過去消失から異世界体験
■ 2018年9月3日(月)
今朝も8:00に目覚まし時計が鳴った。起き上がってカーテンを開けて外を見ると晴れていたがまだ夏の空といった感じだ。8月も終わって9月になったが、まだまだ残暑は続いている。部屋を出て一階に下りて洗面所へいって顔を洗った。そしてキッチンへ行くとテーブルには鮭の塩焼きとサラダ、ご飯と味噌汁が用意されていた。キッチンにいた母親に「母さん、おはよう」と言うと「おはよう」と母親がいってテーブルに座った。朝食を食べていると母親が「祐樹、あんた、お付き合いしてる人いるんでしょ?そろそろ家に連れてきて紹介しなさい」と言った。また朝からその話かと思い「いつか連れてくるよ」と適当に言っておいた。すると母親が「その子はいくつなの?何の仕事しているの?」としつこく聞いてきた。俺は「24歳で保育士」と必要最低限のことだけ答えた。母親は「あんたみたいな人と付き合ってくれる女の子なんてなかなかいないんだから大切にしなさいよ」と言ってきた。俺は「わかったわかった」と適当に答えておいた。
家を出て駅へ向かって歩いていった。9月といっても真夏と変わらない暑さだ。駅に着いて電車に乗るとクーラーがきいていて涼しい。スマホで山記事をみていた。週末はどこの山に行くかまだ決めていない。近くの山はほとんど行ったのだが、莉奈に見せてあげたい景色を探していた。会社の最寄り駅に到着して10:00前に出勤した。今日は社内全体の朝礼がある。フロアに社員達が集まってきて、社長が話はじめた。毎週毎週よく話すことがあるなあと思いながら上の空で話を聞いていた。社長の話が終わると社長秘書の西浦真美が「本日より総務部にいた小松さんが、システム開発部へ異動となりました。また、先月より遠藤さんが営業部長となりました。では今週もみなさんがんばりましょう」と言って朝礼が終わった。
俺は自分の席に座ってパソコンの電源を入れた。小松結衣がシステム開発部に異動してきたので席が少し変わっていた。俺の斜め左向かいに池上有希が座り、その右横、つまり俺の前が小松結衣の席になった。池上有希が「これがCSSの本で、HTMLの本はこれになります」と小松結衣に二冊の入門書を渡した。小松結衣は「ありがとうございます」といって本を開いて読み始めた。今のところ何の現象も起こらないし平和な日々が続いている。業務をしていると西浦真美から”ところで莉奈ちゃんとはどうなったの?”というメッセージを送ってきた。そういえば西浦真美には話してなかった。俺は”結婚前提で付き合うことになったよ”と西浦真美に返信した。すると西浦真美から”それはおめでとう!”というメッセージが返ってきた。特殊能力者同士の会話は休憩室でするべきだが、こういった何気ない日常会話はメッセンジャーでやりとりをしている。この日は何事もなく一日が過ぎていった。
勤務時間終了の19:00になってさっさと退社して自宅に帰った。夕食を終えてシャワーを浴びて自分の部屋に入ってパソコンの電源を入れた。そろそろ2033年からのメールが届くのではないかと思っていた。しかし、メールを確認してもニュースメールやDMばかりで2033年からのメールは届いてなかった。まあ、いつか時期がくれば送ってくるだろうと思っていた。
■ 2018年9月3日(月)二度目
今朝も8:00に目覚まし時計が鳴った。起き上がってカーテンを開けて外を見ると晴れていたがまだ夏の空という感じで、まだまだ暑い日は続きそうだ。部屋を出て一階に下りて洗面所で顔を洗ってキッチンへ行った。テーブルには鮭の塩焼きとサラダ、ご飯と味噌汁が用意されていた。今日も昨日とメニューなのかと思っているとリビングにあるテレビの画面を見るとニュースキャスターが「9月3日月曜日の最新ニュースをお伝えします」と言った。テレビ画面のテロップにも2018年9月3日となっている。俺はそれを見ておかしいことが起こっていることに気がついた。9月3日は昨日だったはず。また無限ループ現象が起こっているのかと思った。しかし、無限ループ現象が起こっている時は前日の記憶が曖昧だったが、今回は昨日の記憶が鮮明に残っている。
キッチンにいる母親に「母さん、おはよう。今日って9月3日だっけ?」と聞いてみると母親は「おはよう。祐樹なに寝ぼけてるの?今日は9月3日じゃない」と答えた。だとすると今度は記憶を持った無限ループ現象が起こっているのかもしれない。テーブルに座って朝食を食べていると母親が「祐樹、あんたももう来月から新婚生活がはじまるんだから、もうちょっとしっかりしなさいよ」と言った。おかしな発言だと思った俺は「来月から新婚生活ってなんだよ?まだ俺と彼女はそこまでの関係になってないよ」と言った。すると母親は「あんた、何寝ぼけてるのよ!杏奈ちゃんとの結婚式は来月でしょ」と言った。それを聞いた俺は箸を落として「母さん、今何て言った?」と聞きなおした。母親は「杏奈ちゃんと来月結婚式でしょ。もう新居も決めてあるんじゃない。いい加減目を覚ましなさい!」と言って俺は驚いた。そして俺は「杏奈ちゃんってまさか片桐杏奈のこと?」と聞くと母親が「そうよ。あんた片桐杏奈ちゃんと10年もお付き合いしたんでしょ?これで母さんもやっとあんたの将来が決まって安心できるわ」と答えた。一体何がどうなってるんだ。俺は夢でも見ているのかと思った。俺が好きなのは笹原莉奈で結婚前提で付き合っているはず。片桐杏奈には高校3年生の夏にフラれたはずなのだ。これが夢でなかったら何なのだろうか。
