次のカウントへ 竜使い様様
「実はさ……オレ、教師になりたかったんだよね。」
オレがそう言うと、キリハは意外そうに目をしばたたかせる。
「そうなの?」
「うん。キリハに剣を教えるのが、自分でも楽しくてさ。色んな人に剣を教えていきたいなって、そう思うようになったんだ。それでより見分を広げるために、国立の軍事大学に進んだんだよ。」
自分の腰に下がる剣。
それを手に取って胸に抱く。
「でもさ…。将来の夢も理想の未来像もあったけど、オレは自分の剣を、誰のために使うかは決めてなかった。オレのこの目は、人を育てるために使いたい。そこにくっついてくる剣の腕は、おまけ程度でいいやって、そう思ってた。……あの人に会うまでは。」
酒のせいかな。
それとも、キリハの答えを聞いてほっとしたからかな。
胸から想いがあふれ出して、止まらなくなる。
「別に、教師になる夢を捨てたわけじゃない。でも今は、ただあの人のために剣を握っていたいと思った。この剣もこの身も、全部この国に―――いや、あの人に捧げるって誓ったから。」
「ディア兄ちゃん……」
「ははっ。突然何言ってるんだかね、オレは。」
笑ってごまかそうとして、自分を見上げる無垢な双眸と目が合った。
その刹那。
「―――キリハには、知っていてほしかったのかもな。」
気付けば、そんな一言が零れていた。
ああ……そうなのか。
オレは、そんなことを思っていたのか。
「え? 何?」
オレの言葉を聞き取れなかったらしく、キリハが首を傾げて聞き返してくる。
オレは微笑んで、その頭を思い切り掻き回してやった。
「わっ…」
「なんでもない。でも―――」
手を止め、オレは今伝えるべきだと感じた想いを伝える。
「ありがとな、キリハ。オレと一緒に立ち向かってくれて。……それに、オレに曇りのない目をくれて。」
きっと、この小さな愛弟子との出逢いがオレの運命を変えたんだ。
この子に会うことがなかったら、オレは教師になりたいという夢を見つけることはできなかった。
竜使いへの認識も、有象無象の輩と変わらなかったかもしれない。
教師になろうと思わなければ軍事大学に進まなかったかもしれないし、仮に入学したとしても、剣術指南研究部に入ることはなかっただろう。
そして……きっと、あんなに愛しい人に出逢うこともなかった。
ここまであの人を愛することなんてできなかった。
今その〝もしも〟を考えると、たまらなく怖い。
自分の夢も分からず、こんなにも大事な存在を知らずに生きていたかもしれないなんて、想像するだけで世界が終わっていると思うのだ。
キリハはオレのことを尊敬して慕ってくれているけど、本当は違う。
お前が尊敬するオレという人間を作り上げたのは、他でもないお前なんだよ。
「………?」
キリハは、意味を問いたげな目でオレを見ている。
「キリハー?」
食堂の方から声が聞こえたのは、その時のことだった。
「あ…。みんな、捜してるっぽいね。」
キリハの視線が食堂の方へと向かい、無意識にその腰が浮く。
「ま、オレもキリハもいないんじゃ、ただの飲み会になっちゃうもんな。」
オレはキリハの背中を叩いて、その体を前に押しやった。
「ディア兄ちゃん?」
「ごめん。先に行って、みんなのことを騙しといて。オレは、もうちょいここにいる。」
「ええーっ!」
「あと五分だけ。」
ひらひらと手を振ると、キリハはむーっとふてくされたように唇を尖らせた。
「もー…。ちゃんと戻ってきてよ?」
肩を落としたキリハは、すぐに気持ちを切り替えて食堂へと向かっていった。
耳を澄ましていると、ミゲル先輩たちと合流したらしいキリハが、皆を食堂の中へと促す声が聞こえてくる。
「なんだかねぇ……」
オレは溜め息をつき、また夜空に浮かぶ綺麗な月を見上げた。
なんだか、感慨深い気分だ。
ドラゴン殲滅部隊の隊長に就任して、早くも三年。
隊員は順調に増え、今じゃ立派な組織となっている。
国防軍から鞍替えしてきたり、大学時の約束どおりにドラゴン殲滅部隊を目指して試験をバスしてきたり。
この部隊に入ってくる経緯は様々だけど、皆がオレに絶対的な信頼を寄せてくれている。
―――でも、正直な気持ちを言うと……オレはそれで満足できていなかった。
やはり竜使いという溝がそうさせるのか、オレはともかく、ターニャと皆の距離がなかなか縮まらなかったのだ。
契約仲間のジョー先輩は普通に彼女と接してくれているが、それはあくまでもビジネスライクという感じで、オレが望む信頼関係とは違う気がする。
ミゲル先輩も頑張ってくれてはいたけど、竜騎士の人々と何度も関係をこじらせているうちに疲れてしまったのか、オレが出張に出る前は完全に臍を曲げている状態だった。
おかげで、ターニャに対する態度もまあ淡泊なことで。
これは、さすがに妥協しなきゃいけないのかもしれない。
オレにしては珍しく、そんな風に諦めかけていた。
でも……出張から帰ってきたオレは、皆の変化に驚かされるばかりだった。
今まであったギスギスした空気が、嘘のようになくなっていた。
竜騎士隊の人たちとも違和感なく話せていたし、オレがいなくても自然と団結しているように見えた。
そして何より、皆のターニャを見る目が変わった。
オレに合わせてターニャに従うのではなく、自分から彼女の言葉に耳を傾けていた。
こんな変化をもたらしてくれた奴なんて、どう考えても一人しかいない。
やっぱり、キリハに助けられているのはオレの方なのだ。
オレの夢を見つけてくれたのは竜使いで。
オレが本気で愛した人も竜使いで。
オレの理想を現実に変えてくれるきっかけを作ったのも、やっぱり竜使いで。
なんていうか、本当に……
「オレの人生、竜使い様様って感じ?」
呟いたオレの声は、すぐに夜の中に拡散していく。
オレは、こんなもんで納得なんかしない。
この変化はまだまだ小さくて、気を抜けばすぐに世間の〝普通〟という概念に掻き消されてしまうだろう。
キリハやターニャがきっかけを作ってくれたのなら、それを大きくするのはオレの仕事だ。
だって、オレは世間じゃ生ける伝説とまで呼ばれているんだ。
こうなったら、色んな意味で伝説を打ち立ててやろうじゃないの。
突っ走るところまで突っ走るのが若さだし、不可能を可能にしてやるくらいまで貪欲なのがオレらしいでしょ。
「さーて。明日も一日、気ままに行きますか。」
頭上に広がる夜空に向かって、オレはそう笑うのだった。
〈伝説が生まれるまで END〉




