カウント34 控え室への訪問者
〈とんでもない大判狂わせ。〉
今年の国家民間親善大会につけられた評価を、オレは上機嫌で眺めていた。
それは、今日の朝刊に大々的に記載された一面の見出し。
テレビを見ても、状況についていけないアナウンサーと評論家が戸惑いながら議論を交わしているという状況だった。
『君には、楽すぎる条件だったろう?』
ランドルフ上官、本当にそのとおりです。
大会の初戦。
実に三倍以上もの倍率を勝ち抜いてきたという対戦相手と剣を交えたオレは、拍子抜けしてしまったのを覚えている。
え、こんなもん?
不覚にも驚いてしまったオレは、その試合を三分という早さで片付けてしまっていた。
不可抗力だったんです。
我に返った時には相手の剣を弾き飛ばしていて、相手の首に剣を食い込ませているという状況だったんだから。
ビギナーズラック。
唐突かつ想定外の結果を飲み込めなかった観客たちは、初戦のオレの勝利を単なる偶然で片付けようとした。
しかし、オレが二回戦目、三回戦目と圧倒的な実力差で勝ち上がっていくにつれて、困惑はざわめきとなり、そして決勝戦に至る今日までに混乱へと変わっていっていた。
「オレの目も、まだまだ発展途上だったんだなぁ。」
いくつかの試合を経て、しみじみとそのことを感じている自分がいた。
アイロス先輩には剣の腕が馬鹿みたいに上がっていると言われたが、実際のところ少し事実は違う気がしている。
だって、オレは大学に入ってからというもの、自分の実力を隠すために実技ではとことん手抜きをしてきたのだ。
そんな日々の中で、技術的な剣の腕が上がるはずもない。
変わったとするならば、この目の方。
大学に入ってから、毎日のように睨み続けてきた過去資料の数々。
そして、間近で見てきた一流と言われる人々の剣技。
それらが蓄積された結果、きっとオレの目は他人の剣を見抜く能力を飛躍的に上げたのだろう。
見えるようになった分、体はより効率よく動こうとする。
その結果、周りからはオレが剣の技術を上げたように見えたわけだ。
「キリハと手合わせしたら、どうなるんだろうな。」
オレと近い才能を持った愛弟子は、また腕を上げたオレにどんな反応を見せるのだろう。
そして、どんな風にそれを吸収していくのだろう。
考えるだけで楽しみだ。
そう思うと、やっぱり人を育てることに専念したかったなんてことを考えてしまう。
でも、それは後回しにすると決めたのだ。
楽しみが先に伸びたと考えれば、遠回りの日々も悪くないだろう。
コンコン
その時、小さくドアがノックされた。
「ん?」
オレは首を傾げる。
決勝戦まで、あと十五分ほど。
こんなギリギリな時間に誰だろう。
「はい?」
来客者に想像がつかないまま、オレは選手控え室のドアを開ける。
「やい、女ったらし。」
その瞬間、爽やかな笑顔で悪意百パーセントの言葉がふっかけられた。
「ジョー先輩!?」
急に何を言い出すんですか、この人は。
一瞬で混乱状態に叩き落とされたオレは、ジョー先輩の後ろにもう一人誰かがいることに気付いて目を剥いた。
「ター…ニャ…」
「はいはい、とりあえず入って入ってー。」
ジョー先輩はターニャを丁寧な手つきでオレの胸へと押しやり、自分も部屋に入ってから控え室のドアを閉めた。
「へっ!? 何これ、ジョー先輩、知って……ええっ!?」
顔を真っ赤にしてうつむくターニャを条件反射で抱き留め、オレはパニックでターニャとジョー先輩を交互に見やる。
オレとターニャの関係については、隊員の中ではアイロス先輩しか知らないはず。
ターニャとの話し合いで、表面上は神官と隊長という立場を重んじようということになったし、互いに関係がばれないようにしてきた。
してきたはず、だよな…?
「僕を甘く見てもらっちゃ困る……と言いたいところだけど、契約上知るしかなかったんだよね。」
「契約?」
なんだ、その聞き覚えのあるフレーズは。
冷や汗を浮かべるオレに、ジョー先輩はにたりと目を細める。
「僕の前任部隊の名前は?」
「ふえ? えっと、確か参謀局第一……―――っ!?」
途端に、全てがクリアに見えた。
「あの人かーっ!!」
「ご明察。」
ジョー先輩がしたり顔をする。
オレは思わず顔を覆った。
そうだよ。
この人、ランドルフ上官が隊長を務める部隊にいたんじゃん!
どうして異動願を受け取った時点で気付かなかったかな、オレ!!
「……まさか、ドラゴン殲滅部隊に来た本当の理由って―――」
「それは違うよ。」
オレが何を疑っているのか分かったのだろう。
ジョー先輩はすぐに首を左右に振った。
「ランドルフ上官と契約したからここに来たんじゃない。僕がここに異動するって言い出したから、そのついでに契約したの。順序は逆だよ。」
「あ、そうですか……」
「ディアとランドルフ上官が会うのは怪しまれるけど、僕とランドルフ上官が会っても違和感がないでしょ? ランドルフ上官が僕を第一部隊に引き戻そうとしてるとか、僕がランドルフ上官のスパイとしてドラゴン殲滅部隊に潜り込んだとか、都合のいい見方をしてくれるんだから。」
そこまで言い、ジョー先輩は悪魔スマイルを浮かべる。
「こっち側のサポートは僕に任せてくれて構わないよ。僕の方が君の何倍もこの世界にいるし、ディアも何も隠さずにいられる相手がいれば気楽でしょ? 同じ契約仲間どうし、あの人の手の上で仲良く踊ってあげようじゃない。大丈夫だよ。ミゲルたちはこっちに引き込まないように配慮してあげるから。」
「う…。そりゃあ、助かりますけどぉ……」
パニック継続中のオレは、上手く答えられない。
何が面白いのか、ジョー先輩はオレを見てにやにやとするばかり。
「……それじゃ、廊下で見張っててあげる。時間になったらそれとなく合図するから、どうぞごゆっくり。」
最後にまた爽やかな笑顔を浮かべて手を振り、ジョー先輩は控え室を出ていってしまった。