俺は朝食を終えて家をでる前に母親から「今夜、杏奈ちゃんが来るから早く帰ってくるのよ」と言われた。汗も出ているし頬をつねっても痛い。これは夢でなさそうだが、わけがわからない。母親の頭がおかしくなったのか、それとも俺の頭がおかしくなったのか、どちらにしても変なことが起こっているのは間違いなさそうだ。電車に乗ってスマホを確認してみると、連絡先には莉奈や黒岩優の名前がなくなっていた。スマホから連絡先を消した覚えはないが、何度も連絡先を確認したがその二人の名前はない。会社の最寄り駅に到着して10:00前に出勤した。朝礼がはじまり社長が話をしはじめた。会社内におかしなことは起こってなさそうだが、見渡してみると小松結衣と遠藤篤の姿がない。社長の話が終わり西浦真美が「連絡事項ではりませんが、システム開発部の水嶋君が来月に結婚することになりました」といって、社員達が拍手をした。何がどうなってるのかわからないが、俺は頭を下げて軽く礼をしておいた。そして「では今週もみなさんがんばりましょう」と言って朝礼が終わった。
俺は自分の席に座ってパソコンの電源を入れた。いつも通りの席で小松結衣の姿はない。俺は池上有希に「小松さんは?」と聞いてみると池上有希は「小松さんって誰ですか?」と不思議な表情で聞いてきた。俺は「あっいや」と適当に答えておいた。これは一体どういうことなんだ。おかしな現象が起こっていることは間違いない。一時間ほどあれこれ考えながら業務をしていたがわけがわからない。これは同じ特殊能力者で良きパートナーの西浦真美に相談するしかない。そう思った俺は西浦真美に”至急休憩室に来て!”とメッセージを送った。そして休憩室へ向かった。
休憩室に入って椅子に座って待っていると西浦真美が入ってきた。俺は立ち上がって話はじめた。
「西浦さん、おかしな現象が起こっているんだよ!何から何までおかしいんだよ!」
俺は動揺しながらそう言った。すると西浦真美が不思議な表情した。
「水嶋君、大丈夫?おかしな現象って何?」
「だって、俺には莉奈という結婚前提の彼女がいるんだよ!それに小松さんもいないし、俺の周りでおかしなことが起こってるんだよ!」
「水嶋君の彼女って杏奈さんって人じゃないの?それに小松さんって総務部にいた小松さんのことかしら?」
「そうだよ。総務部にいた小松結衣さんだよ!今月からシステム開発部に異動になったはずだよ」
「水嶋君何いってるの?小松さんは先月、うつ病になって退職したじゃない。ねえ大丈夫?」
なんなんだ。何が起こってるんだ!?
「西浦さんは俺と同じ特殊能力者で良きパートナーだよね?そうだよね?」
「特殊能力者って何?水嶋君、一体何を言ってるの?」
なんだって!西浦さんは特殊能力者であることを忘れたというんだろうか。それにしては本当に何も知らない感じだ。
「それに朝礼で営業部の遠藤さんがいなかったんだよ!おかしいんだよ!」
「営業部の遠藤さんって田中部長を殴った遠藤篤さんのことかしら?暴力事件を起こして強制解雇になったじゃない。営業部はいろいろ事件が起こったじゃない」
「営業部で起こった事件って、まさか佐々木準一の自殺事件があったわけじゃないよね?」
「今日の水嶋君おかしいよ。佐々木さんの飛び降り自殺事件が起こって会社が大騒ぎしたじゃない。本当に大丈夫?記憶喪失なんじゃないの?」
俺は西浦真美にこれまで起こった出来事を聞いて驚愕した。俺と西浦真美が不思議な現象を体験しながら解決させてきた問題が全て白紙になっている。それどころか西浦真美は特殊能力者であることを忘れているのか記憶にないようだ。
「西浦さん、ごめん・・・もういいよ。わかった」
「水嶋君、本当に大丈夫?記憶喪失なら病院行ったほうがいいわよ」
「いや、大丈夫。ちょっと俺どうかしてるみたい。じゃあ戻るね」
「あまりにも体調が悪いようだったら早退するのよ」
「わかった。ありがとう」
そう言って俺は休憩室を出て自分の席に戻った。もう何もかも終わりなのかもしれない。俺が持ってる記憶全てが夢だったんだろうか。特殊能力者であることも全て幻想だったんだろうか。今日はまともに業務できそうにないが、早退するのもどうかと思う。今まで不思議な現象を体験していたので、そこまでパニックになっていないことが唯一の救いだ。本来なら頭の中が大パニックになって病院に行ってるだろう。昼休みになっていつものラーメン屋に行き豚骨ラーメンセットを注文した。ここの豚骨ラーメンの味はいつも通りだ。ラーメン屋を出て外をブラブラ歩いていた。会社周辺の風景などは全く変わっていない。変わったのは過去の出来事だ。もしかすると俺は異世界にきてしまったんだろうか。もし異世界にきたんだとすれば、元の世界に帰る方法を探すしかない。でもどうすればいいのかわからない。9月3日を二度体験しているということは明日になれば全てが元に戻っているかもしれない。もう俺に出来ることはそれしかない。そんなことを考えながら歩いていると昼休みの時間が終わって会社に戻った。午後の業務も全く手につかなかった。ぼーっとしながら午後の業務をして19:00になり勤務時間終了となった。今日の夜は片桐杏奈が来るといってたので、さっさと退社した。
帰宅すると玄関には見たこともない黒いスニーカーがあった。もう片桐杏奈がきているのか。キッチンに入るとエプロン姿に半袖のピンクのシャツを着て薄い水色のショートパンツをはいて黒髪のサラサラヘアーにキリッとした目をして鼻筋が通っている女性がこっちを振り向いた。その姿は30歳になって大人になっていた片桐杏奈だ。高校3年生の時とまるで変っていないが、大人になった片桐杏奈は以前にも増して色っぽくなっていて美人になっている。
「おかえりなさい祐樹君」
「た、ただいま。片桐さんだよね?」
「片桐さんって、久しぶりに聞いたわ。いつも祐樹君はわたしのこと杏奈って呼ぶのに、なんだかおかしいね」
