配信活動も全力で突き進んで下さいませ!!」
「って事があったんだけど」
「いっくんはもうちょっと自分の立場を考えた方が良いよ?」
VividColors本社、副社長室にて。
伊吹は宮内次官に、自分が怒られた腹いせに活動休止を言い出した訳ではない事を伝えた後、今後の身の振り方については改めて相談するとして、皇宮を辞した。
藍吹伊通り一丁目に戻り、社内にいた燈子に宮内次官とのやり取りを伝えると、燈子はため息を吐いた。
「いっくんの一挙手一投足を、全世界の安藤子猫達が注目してるんだよ?
VividColorsの事業はすでに国家事業と言って良い規模だし、藍吹伊通り一丁目周辺の地価は毎週値上がりしてるし、宮坂グループの会社は全て右肩上がりの成長を続けているんだよ?
今さら活動休止なんて出来る訳ないじゃん」
「いやいやいや、活動休止はあくまでお休みするだけであって、今後一切の活動をしなくなるって事じゃないよ?」
「そうなんだとしても、活動休止っていう言葉を見て聞いて、子猫達と市場関係者達がどんな印象を受けるかって話なの。
副社長の、安藤四兄弟の活動が見られなくなると聞いて、子猫達は発狂状態になるの。
その子猫達が発狂している姿を見て、市場関係者達は株を投げ売っちゃうの」
後は連鎖反応が起こってどんどん世界景気が後退していく、と燈子が説明する。
「じゃあ、活動休止って言葉を使わずにお休みが出来れば良いって事?
例えば充電中とか、コールドスリープとか、並行世界で仕入れ中とか、NowLoadingとか……」
「そもそも活動休止と捉えられるような発言をすべきではないの。
厳しい言い方になるかもだけど、いっくんはちょっと休みたいから休む、なんて気まぐれな事を言えなくなっちゃったんだよ。
みんなが注目してて、みんなが期待してて、みんなが憧れてて、みんなが巻き込まれてるの。
世界中を巻き込んでいる事に対する責任を受け入れた上で行動しないと」
燈子は伊吹の目を覗き込み、懇々と話して聞かせる。
宮内次官のように慌てたり、伊吹の機嫌を窺うような事は一切せず、冷静に事実のみを伝える。
「……そっか、分かった。始めたからには責任を持って続けろって事だね」
「理解してくれた?」
燈子の問い掛けに、伊吹が大きく頷いてみせる。
「今後の事業展開とか、活動内容についてはもちろん見直しが必要だと思ってるし、しなければならない事だと思ってる。
だから活動休止という事ではなく、徐々に配信の頻度を減らすとか、人に任せられる事は任せられるような仕組みを用意しておくとかを考えて、僕自身の活動量を減らせないかを社内で話し合いたいと思う」
「……うん?」
理解した、と話す伊吹だが、活動量を減らす方針については変えないつもりがない事が窺える。
そこでようやく、燈子は伊吹が活動休止を思い立った原因について聞いていない事に思い至った。
「そもそも何でいっくんは、活動休止をする必要があるって考えたの?
大喜利大会の運営について、立案の時点で杜撰だったと思うんなら、次に大規模な催しをする時は人を増やせば良いし、採用担当はあーちゃんの妊娠発覚を機に信頼出来る人達に任せたし、月明かりの使者のワールドツアーについても宮内省から待ったが掛かってるし……」
「再来月に美哉と橘香、十月に智枝、十一月に藍子の出産が控えてるからね。
出産に立ち会うのはどうやら難しそうだけど、育児には参加したいしね」
「……話が変わって来た」
燈子も王女姉妹と同じく、まさか男性皇族が出産に立ち会いたい、子育てに参加したいと言い出すとは思っていなかった。
頭を抱える燈子を見て、今まで控えていた智紗世が憐れむような表情を浮かべているが、伊吹は気付いていない。
「こればっかりは幹部を集めて話し合わないとダメね。もちろんあーちゃんとおば様にも参加してもらわないと。
治、みんなの都合が良い時間を確認して大会議室に招集して。
議題は『副社長の公私の割合について』で」
『了解した』




