カウント36 三年後
それから、なんやかんやと三年の月日が経ち―――
「はあ……」
オレは宮殿本部にある裏庭の噴水の前に立ち、のんびりと月を見上げていた。
「ディア兄ちゃん!」
呼びかけられて振り返ると、そこには愛弟子であるキリハが立っている。
「よ。」
片手を上げて答えたオレは苦笑する。
何の因果か知らないが、キリハは今、竜騎士隊の一員として宮殿に身を置いている。
しかも、人間を拒み続けてきたとされる《焔乱舞》に唯一選ばれたというおまけつきだ。
さすがはオレの価値観を大きく変えてくれただけのことはある。
持って生まれたもののスケールが違うというか、なんというか。
「主役が二人揃って抜けちゃだめじゃんか。」
「ごめん…。出ていくのが見えたから、つい……」
ぽんぽんと髪をなでながら言うと、キリハは子犬のような目でオレを見上げた。
「ははっ。ちょっと酔い覚ましだよ。」
オレは、植木の向こうに目を向ける。
ここからは見えないけど、食堂はオレとキリハの同時優勝を祝うパーティで盛り上がっているご様子。
「はあ…。今年も大変だったな、ほんと。」
噴水の縁に腰かけながら呟く。
最初の年から三年連続で優勝を貫き続けて迎えた、四回目の大会。
今年はオレが可愛がってきたキリハがいたこともあり、とにかく妨害の質が陰湿だった。
あの特徴的な太刀筋から、キリハとオレが決して浅くない関係であることは、すでに総督部に把握されている。
出張から帰ってくる少し前、ランドルフ上官からそう言われた。
もちろん、本当は巻き込みたくなかった。
でも、出張中にいつの間にか竜騎士隊と《焔乱舞》に選ばれてしまっていたとなれば、さすがのオレでも救いようがない。
キリハのことはレイミヤの秘匿事項だったし、オレも迂闊にキリハの名前を出せなかった。
これは仕方ないのこと。
だけど……よりによって、どうしてキリハなんだ。
そう思ったのが正直な心境だ。
ジョー先輩の助けもあって、これまでは総督部から完璧に隠せたオレの愛弟子。
下手に慌てて遠ざけようとすれば、キリハがオレの弱点だと確信した総督部がキリハを危険な目に遭わせるだろう。
だから、今年の大会にあえてキリハを出場させた。
キリハがオレの弟子であることを大々的に公表し、皆の前でその剣の腕を見せびらかしておけば、世間にキリハの名前と顔を覚えてもらえる。
ドラゴンを屠る《焔乱舞》の操り手であり、幻のヒーロー唯一の弟子。
この二つのインパクトでさらに強くなった衆人環視の中では、総督部もおいそれと手は出せまい。
総督部の陰湿さについてはキリハの精神力に賭けるしかなかったが、さすがは自慢の愛弟子。
最後まで逃げずに乗り切って、大会ではオレとの同時優勝までこぎ着けたのだから大したものだ。
師匠としては、大会の規定時間内に弟子を御せなかったのは悔しい限りだけど。
「………」
何はともあれ、今年もこの山を越えたのだ。
残すは、あと一年。
「ディア兄ちゃん?」
キリハが不思議そうな顔をして、こちらを見上げてきている気配。
「―――キリハは、さ。」
口が勝手に言葉を紡ぐ。
「オレが関係ないところで、この国を見てどう思った? あの人が治める、この国のこと。」
何を突拍子もないことを訊いているのだろう。
そう思うのに、言葉が止まらない。
「あの人って……ターニャのこと?」
きょとんとするキリハに、オレはゆっくりと頷く。
すると、キリハは途端に難しそうな顔をしてしまった。
無理もない。
オレだって、突然こんなことを質問されたら返答に困る。
しかも、キリハはまだ十八歳になったばかりだ。
オレが滅多に考えもしないことを、この子が考えているはずもない。
だが、素直というかなんというか、キリハはそんな無茶ぶりのような質問に頑張って答えようしているようだった。
「なんだかんだで……優しいと思った、かな。」
そんなキリハの答えを聞いた瞬間、ふっとどこかの力が抜けたような気がした。
認めてもらいたかったんだな、と。
なんとなく、そう理解する。
ターニャを支えるとはいっても、オレは政治にまで介入することはできない。
国の行く末を判断する場では、ターニャはどうしても一人で国防軍やその他政治家と戦わなくてはいけない。
国に対する責任は、自ら背負っていたい。
そんなターニャの努力を、オレはオレじゃない誰かに認めてほしかったんだと思う。
竜使いも何も関係なく、ターニャをただ一人の人間として見てくれる誰かに。
「―――そっか。」
嬉しくて、無意識のうちに頬が緩んだ。