そういって片桐杏奈は笑った。母親が「おかえり、祐樹。さっさと荷物を置いてきなさい」といった。キッチンの様子をみると今日は唐揚げのようだが、母親と片桐杏奈が一緒に作っているようだ。俺は自分の部屋に荷物を置いて、キッチンへ向かった。テーブルにはパーティーでもするかのような料理が並べられていた。俺はテーブルに座ると片桐杏奈が隣に座り、正面には父親と母親が座った。そして「いただきます」といって食べ始めた。母親が「杏奈ちゃん、こんな頼りない登山バカだけど、祐樹のことよろしくお願いしますね」と言った。すると片桐杏奈は「いえいえ、お母様。こちらこそよろしくお願いします」と言った。父親が「やっと祐樹も結婚か。杏奈ちゃんのこと大切にするんだぞ」と言ってきたので俺は「うん」と頷いた。ところが俺の頭の中では全く意味のわからない状況なのだ。何がこの状況を招いたのか不明だが、やはり俺は異世界にいるんだと思った。食事をしながらあれこれ話をしているが、両親や片桐杏奈の言ってることがいまいちよくわからなかった。食事が終わると片桐杏奈が「手伝います」といってテーブルの食器を片付けはじめた。俺は自分の部屋に戻ってパソコンデスクの椅子に座って思いふけていた。しばらくすると部屋のドアをノックする音が聞こえた。俺は「どうぞ」というと片桐杏奈が部屋に入ってきた。そして片桐杏奈は俺のベッドに座って話しはじめた。
「まさか祐樹君と結婚することになるなんて、高校生の頃は思わなかったなぁ」
「えっと、片桐さん、じゃなくて杏奈、俺ちょっと記憶がおかしくなってるみたいで・・・あの、ちょっと思い出させてくれない?」
「祐樹君、今日ちょっと変だったもんね。もしかして記憶喪失?」
「少し昔のことを忘れてる感じで・・・仕事の疲れかな」
「それならいいんだけど、何を思い出したいの?」
「俺、高校3年生の時、花火大会で杏奈に告白したよね?でも杏奈はあの時たしか俺とは付き合えないって言ったよね?」
「うん。今は誰とも付き合う自信はないって言ったけど、それでも祐樹君はずっと待ってるって言ってくれたんだよね」
俺はそんなことを言った覚えはない。あの後は大切な思い出にすると言ったはずだ。
「ずっと待ってて、いつから付き合ったんだっけ?」
「祐樹君、そんなことも忘れてるの?わたしが大学二年生の時、また花火大会で再会して告白してきたじゃない。わたし、あの時はすごく嬉しかったの。こんなにずっと想ってくれてるなんて、本当にわたしのこと好きなんだなって思ったの。だから祐樹君と付き合うことにしたんじゃない。どう、思い出した?」
「なんとなく思い出してきた・・・」
俺は嘘を言った。そんな記憶は俺にない。そもそも大学二年生といえば20歳の頃だが、俺は花火大会に行ってない。
「それで大学院を卒業したわたしが4年間イギリス留学してた時も祐樹君はずっと待っていてくれた。こんなにずっとわたしのことを想い続けてくれる人はもういないだろうなって思ったの。留学から帰ってきたときも、祐樹君は優しくおかえりなさいって言ってくれたのも嬉しかった」
「そ、そうだったね・・・えっと、いつ結婚するって決まったんだっけ?」
「それも忘れてるの?わたしのわがままで今の仕事に慣れるまで結婚は待ってほしいって言ったら祐樹君はいつまでも待ってると言ってくれた。それも嬉しかったの。そして山ですごい夜景を見せてくれた時、30歳になったら結婚しようって約束したじゃない」
「うん、そうだったね。なんか仕事で疲れて記憶がごちゃごちゃになってた。ごめん、思い出した」
「祐樹君、本当に大丈夫?ただの疲れだったらいいけど、記憶喪失だったら病院にいったほうがいいよ」
「大丈夫。ありがとう。ごめんね、心配かけて」
「いいよ。祐樹君、一緒に幸せになろうね」
「うん・・・」
片桐杏奈が話した過去について、俺には全く記憶がない。俺は笹原莉奈と結婚前提で付き合っているはずなのだ。それにしても片桐杏奈は大学院まで行ってその後、イギリス留学してたのか。しかしそれはこっちの世界での話なのかもしれない。その後、片桐杏奈と何気ない話を続けていたが、こっちの世界での話をされるのでまるでわからない。俺は適当に話を合わせていた。時計をみるともう10:00を過ぎていて、片桐杏奈がそろそろ帰ると言った。玄関まで見送ると母親から「もう夜遅くなったから、杏奈ちゃんを送っていきなさい」と言われた。送っていくといってもどこへ行けばいいのかわからない。俺は片桐杏奈の歩いていく方へついていくよう歩いていった。どうやら片桐杏奈は近くで一人暮らしをしているようだ。駅とは反対側の住宅街にどんどん進んでいくと四階建てのマンションの前で片桐杏奈は立ち止まった。
「祐樹君、送ってくれてありがとう」
「片桐さん、じゃなくて、杏奈のマンションはここだったっけ?」
「そうだよ。留学から帰ってきて祐樹君の家の近くに住むことにしたんだよ。それも忘れてたの?」
「あっいや、暗いから一瞬わからなくなってた。ごめん、じゃあおやすみ」
「うん、またね。おやすみなさい」
片桐杏奈がマンションに入っていくと俺は走って自宅に戻った。そして自分の部屋に入ってパソコンの電源を入れた。俺は今まで送られてきたメールを確認したかったのだ。この世界でも2033年から送られてきたメールがあるはずだ。そしてメールの件名検索をしてみたが、それらしいメールは見つからなかった。メールの件名一覧を過去にさかのぼって見ていったが、2033年から送られてきたメールがない。女優の新垣優、つまり黒岩優とのメールのやりとりもない。さらに過去のメールの件名をみても5月末から6月上旬に莉奈とやりとりしたメールすらなかった。この世界では黒岩優や笹原莉奈とは出会ってないことになっているのか。どちらにしても明日になれば世界が元に戻っているかもしれない。俺はシャワーを浴びたあとさっさと寝ることにした。
■ 2018年9月4日(火)
朝8:00に目覚まし時計が鳴って目が覚めた。俺は起き上がってすぐにパソコンの電源を入れた。そしてメールを確認して2033年から送られてきたメールを探した。ところが昨日と同じでメールは見つからない。やはり黒岩優や笹原莉奈とのメールのやりとりの痕跡もない。パソコンの日付を確認すると2018年9月4日となっている。一晩経っても何も状況は変わってないのか。
