王太女からのモーニングコール
第一回全国顔寄せ大喜利大会が無事終了した翌朝。
摩耶は伊吹の寝室で目を覚ました。
『目覚めたか、摩耶お母様。
律お母様から何度も着信が入っていたぞ』
「お姉ちゃんが? 何だろ……」
昨晩遅くまで昂った伊吹を鎮めていたので、疲れが残っている事もあり、摩耶は半ば寝惚けながらぼんやりと今日の予定を思い出す。
「そうだわ、今日これから会う予定になっているのに、何で電話を?
というか、残っているのは私だけなんだ……」
『親父殿は母上、智紗世お母様、紫乃お母様、教子お母様、司お母様、玲実お母様と共に入浴しておられるぞ』
昨晩、摩耶と共に伊吹に抱かれた燈子達は、伊吹の身体を綺麗にするという名目で大浴場にいる。
なお、治が玲実お母様と呼んだのは伊地藤玲夢の事である。
大喜利大会の司会進行をやり遂げたご褒美として、伊吹の寝室に招かれていたのだ。
『また着信が入っているぞ、出なくて良いのか?』
「ちょっと待って、浴衣だけ羽織るから」
伊吹の寝室なので、摩耶の侍女は控えておらず一人きりだが、律と通話するのに全裸のままなのは憚られた。
「もしもし、お姉ちゃ……」
『遅いっ! 今まで何してたの!?』
「ナニしてたのって言われても……」
すでに伊吹と肌を合わせている摩耶は、藍吹伊通り一丁目にある本社ビルへと正式に招待されているが、未婚の王太女という立場のである律は、そういう訳にはいかない。
少なくとも正式に婚約が成立していないと、伊吹の所有する建物で寝泊まりする事は出来ない。
律は緊急来日して以来、一人寂しく迎賓館に泊っている。
『もう八時過ぎてるわよ、外遊先なんだから気を抜いちゃダメじゃない』
「そんな、気を張るとか抜くとかいう問題じゃないんだよ。
お姉ちゃんも伊吹様に抱かれたら分かるはずだよ」
『……その話は後で詳しく聞くとして。
今日の公式会談に向けて事前に打ち合わせをしておきたいと思って電話したんだけど』
「打ち合わせも何も、もう決まったようなものなんじゃないの?」
律と共に来日したアルティアン王国の事務方達が皇国の事務方と、伊吹と王女姉妹の婚約に関する諸条件のすり合わせを行っていた。
昨日、大喜利大会が開催されている裏で協議が終了し、後は律と皇太子である伊織の公式会談の場で調印すれば、正式に婚約が成立する。
『あのねぇ、あなた自分の婚約が成立する条件を把握していないでしょう?
伊吹様に子種を頂いて天にも昇る気分なんでしょうけど、伊吹様とあなたと私、たった三人だけのお話じゃないのよ?
アルティアン王国の国益と、国民の幸福と、大日本皇国とのこれからのお付き合いの形がどうなるのか、第二王女としてしっかりと把握しておくべきじゃないかしら?』
「それはそうかも知れないけど、私は皇国に嫁ぐ身ですもの。アルティアン王国の事はお姉ちゃんにお任せるわ」
『……事前協議の内容に全く目を通していないのね。
あなたは三ノ宮家に嫁ぐ訳じゃないのよ?』
「………………はぁ?」
大日本皇国は伊吹を婿に出す気は当然なく、アルティアン王国も摩耶を大日本皇国へ送り出すつもりもない。
現在の両国間の共通認識として、王女姉妹が頻繁に来日するか、もしくは数年に一度、伊吹がアルティアン王国へ赴くというものになっている。
婚姻関係は結ばれるが、いわゆる通い婚のような形だ。
「何で!? 何で私が嫁ぐ訳じゃないの!?」
『私が王国に残るのは当然として、あなたにも国の為に働いてもらわないと。
あなたは王太女である私よりも国民人気が高いでしょう?
年内だけでなく来年の行事日程まで詰まっているんですからね』
「嫌! ダメ! 無理! 伊吹様と離れ離れになるなんて考えられない!
お姉ちゃん、今から行くから王国の事務方を招集して!!」
『いやいやいや、今日の午後すぐに皇太子殿下との会談の予定なのよ?
今さら合意内容を変更して再度協議するなんて不可能よ。先方の都合もあるし、あり得ないわ』
「あり得ないなんてあり得ない! 治様、何とかして下さい!!」」
『残念ながら今現在の俺様では、皇宮に働き掛ける事は出来ん』
「そんなぁ…………」
『が、一応皇太子殿下に摩耶お母様の意向は伝える』
『ちょっと!? 治様、勝手な事をなさらないで!!』
「すぐに行くからね、お姉ちゃん!!」
『待ちなさ……』
摩耶は通話を切り、急いで身支度を整えようとするが、着替えどころか替えの下着すらない事に気付き、伊吹の寝室から顔を出して待機していた自分の侍女へ声を掛ける。
「今すぐ迎賓館へ向かいたいの、用意をお願い出来るかしら」
「殿下、非常に申し上げにくいのですが、まずは湯浴みを致しませんと」
「でも急いでいるの、一刻を争うのよ?」
「でも、その……」
いつになく煮え切れない態度を取る侍女に対し、気持ちの余裕がない摩耶は声を荒げてしまう。
「私の将来が掛かっているのよ!? 早くして頂戴!!」
「……ご無礼を承知で申し上げます。殿下、臭います」
「えっ…………!?」
侍女に昨晩の情事の残り香を指摘され、摩耶は全身を真っ赤に染め上げる。
「どんなに急いでおられるにしても、今の状態で外出する事は出来ません。
ささっ、大浴場へ参りましょう」
摩耶は侍女に手を引かれ、大浴場へ向かった。
そこには大欲情中の伊吹が待ち受けており、さらに時間を浪費してしまう事となったのだった。




