マチルダのおねだり
作中時系列無視のバレンタインSSです。
「ママ、お小遣いちょーだい」
マチルダが母親であるメアリーにお小遣いをねだる事はほぼない。
伊吹からメアリーの給料とは別に、安藤真智として活動しているマチルダへの給料も支払われているので、メアリーがお小遣いを渋る事はない。
毎月十歳に相応しくないほどのお小遣いを与えられているマチルダだが、使い道がないのでメアリーに頼んで銀行口座を作り、毎月積み立ててもらっている。
この世界では、マチルダは欲しいものを買うのではなく、欲しいものを生み出す側なのだ。
そんなマチルダからお小遣いをねだられたメアリーは、純粋に使い道が気になったので尋ねてみる。
「珍しいわね、何が欲しいの?」
マチルダが年齢に似合わない、悪だくみをしているかのような笑みを見せる。
「バレンタインやし、イブイブの男の夢を叶えてあげないとダメなの」
マチルダはメアリーが日本語の勉強中なので、ローマックス家での日常会話は日本語でされる。
が、コテコテの関西弁までは理解出来ないメアリーの為に、マチルダは頑張って中途半端な標準語を使って説明になっていない説明をする。
「バレンタイン?
手作りカード用の材料が欲しいの?」
米国では古来からのバレンタインデーの風習に則り、家族や近しい関係の人に、感謝を伝える為の行事として親しまれている。
メアリーも米国で過ごした学生時代に、手作りのカードを母親や友達に渡していた。
そんな懐かしい思い出に浸っているメアリーに、マチルダが首を振って見せる。
「ちゃうねん、日本のバレンタインデーって言ったらチョコレートなの。
イブイブとうちがいた世界では、女の子が男の子に好きだよって伝える為にチョコレートを贈る行事なの」
「へー、世界が違うと風習も変わるのねぇ。
日本ではあまりキリスト教的な行事って広まってない印象だったけど」
バレンタインデーと思い浮かべてチョコレートを思い浮かべるのは、マチルダや伊吹の前世世界でも、日本人特有だろう。
欧米でもチョコレートを渡す事もあるが、チョコレートに限らずクッキーやその他のお菓子、または花を贈るという人も多い。
日本のようにチョコレート一択という国は珍しい。
「日本人は何でもお祭りが好きなの。
で、うちが藍吹伊通り一丁目の板チョコを買い占めて来るからお小遣いちょーだい☆」
「買い占める?
副社長がお喜びになるなら止めはしないけど、買い占めたチョコレートをどう使うのか教えてくれるかしら?」
藍吹伊通り一丁目内の板チョコを買い占めてまで叶える男の夢とは一体何なのか。
前世の記憶を持っているとはいえ、メアリーにとっては十歳の娘だ。
何をするつもりかと確認するのが親の務めだろう。
「板チョコを溶かすやろ?
ほんで、美少女であるうちの身体に塗りたくるねん。
それをイブイブがペロペロ舐める!
どう、絶対喜ぶやろ!?」
「I'll have to think about it.」
メアリーはスマートフォンを取り出した。
「ちょ、ママ!
内緒にせんとサプライズにならへんやんか!!」
スマートフォンを奪おうとするマチルダの頭を左手で掴みながら、メアリーが伊吹へ連絡を入れる。
「副社長、お忙しいのにすみません。
ちょっとお尋ねしたい事がありまして」
メアリーから連絡を受けた伊吹が、藍吹伊通り一丁目に勤めている女性に対して交代で本社ビル、翔ノ塔のパーティー会場へ招待した。
伊吹自身のバレンタインデーは、二人の姉が作って失敗した手作りチョコの処理係で、スイートよりもビターな思い出寄りだった。
なので、この世界でも二月十四日に何か催しものをしようという発想がなかった。
藍吹伊通り一丁目に勤めている女性は、伊吹から直接何かを受け取れるだけでもプレゼントになると藍子にアドバイスを受けたので、とりあえず板チョコなどのチョコレート菓子をかき集めて、伊吹が手渡しで女性達に配っている。
そして日々の感謝を込めて、希望者にはハグをするというアイドルのイベントのような形になった。
もちろん全員が希望するので、非常に長い列が会場内を蛇行して外まで繋がっている。
「マチルダがもっと早くに言い出してくれてたらなぁ」
「せっかく男の夢を叶えたろ思たのに」
マチルダはぷんすか怒りながら、伊吹の腰に抱き着いて離れないでいる。
列に並んでいる女性達は伊吹に二秒しか抱き着けないと聞かされていて、二秒を越えると無理やり剝がされるので、マチルダの事を恨めしそうに見ながら去って行く。
「十歳の白人少女にチョコレート塗りたくって舐めるだなんて、世界中からバッシング受けるだろ」
「世界を敵に回しても叶えたい夢があるやろ!」
「……じゃあマチルダが十八歳になったらお願いしようかな」
「言質取ったどー!
録音したからな! 絶対やからな!!」
「何でマチルダが興奮してるんだよ……」
とんでもない約束をしてしまったような気がして、伊吹はちょっとだけ後悔するのだった。