部屋を出て洗面所で顔を洗ってキッチンへ行くと母親が昨日の唐揚げの残りとサラダ、ご飯と味噌汁をテーブルに並べていた。俺は「母さん、おはよう」というと母親も「祐樹、おはよう」と言った。テーブルに座って朝食を食べていると母親が「あんた、昨日の夜、ちゃんと杏奈ちゃんを送っていったんでしょうね?」と聞いてきた。やはり昨日のことは夢ではなかったのだ。俺は「ああ、ちゃんとマンションの前まで送ってきたよ」と答えた。もう俺はこの世界で過ごしていくしかないのか。このまま片桐杏奈と結婚するしかないのか。気分はもう絶望的だった。そんな状況だったので朝食もほとんど喉が通らない。昨日、片桐杏奈から聞いた過去の出来事は俺の記憶にない。全く体験していない過去があって俺はこの先の未来を生きていけるんだろうか。今日も会社に出勤して記憶のない過去の出来事がある中でまともに業務ができるとは思えない。俺は朝食を残して「母さん、俺ちょっと体調がよくないから今日会社休むよ」と言った。母親は「あらどうしたの?熱でもあるの?」と聞いてきたので「熱はないと思うけど、気分が悪くて体がだるいんだよ」と答えた。そして部屋に戻った。ベッドに横たわりながらため息をついた。絶望感とはこんな感じなんだろうか。もう全てが終わりのように感じる。俺は今、笹原莉奈を愛してる。この気持ちだけは変わらない。そう心に決めたんだ。しかし、このままだと片桐杏奈と結婚してしまうことになる。俺は莉奈を忘れて片桐杏奈を愛することはできるんだろうか。過去に一度は恋心を抱いたから、その時の気持ちを思い出せば片桐杏奈を愛することはできるのかもしれない。でも何かが違う。
しばらくぼーっとしていると今この世界で莉奈や黒岩優が何をしているのか気になってきた。俺は黒ヶ岳で足を踏み外した黒岩優を助けて、荒知山で迷っていた莉奈達を無事に下山させた。この世界ではどうなっているんだろうか。パソコンの電源がついたままだったので、俺は過去の山岳遭難のニュース記事を見てみることにした。すると2018年8月9日に”女優の新垣優が黒ヶ岳で滑落”という記事があった。山岳救助隊により救助されたらしい。さらに過去の記事をみていくと2018年5月26日に”荒知山にて20代の女性二人が道迷いにより遭難”という記事があった。荒知山の中腹で一晩過ごして早朝に山岳警備隊によって救助されたようだ。これらの記事を見るとこの世界の俺はやはり莉奈や黒岩優とは出会ってないことは明確だろう。ニュース記事をみていて時計を見てみると10:30になっていた。俺はすぐに会社に電話をして日根野部長に本日は体調不良で欠勤すると伝えておいた。今日は欠勤したが、明日からどうすればいいのかわからない。知らない過去があるこの世界でこれから俺は生きていかないのか。そう考えるととてもポジティブな考えにはなれなかった。2033年から送られてきたメールがないということは、この世界の未来の俺は過去にメールを送ったりしてないのだろう。絶望感でもう俺は終わりなんだと考えていた。
昼過ぎからちょっと外に出てみることにした。もし俺が元にいた世界と違う世界にいるのであれば、外の様子が変わっている可能性があると考えたからだ。外に出ようと玄関で靴を履いていると母親がやってきて「祐樹、あんたどこいくの?体調は大丈夫なの?」と聞いてきた。俺は「ちょっと外に出て気分を変えてくる」といって外に出た。車に乗って市街地を走らせながら元にいた世界と違うところはないか見ていたが、特に変わったところは見つからない。どこを走っていても元にいた世界と同じ景色なのだ。どこも違ったところが見つからなかった時、俺は今この世界にいる莉奈は何をしているんだろうと思った。この時間だとまだ保育園にいるはず。うろ覚えだったが、莉奈から聞いていた保育園の名前を調べてみようと思った。路肩に車を停車させて、スマホで保育園名を検索してみた。すると、ここから10キロメートルほど行ったところにその名の保育園があった。俺はその保育園に向かって車を走らせた。40分ほど車を走らせると住宅街の中にその名の保育園があった。緑の柵がありグラウンドの向こうに結構大きめの茶色い建物がある。グラウンドで30人ほどの保育園児がグラウンドで遊んでいる。俺は車を降りて緑の柵から保育士を見て莉奈がいないか探してみた。すると少し水色で真ん中にウサギのキャラクターが描かれているエプロンをした栗色の髪をした保育士がいた。あの髪型は莉奈に間違いない。はじめて莉奈の働いている姿を見たが、とても楽しそうに子供と遊んでいる。俺は柵の前で莉奈の働いている姿に見とれていると、他の保育士がこちらを見て不審がっているようだ。俺はすぐに車に戻って保育園を去った。この世界で莉奈に会ったところで、この世界では俺は赤の他人なのだ。行くところもないのでもう家に戻ることにした。
家に戻って自分の部屋に入ってこれからどうしていくか考えていた。時計をみるともう16:00前になっていた。もしこの世界で片桐杏奈との思い出があるなら、二人で撮った写真があるのではないかと思った。俺はパソコンの中からそういった画像がないか探してみることにした。するとアルバムというフォルダがあり中を見てみると片桐杏奈と一緒に撮影している画像が数枚見つかった。その画像を見ているが、どれも俺の記憶にないものばかりだった。この世界の俺は片桐杏奈と温泉旅行や遊園地などに行っていたようだ。ところが一緒に登山してる画像は一枚もなかった。登山といえば、ブログ記事はどうなっているんだろうと思い、俺のブログ記事を開いてみた。莉奈といった登山や沢登りの記事があったのだが、どの画像にも莉奈は写っていない。しかも8月9日と10日はいっしー(石岡秀之)と一緒に黒ヶ岳に行ったはずだったが、その記事はなかった。この世界では8月9日と10日は黒ヶ岳には行ってないということになる。もう何もかも全てが終わったのだ。これからはこの世界で記憶のない過去の続きを未来に向けて生きていくしかないのか。しかし、俺は強く願った。
元の世界に戻りたい!!!
