秘密の共有
「こちらの都合で大変恐縮なのですが、姉はすでに空港で政府専用機に搭乗しておりまして、大日本皇国の受け入れが出来次第離陸するつもりで待機しているそうなのです」
伊吹達がいた部屋とは別の応接室にて、伊吹と伊織、そして摩耶の非公式会談がなされている。
摩耶が伊吹の手を取った為、座り位置は伊織の正面に伊吹、その左隣が摩耶となっている。
伊織の後ろには次官級の官僚達が控えており、伊吹の後ろには智紗世が、摩耶の後ろには駐日大使など数名が控えている。
「えっと、摩耶。
先ほど外務省の事務次官に、駐日大使へ王太女殿下の訪日が可能か確認するようお願いしたところなんだけど、あまりに早過ぎない?」
「事務次官殿とは先ほどお会い致しました。姉はそれより前から訪日準備をしておりました。
来日の名目としては、伊吹様と皇宮の方々、そして日本政府に対して一刻も早く直接謝罪する為ですが、本音を申しますと、伊吹様との顔合わせが一番の目的となります」
摩耶は自分が律に対し、伊吹と会うべきであると助言した事を説明する。
「伊吹様は元米国人の経産婦をお傍に置かれている事。
ならばすでに子作りを始めている姉でも、顔を合わせて気に入って頂ければ子種を頂けるはずだと思い、婚約に向けて打診すべきと進言致しました。
もちろん姉と私をまとめて娶って頂ければそれ以上に幸いな事はございませんが、私としては姉が伊吹様の御子を身籠る事で、次期女王としての権威が増せばと考えております」
摩耶の発言に対し、伊織の後ろに控えている閣僚達がざわめき出した。
「殿下の秘密を流出させたのか」
「これは国際問題に発展するのでは?」
「自国の都合に殿下を巻き込むおつもりか」
「伊吹殿下のお心に傷が出来たらどうするおつもりか」
「待て、殿下のお心を推し量るような事をすべきではない」
閣僚達の反応は正しい。
この世界の一般的な男性であれば、例え経産婦であっても問題なく抱けるメンタルを持っていたとしても、それを他人に知られるのは精神的負荷が掛かる可能性が高い。
伊吹本人が摩耶に聞かせた話だったとしても、それを摩耶が第三者に伝えて良いものではない。
もっと言うと、姉である王太女に情報提供したにしても、情報提供した事を伊吹本人に伝えた事が一番の問題である。
男性にとって非常に繊細な事柄である性事情を、赤の他人に知られてしまったという状況は、男性を勃起不全にしてしまう可能性が非常に高いからだ。
閣僚達の反応を見て、摩耶は自分が失態を演じてしまった事にようやく気付き、顔を真っ青にさせる。
世界中の女性が恋する伊吹と出会い、姉との関係が改善され、そして伊吹に抱かれるという幸せに満ち満ちている摩耶は、あまりに浮かれ過ぎていた。
「お前達の気持ちは理解するが、要らぬ心配だ。
伊吹、お手を握って差し上げろ」
伊織は閣僚達を黙らせた後、伊吹に摩耶の手を握るよう伝える。
伊吹が手を取ると、摩耶は自分のしでかした失態に気付き、ぶるぶると身体を震わせていた。
「摩耶、僕は平気だから気にしないで」
「伊吹様、申し訳ございません……!!」
「良いから良いから」
伊吹は摩耶の顔を胸に抱き、背中を優しく撫でてやる。
「まぁ、伊吹でなければ外交問題になっていた可能性が高い。
マヤ殿下、アルティアン王国内で今の話を知っている関係者はどれくらいいるか分かりますか?」
「……姉に話しましたので、そこから母である女王陛下には伝わっていると思います。
陛下の側近や、閣僚達にどこまで情報共有されているかについては、分かりません。
はっ!? お前達、今この場で見知った事は絶対に口外してはなりません!!」
「「「「「かしこまりました」」」」」
摩耶が後ろに控えている駐日大使達にそう言い含めるが、色々とかなり手遅れ感が否めない。
「ふむ、状況を確認しようにも藪蛇になる可能性が高いな」
伊織としては、伊吹が自分の性事情を知られたとて、心に大きな傷が出来るなどという事はないと知っている。
が、一国の内親王の性事情という特級機密情報が、他国の首脳に流出しているという事実を黙って見過ごす訳にはいかない。
伊吹が平気だから良い、で済む話ではないのだ。
ヴヴヴッ
立ち上がって頭を下げようとする摩耶を、伊吹が抱き締めて留めているところに、伊吹のスマートフォンが通知を知らせて震えた。
「お父様、ちょっとスマホを確認しても良いでしょうか?」
「あぁ、今は非公式の場だから問題ないぞ」
伊織に断って伊吹がスマートフォンを手に取ると、画面に治からの文章チャットが表示されていた。
≪親父殿の性事情は王太女殿下と女王陛下にしか共有されておらん≫
「何で文字なんだ? ……あぁ、そっか」
他国の関係者がいる事について配慮し、治は文字で伝えて来たのだ。
(摩耶を安心させてあげたいけど、根拠を示すには全部話すしかないよな)
伊吹が何故現在のアルティアン王国の王室内部情報を手に入れているのか説明するには、治の存在を共有しなければならない。
「お父様、VividColorsの超極秘最先端技術を用いて現状を説明したいのですが」
「超極秘最先端技術? ……あぁ、なるほど。
お前達」
伊織が手振りで後ろに控えていた閣僚達へ指示し、皆が応接室から退室して行く。
「わ、私達も退席致します!」
「いや、摩耶だけ残ってほしい」
アルティアン王国側の関係者は摩耶がやらかしている事もあり、素直に部屋を出て行った。
応接室に残っているのは、伊吹と伊織、摩耶、そして智紗世の四人のみだ。
「さて、どんな説明を聞かせてくれるんだ?」
「説明すんのは俺じゃないよ。
治、頼んだ」
突然皇太子に対する態度を変えた伊吹に驚く摩耶だが、それ以上に衝撃的な体験をする事となる。
『初めまして、摩耶お母様』




