カウント35 たった一人のために捧ぐ誓い
控え室に残されたのは茫然と棒立ちになるオレと、そんなオレの胸の中で羞恥心に耐えているターニャの二人。
「やっぱり、あの人は大魔王だった。」
ランドルフ上官、恐ろしや。
オレとジョー先輩に交遊があったことは偶然だったとはいえ、それを遠慮なく利用できる神経には脱帽する。
そして、オレとランドルフ上官を繋ぐパイプなんて危険な役を笑顔で引き受けたジョー先輩も怖いって。
心に決める。
絶対にジョー先輩は敵に回さない。
ってか、回せない。
「……もう少し、ですね。」
ふいに呟いたターニャが、オレの服をきゅっと握る。
「そうだな。」
オレはターニャの頭に手を置く。
事情はどうあれ、せっかく転がり込んできた機会だ。
今はこの人だけを見よう。
「ひとまずは一年目、だな。」
ランドルフ上官の情報隠蔽のおかげで、今年は簡単に優勝をかっさらっていくことができるだろう。
問題は来年以降だ。
オレが今年最年少でこの大会を制したとなれば、嫌が応にもオレの実力が総督部に知れる。
今年は自由に泳がせてくれているが、来年からどんな妨害が来ることか。
ターニャもきっと、同じことを考えている。
だから、優勝一歩手前だというのに、オレたちに笑顔はなかった。
勝負はまだまだ入り口付近。
だからこそ―――
「ターニャ、ちょっといいか?」
オレは一度、ターニャを自分の胸から離した。
不思議そうな目をするターニャと顔を合わせ、次に彼女の前に片膝をつく。
「オレは、あなたの傍を離れない。」
ターニャの手を取り、オレは恭しく頭を垂れた。
「自分のためでもなく、国のためでもなく―――ただ、あなたのために剣を抜くと誓うよ。」
この国を守る特務部隊の隊長としては、あるまじき誓いだろう。
でも、そんなこと知ったことか。
隊長としてのオレじゃなく、一人の人間としてのオレが守るべき相手は、未来永劫彼女たった一人だ。
彼女が国を守ると言うなら、喜んで国を守る剣となろう。
彼女が全てを敵に回すと決意したなら、その時は共に罪を背負う。
そして、果てるならその時も共にだ。
絶対に離れない。
可愛くて、愛しくて、とても寂しがり屋で泣き虫なこの人から。
ターニャの両手がオレの頬にそっと触れる。
力がこもった彼女の手に応えて、オレは顔を上げた。
唇に触れたのは、優しくて柔らかい感触。
羽が触れるような軽いキス。
それで、オレの意識は完全に刈り取られてしまっていた。
ターニャはゆっくりとオレの唇から自分の唇を離すと、オレの目を見つめて綺麗な微笑みを浮かべた。
「信じてる。」
囁かれた言葉が、オレの全てを満たす。
その時、また小さくノックの音が聞こえてくる。
時間だというジョー先輩の合図だ。
ターニャは一度笑みを深めると、くるりと踵を返して控え室を出ていってしまった。
「………」
オレは口元を手で覆い、片膝をついた体勢のままうなだれた。
まただ。
引っ張っていきたいのはオレの方なのに。
支えたいのはオレの方なのに。
なのに……肝心なところほど、ターニャの笑顔に何もかもを奪われてしまう。
「これは、是が非でも勝ってこなくちゃな。」
オレは勢いよく立ち上がる。
くそ、頬に集まった熱が下がらない。
一体オレは、何度ターニャに負けを認めなければいけないのだろう。
落としたのはオレだとか言って、あの時はかっこつけちゃったけど。
どう見たって、溺れてるのはオレの方なんだよな……
どうしてくれる。
彼女のことが好きで愛しくてたまらないこの気持ちを。
「あーもー、かっこ悪ぃ! 切り替え、切り替え!!」
自分の頬を張り、オレは剣を手に取って入場門へと立った。
「見てろよ。絶対に、オレから離れられないようにしてやるから。」
やっぱり悔しくて、ぼそりと呟く。
オレの剣は伝説になるだろう。
いつか、ローレシア校長にそう言われた。
面白い。
なってやろうじゃないか。
誰もが褒め称える伝説ってやつに。
オレは剣を握り締め、その第一歩を踏み出した。