元の日常に戻りたい!!!
元に戻りたい!!!
そう強く願った瞬間、メールの受信音が鳴った。メールを確認すると「2018年9月に彷徨っている俺へ」という件名のメールが届いていた。俺はすぐにメールを開いて読んでみることにした。
”
2018年9月に彷徨っている俺へ
2033年の水嶋祐樹だ。
やっと2033年の俺と同じ記憶を持った2018年の俺を見つけることができた。
元の世界に戻りたいという願いが届いたので見つけることができた。
そっちの俺を見つけるために時間がかかってしまい申し訳ない。
さて、まず何が起こっているのか説明する。
別の世界線にいる2033年の俺が、元の世界にいた2018年の俺にメール誤送信した。
元の世界線をAとして、別の世界線をBとする。
Aにいた2033年の俺がAにいる2018年の俺にメールを届けていた。これは正常
ところがBにいた2033年の俺がAにいる2018年の俺にメールを送ってしまった。
そっちの世界でいうとメッセンジャーでBさんに送るつもりがAさんに送ってしまったということだ。
そのため2018年9月3日に過去が改変されて世界が変わってしまったのだ。
9月3日に過去が全てリセットされて世界が変更された。
だからそっちの俺は9月3日を二日間体験したはず。
Bにいた2033年がAにいる2018年に送ったメールの内容が少し違うのだ。
そのおかげで、Aにいる2033年の俺にも影響がでている。
この事態を改善して元の世界に戻したいのだが、
それは2018年9月にいるこのメールを読んでいる俺にしかできない。
しかし、そっちの俺が片桐杏奈との未来を望むのであれば
このメールは無視して削除してもらっても構わない。
元の世界に戻す方法を説明する。
まず、誤送信したのは2018年6月3日のメールだ。
過去の恋愛を清算するという内容がAにいる2033年の俺が送った内容と少し違う。
2033年の俺がタイムリープしたいが、タイムリープできるのは12年くらいが限界なのだ。
そこで、元の世界に戻るために二つのことをやってもらいたい。
一つはもう一度2006年8月25日の金曜日にタイムリープをして、
片桐杏奈に告白した後に「ずっと待ってる」という言葉を取り消してほしい。
取り消し方は花火大会で告白した後、一人になった片桐杏奈を追いかけて
「やっぱりいい思い出にする」と言うだけでいい。
タイムリープのやり方は、以前に説明した通り。
寝る前に当時のことを深く思い出しながら眠ればいい。
そっちの俺は過去が変わってしまったが、まだ特殊能力者であるのでできるはず。
ただし、ここからが重要なのだ。
同じ2006年8月25日にタイムリープをすることになる。
それは6月3日にメールを読んだ俺のほうが優先されてタイムリープしてしまう。
だからそっちの俺は屋根裏部屋に寝てタイムリープをしてほしい。
すると、2006年8月25日に二人の俺が存在してしまうことになる。
もう一人の俺とバッタリ会ってしまうと時空の混乱が生じるのでこっそりしてほしい。
絶対にもう一人の俺にバッタリ会わないように注意すること。
そっちの俺は2018年9月にいるので、急いで2006年8月25日にタイムリープしてほしい。
何度も言うがタイムリープは12年くらいが限界なのだ。
もう一つは2006年8月25日のもう一人の俺が寝たあと存在が一時消えるはずなので、
今度はそっちの俺がベッドに寝て2018年の6月3日にタイムリープしてほしい。
そしてBにいた2033年の俺が送ったメールを削除して、
添付しているプログラムを起動させて、正しい内容のメールを送信してほしい。
2018年6月3日の俺は天狗岳のブログ記事を公開したので部屋でゴロゴロしていたはず。
なかなか思い出せなければ2018年6月3日前後の日に何をしていたか思い出してほしい。
そうすれば、そっちの俺は元の世界に戻った9月4日に目覚めることができるだろう。
以上、よろしくお願いする。
”
このメールを読んで俺は絶句した。Bの2033年の俺が誤送信してAの2018年の俺にメールを送ってしまった理屈はわかった。そのために世界は改変されてしまったということもわかった。ただ、やはりあの時、俺は2006年8月25日にタイムリープしていたのだ。ここにはじめてハッキリとタイムリープと書かれている。それにタイムリープは12年前くらいが限度ということもわかったが、今はもう9月になってしまっているので本当に2006年8月25日にタイムリープできるか心配だ。しかし「片桐杏奈との未来を望むのであればこのメールは無視して削除してもらっても構わない」と書いているが、俺は元の世界に戻りたいのだ。2006年8月25日にタイムリープしたら片桐杏奈への恋心が復活してしまうかもしれないが、莉奈に対するこの気持ちを忘れていないのだろうか。そして最大の問題は2018年6月3日のことをどこまで思い出せるか。たしかその前日に天狗岳に登り、帰宅後に莉奈から彼氏と別れたというメールが届いたことを覚えている。その辺のことを必死に思い出すしかない。もう過去の記憶のないこんな世界にいるのは限界だ。なんとしてでも元の世界に戻るためにやるしかない。俺はこのメールを何度も読んで、元の世界に戻る方法を頭に入れておいた。そして絶対に忘れてはならない添付されているプログラムをUSBメモリーにコピーしてポケットに入れておいた。そして窓の外をみながら、この改変した世界を見渡した。
その夜、また妹の佳織のアルバムを和室の戸棚から取ってきて2006年8月25日花火大会の写真を見ながら当時の雰囲気などを思い出した。俺の部屋にある押し入れの上段から屋根裏部屋にのぼった。あまりバタバタすると天井が抜ける。屋根裏部屋でも底が頑丈だと思われるところに敷布団を広げて枕を置いて横たわって目を閉じながら2006年8月25日の花火大会での雰囲気など当時の映像を頭に浮かべていた。そして知らぬ間に眠りについていた。
■ 2006年8月25日(金)
屋根裏部屋で目が覚めたが今がいつで何時何分かはわからない。タイムリープできたのだろうか。すると下のほうから「祐樹、いい加減起きなさい!」、「まったく。夏休みだからってダラダラするんじゃないの!」という声が聞こえた。これは母親の声だ。そして俺の声で「あれ?母さん、若くなったんじゃない?」と聞こえた。この会話は2006年8月25日にタイムリープして目覚めた時の会話だ。俺は音を立てずにひっそりと屋根裏部屋で待っていた。しばらくすると部屋のドアを開けて階段を下りていく音がした。おそらくもう一人の俺がキッチンに行ったのだ。家の中にもう一人の俺がいる限り、ここを動くわけにいかない。たしか、朝食を終えて部屋に戻った後、過去の世界を見物するために外をブラブラ歩いていくはず。その時にここを抜け出そう。問題はどこで身をひそめるかが問題だ。俺はあまりにも暇だったのでスマホを出してマナーモードにしてゲームをしていた。そして再び部屋のドアが開く音がして足音が聞こえた。もう一人の俺が朝食を終えて戻ってきたのだ。なんだかドンドンとしているが、これは俺が夢だと思って飛ぼうとした音だろう。しばらくすると部屋のドアを開ける音がして、階段を下りていく足音が聞こえた。おそらくもう一人の俺は外に出て行ったはず。念のために少し音の様子を伺っていたが、静かになっていた。俺はこっそりと屋根裏部屋から自分の部屋に下りていった。
俺の部屋は昔のレイアウトで今回も懐かしいと思った。さて、まずは服を着替えないといけない。もう一人の俺は片桐杏奈の浴衣の色に合わせて紺色のTシャツにジーンズをはいていったはず。それと似たTシャツを探し出すともう一枚、少し古いが紺色のTシャツがあったのでそれに着替えた。ジーンズは似たような色のものが3枚もあるのでどれでもいいか。着替えが終わって念のために鏡をみてみると、髪型がセンター分けで長めのストレートヘアーになっているので高校3年生の時に若返っている。今まで着ていた服装を屋根裏部屋に隠しておいて、俺はこっそり部屋を出て階段を下りていった。ここで母親や妹の佳織に会ってしまってもまずい。そしてこっそり玄関で靴を履いて急いで家の外に出た。こっち方向は片桐杏奈が犬を連れて歩いていて会った公園のほうなので、それとは反対の方向に行こう。知り合いに会ったりするとまずいので、注意をしながら歩いていった。あまりにも暑いのでどこかのカフェに入って時間がくるのを待つことにした。こっちの方向だと、20分ほど歩いたところに繁華街があるはずなので走っていった。かなり息がきれたが繁華街に着いた。途中で安い衣料品店があったのでキャップとサングラスを購入することにした。財布のお金を見て、2006年8月以前の1万円札があったので、それで購入した。キャップをかぶってサングラスをかけて繁華街の外れにあるファミリーレストランに入った。適当なランチとドリンクバーを注文した。時計の針はまだ12:30頃で夜までかなり時間がある。6時間近くファミリーレストランでねばるのもどうかと思ったので次にどこで時間を待つか考えていた。ランチを食べ終えてドリンクバーのアイスティーを飲みながらただ時間が経つのを待っていた。スマホのゲームをしたいところだが、この時代にはスマホはないので怪しまれる可能性がある。そういえばこの近くに大きなショッピングモールがあってゲームセンターがあったはず。
ファミリーレストランを14:30過ぎに出た俺は近くのショッピングモールへ向かった。キャップとサングラスを購入して、ファミリーレストランでもらったおつりをポケットに入れておいた。お金の発行年数が2006年8月以前のものでないと、未来の発行年数のお金を使うわけにいかないのだ。ゲームセンターでコインゲームをすることにした。コインゲームだと結構な時間遊ぶことができる。ここから山平神社までは歩いて40分くらいかかる。親友だった木島啓介と合流するのが18:00前だったことを考えると17:30には山平神社に行っておく必要がある。先にどこかに隠れて後をつけて片桐杏奈が一人になる瞬間を狙わないといけない。コインゲームをしていると大当たりになり、かなりのコインが貯まった。ゲームセンターの時計を見ると16:30になっていた。そろそろ移動しないといけないが、この大量に貯まったコインをどうしようか考えた。ゲームセンターで保管してもらうこともできるが、名前や住所を記載しないといけないのでそれは避けたい。するとコインゲームをしている三人の男子小学生がいた。俺はその男子小学生に「このコイン全部あげる」と言って渡した。その男子小学生三人は「お兄ちゃんありがとう」といって喜んでいた。さて、そろそろ山平神社へ向かうか。
山平神社に着いたのは17:20頃だった。かなり早い時間に着いたが、俺はどこで告白シーンを見張るか探すため、神社の裏手にある丘の上へ行った。あたりを見回しながらひっそり身をひそめる場所を探していた。ここは丘の上でありながら森にもなっているので樹林の陰に身をひそめるという方法もあるが、雑草も多いのでカサカサと音を出してしまう可能性がある。神社とは反対側の斜面を下りてみると人が一人入れそうな小さな穴があった。ここの穴に入っていれば気づかれないだろうし声も聞こえるだろう。ここしかない!俺はその小さな穴に縮こまって入って待っていた。ここならスマホのゲームをしていてもいいだろう。そうしてスマホのゲームをしながら時がくるのを待っていた。
すっかり薄暗くなると神社の裏手から丘へあがってくる足音が聞こえてきた。こっそり穴から顔を出して見てみると紺色で大きな花柄の浴衣をきて頭は団子ヘアーにした片桐杏奈と黒でピンクの花柄の浴衣をきてセミロングでボブヘアな浅川理恵、細マッチョな体で角刈りで細い目をしている木島啓介と紺色のTシャツにジーンズをはいたもう一人の俺がやってきた。今の俺は片桐杏奈を見てもドキドキしない。タイムリープしたが、俺の心の中では笹原莉奈を愛している。この感情を持ったままであると確信できた。俺はスマホをポケットに入れて四人の動向を見張っていた。しばらくすると木島啓介が「ちょっとトイレに行ってくる」と言った。そして浅川理恵が「あ、あたしも!」と言って二人が去っていった。もう一人の俺と片桐杏奈が二人きりなった。少し沈黙が続き、もう一人の俺がついに告白するのだ。俺はこっそりもう一人の俺の言葉に耳を傾けた。
「か、片桐さん・・・あ、あのね・・・」
「うん。何?」
「えっと、あの・・・高校最後の花火大会だね」
「そうだね」
「片桐さんはその・・・あの・・・受験はどうするの?」
「私は外大に行く予定だけど、水嶋君は?」
「俺は情報系の大学を狙ってるんだけど、まだ決めてないんだ」
「まだ決めてないの?もう決めておかないとまずいよ」
「う、うん・・・あのね、片桐さん、お、俺ね・・・」
「うん」
「俺はずっと片桐さんのことが好きだった」
「えっ!?」
「だから、その・・・俺と付き合ってください!」
「ありがとう。水嶋君の気持ちはとっても嬉しいよ。でも、ごめんなさい。水嶋君とは付き合えない」
「そっか・・・」
「これから受験もあるし、大学も別々になっちゃうでしょ。今は誰とも付き合っていく自信ないの」
少し沈黙が続いた。問題はここからもう一人の俺が何を言うかだ。そしてもう一人の俺が話しはじめた。
「片桐さん、あのね、今は誰とも付き合っていく自信はないって言ってるけど、俺ずっと片桐さんのことを待ってる。ずっと好きでいるよ」
「水嶋君、そんなにわたしのこと好きで想ってくれてるんだ」
「そうだよ。だから片桐さんが付き合ってくれる日までずっと待ってるね」
「わかった。いつになるかわからないけど、ずっとわたしのこと好きでいてくれるなら、もう一度告白してね」
「うん!絶対にずっと好きでいるから!俺、ずっと待ってるからね!」
「ありがとう。こんなに好きって言ってくれてすごく嬉しい」
なるほど、もう一人の俺はこんなことを言ったのか。これで世界が変わった原因が明らかになった。問題はここからだ。このもう一人の俺の発言を取り消さないといけない。しばらくすると木島啓介と浅川理恵が戻ってきた。ここから四人の後をつけていかないといけない。
花火大会が終わって四人が戻っていく。俺は小さな穴からこっそり抜け出して四人の後をつけた。俺は20メートルほど後ろから四人をつけていった。木島啓介がもう一人の俺に耳元で何かささやいている。おそらく告白したかどうかの話をこっそりしているのだろう。片桐杏奈と浅川理恵はもう少し前を歩いている。問題は片桐杏奈を見失わないようにしないといけない。四人は山平神社の鳥居前を出て左に曲がった。この後この先の交差点で解散するはず。四人のあとをつけて解散するはずの交差点で四人は立ち止まっていた。そして木島啓介ともう一人の俺が別々の道に歩いていき、そして片桐杏奈と浅川理恵の二人が歩いていった。もう一人の俺には用はないので、片桐杏奈と浅川理恵のあとをつけた。そして二人は住宅街に入っていくとT字路のところで手を振って、片桐杏奈は左へ歩いていき、浅川理恵を右へ歩いていった。俺は片桐杏奈のあとをつけるためT字路を左に曲がって歩いていった。かぶっていたキャップとつけていたサングラスをはずして準備した。そして、かなり閑静な住宅街で坂道になったところで俺は走っていき、大きな声で「片桐さん!」と声をかけた。すると片桐杏奈は振り返って俺のほうを見た。俺は片桐杏奈の前に立って息を切らしながら話を切り出した。
「片桐さん、はぁはぁ、あのね、さっき俺、片桐さんのことずっと待ってるって言ったけど・・・はぁはぁはぁ」
「うん、水嶋君どうしたの?」
「俺やっぱり片桐さんのことは諦めるね。でもこの気持ちは俺の中で大切な思い出にしてもいい?」
「大切な思い出か・・・それがいいかもね。わたし、いつになるかわからないし」
「俺の中で片桐さんのことを好きになったことはいい思い出にするよ」
「わかった。わたしも水嶋君に告白されたことはいい思い出にさせてもらうね」
「突然こんなこといってごめんね」
「ううん。水嶋君、わたしのことを好きになってくれてありがとう」
「それを伝えたかっただけだから、じゃあ片桐さん、またね!」
「うん。水嶋君またね!」
そう言って俺は自宅のほうへ帰っていった。これで俺はもう一人の俺が言った発言を取り消すことができたのだ。あとはもう一つやることがある。問題はもう一人の俺が何時に寝るかだ。
俺の自宅の前に着いたが、まだ俺の部屋の明かりがついているので起きているのだろう。自宅とはいえこんなところにいると不審者に間違えられる。俺はしばらく外をブラブラ歩いていた。時計がないので時間がわからないが2時間ほど経っただろうと思った頃に自宅の前に戻った。すると俺の部屋の電気が消えていた。俺はこっそりドアをあけて玄関から階段をそろりそろりとあがっていった。念のため、自分の部屋のドアを小さくノックしてみた。何の反応もなかった。俺は怯えながらゆっくり部屋のドアを開いた。するとベッドにもう一人の俺が眠っていたが、体が薄くなっていた。だんだんもう一人の俺の体が薄くなって次第に消えていった。
俺は完全にもう一人の俺の姿が消えたことを確認して、まず屋根裏部屋に隠した服装に着替えた。そしてベッドに横たわって目を閉じながら2018年の6月3日前後のことを出来るだけ思い出した。あの時の部屋の匂いや雰囲気、感じたことを必死に思い出していた。部屋でゴロゴロしていた記憶を鮮明に思い出すようにした。そして知らぬ間に眠っていた。
■ 2018年6月3日(日)
目が覚めると時計の針は朝10:00を指していた。カーテンを開けて外を見てみると晴れ時々曇りという感じだ。問題は今は何月何日なのか確認する必要がある。すぐにパソコンの電源を入れた。そしてパソコンに表示されている日付を見ると2018年6月3日になっていた。よし!タイムリープに成功した。同じように部屋でゴロゴロしながらインターネットで山記事を見ていた。1時間ほど経った時、メールの受信音が鳴った。いよいよきたかと思いながらメールを確認した。すると「2018年6月の俺へ」という件名のメールが届いていた。そのメールは次のような内容だった。
”
2018年6月の俺へ
2033年の水嶋祐樹だ。
前回は5月に起こる出来事についてメールを送ったが、
これで信じてもらえただろうか。
俺はわざわざ未来のことを伝えるためにメールを送っているわけではない。
ただ、このメールのことを信じてもらうために送った。
さて、6月に起こることだが、重要なことだけ伝えておく。
あまり未来のことを伝えるのはそっちの俺にとっても良くないことなのだ。
1.過去の恋愛を清算する
2006年8月25日の金曜日のことを覚えていると思う。
あの日の花火大会で俺は片思いをしていた同級生の片桐杏奈に告白しようとしてしなかった。
それはあとになって後悔になっていて、そっちの俺の恋愛にも影響がでている。
そこでもう一度、告白するチャンスが訪れるので、必ず告白してフラれても諦めないようにすること。
片桐杏奈を想い続けることによって、数年後に俺は付き合うことができるだろう。
これからベッドに入って寝る前に2006年8月25日のことを思い出しながら寝るようにすること。
深く思い出すようにすること。重要なのは感情を想い続けることなのだ。
2.池上有希から告白される
→他に好きな人がいるという断り方をして嘘だと気づかれてしまう
3.一時的に西浦真美と不思議な現象が起こる
→そっちの時代では理解不能な現象。解決方法は1番と同じ過去の恋愛を清算
4.新しいシステム開発を依頼される
→長い残業が続き体調不良になる。無限ループ。解決方法はメモしておくこと
6月に起こることは以上。
警告すべき理由は時期がきたら伝えることにする。
またメールを送る。
前回同様にこのメールのことに関しては他言無用。
”
このメールを読むと笹原莉奈のことが書かれていない。別の世界線では片桐杏奈と付き合うように促しているように思える。俺が読んだメールとは内容が少し違ったものだったことがわかった。俺はこのメールを完全に削除してポケットの中にあるUSBメモリーを取り出してコピーしたプログラムを起動させた。すると新たにメールの受信音が鳴った。メールの件名を確認すると「2018年6月の俺へ」というものになっていたが、中身は前に読んだ内容のものになっていた。これで全てが終わった。あとは今夜眠って明日が2018年の9月4日に戻れたら成功ということになるだろう。夜になってベッドに横たわった。タイムリープを連続でしたのかかなり体がだるい。俺は知らない間に眠っていた。
■ 2018年9月4日(火)
朝8:00に目覚まし時計が鳴って目が覚めた。今日は何月何日になっているのだろうか。そう思って俺はすぐ起き上がってすぐにパソコンの電源を入れた。パソコンの日付は2018年9月4日となっていた。やっと戻れたのだ。そしてメールを確認して2033年から送られてきたメールを確認した。今まで通りにメールは存在していた。他にも黒岩優や笹原莉奈とのメールのやりとりも確認すると、ちゃんとメールが残っていた。スマホの連絡先を確認してみると莉奈と黒岩優の名前があったのだ。どうやら元の世界に戻れたようだ。部屋を出て洗面所で顔を洗ってキッチンへ行くと母親がいた。俺は「おはよう母さん」というと母親も「おはよう、祐樹」と言った。今朝の朝食はハムエッグにトーストとコーヒーだった。テーブルに座って朝食を食べていると母親が「あんた、お付き合いしている人をいつ連れてくるの?」と聞いてきた。俺は「そのうち連れてくるよ」と適当に答えておいた。
いつものように10:00前に会社に出勤して自分の席に座り、パソコンの電源を入れた。すると「おはようございます」と言って小松結衣が俺の向かいの席に座った。この日は平和な一日になった。
今回の出来事は現象ではなく別の世界線にいる2033年の俺が今の世界線にいる2018年6月3日の俺にメールを誤送信したことから9月3日に過去が消えて世界が変わってしまったのだ。一時は絶望的になり、全ては終わったかと思わされた。ところが今ここにいる世界線の未来の俺から助けてもらったように思える。この過去消失と異世界体験は俺にとって人生ではじめて辛く困惑させられたといえるだろう。とにかく元の世界に戻れて本当によかった。




