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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第3章 お頭の弱い博愛主義のエルフが、愚かな選択を繰り返すまでのお話
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第9話 悪魔の囁き

 アデルがフィール王国に訪れた二日目の夜。


 イーディア女王は、寝室で独り静に読書をしていた。やがて夜11時を回る頃、試しにベッドの中に入ってみるものの、やはり眠れない。体は十分に疲れていて、眠気も感じるはずなのに、眠りに落ちることはなかった。


 毎晩こんな感じだ。十分に寝ることが出来ない。一時期は眠り薬で無理やり睡眠を採っていたこともあったが、薬は使えば使うほど効果が薄くなる上に、そもそも薬で無理やり寝たところで疲労は十分に取れない。


 こうなったのも“王城の悲劇”があった頃からだ。


 安らぎに浸ることが出来ないのだった。いや、安らぎに浸ってはいけないのだ。なぜなら、自分は冷酷な“串刺し女王”。安らぐことが許されない女王だ。


 イーディア女王は、真っ白なガウンという寝間着姿のまま、王城の廊下に出た。


 寝間着姿で王城内を彷徨うのも毎晩やっている事だ。廊下に差し込む淡い月影を踏みながら、深夜の静寂の中で幽かに自分の足音だけが聞こえる。幽霊にでもなった気分だった。


 行先は決めていない。それもいつものことだ。だが、ふと、昨夜の図書室にいた魔法使いの少女の事を思い出す。そして、偶然にも、自分は、図書室へ続く道を歩んでいた。


 あの魔法使いの少女との会話は、久々に楽しいと感じた。本当に取り留めもない話をしている内に、自分が女王である事を忘れられた。“串刺し女王”である事を。


 気付けば、イーディア女王は、図書室の前まで来ていた。


 深夜だというのに、図書室からに明かりが漏れていた。誰かがいるのだった。図書室の天井には、室内に人がいると自動的に魔石が輝くように魔法の仕組みが施されている。


 イーディア女王は、期待して、図書室の扉を開ける。


「アデルさん……今夜もいらしたのですね」


 案の定、図書室にはアデルがいた。その傍には魔法の帽子のメメもいる。彼女は、沢山の本を周囲に積み上げ、机に座り読書に耽っていた。


 アデルも、イーディア女王に気付いて本から顔を上げる。


「あら、女王様。……本当に来たのね」

「……どういう意味です?」

「ああ、いや、こっちの話。__どうぞ、こっちへ」


 イーディア女王は首を傾げながらも、アデルの方へ歩いて行く。


「実は、また女王様とお話出来ないかなって、期待していたのよ。私も、メメも」

「女王様、こんばんは。相変わらず綺麗だね」

「口説くなコラ」


 イーディア女王は、微笑む。


「こちらこそ、つい昨夜のお話が楽しくて、また来てしまいました。__お隣良いですか?」

「ええ、どうぞ」


 イーディア女王は、アデルの隣の席に座る。そして、アデルの読んでいる本や、その周りに積んでいる本に目を遣ってみると、昨夜と同じように、フィール王国の歴史について書かれている物ばかりだった。


「相変わらず歴史書ばかりですね……。やっぱり、すごく好きなんですね、歴史」

「いや、全然」


 アデルのその返しに、イーディア女王は、面食らってしまった。昨夜と言っていることが違う。


「えっ……、ですが、昨夜、歴史が好きだと……」

「あれ、嘘」

「嘘……だったのですか?」

「そうなのよ。ごめんなさいね、女王様。__本当は、あなたの事を調べていたのよ」


 イーディア女王は、驚いて、固まった。



「ふふ、本当にごめんなさいね。いきなりこんな事言われて驚いているかもしれないけど、私は、どうしてもあなたの事を調べる必要があったのよ」

「……それは、どうしてですか?」

「あなたの本当の願望を叶えるためよ」


 アデルは、イーディア女王を真っすぐに見つめて、言い放つ。


「私は万能の魔女『赤リボンのアデル』。どんな願望だって叶えてみせる。__いい? どんな願望でも、よ。

そして、私の取引相手、つまりは、願望を叶えて上げる相手は、フィール王国とかいうこのエルフの国でもなければ、リアリスとかいう最高補佐官でも、“串刺し女王”とかいう異名のこの国の女王でもないわ」


「……では、それは、いったい誰……?」

「イーディア、あなたよ」


 イーディア女王は、アデルの言葉の意味が分からなかった。“串刺し女王”とは、自分の事ではないのか。


「あなたの事を調べて思ったの。貴女の本当の願望は他にあるんじゃないかって」

「他、とは……? ゴブリンの殲滅、これ以外に、願望などありません」

「とぼけなくても良いじゃない。“王城の悲劇”が起こる前のあなたの事をちゃんと調べたわよ。あなたの博愛主義の事もちゃんと知っている。それを踏まえた上で、この万能の魔女に言うべき願望があるんじゃないの?」

「それは……」


 イーディア女王は、震える。過去の理想の事は、決して思い出してはいけないものなのだ。


「それは、駄目です。許されない理想です。私は、その理想は、失敗したんです。だから……!」

「だから、もう追い求めてはいけないってこと? あなたが理想を求めた結果、悲惨な犠牲者を出してしまったから?」

「そうです」


「勿体無いわね。犠牲になった人達も救われないわ」

「……どういう意味です?」


 アデルの赤い瞳が悪魔的に煌めく。


「崇高な理想を叶えるには、その過程で犠牲は付き物。あなたの理想は、叶えるのは容易ではないけど、誰もが一度は夢見る尊い希望。あらゆる種族の悲願となるような、崇高な理想。だから、貴女の理想の過程での犠牲は必然だった。そういう運命だったのよ。やむを得ない犠牲だったのよ」

「それは……違うような気がします。崇高な理想のためなら、犠牲を出しても良いと?」


「その考え方の当否の検討はご自由に。私が言いたいのは、理想には犠牲は付き物であること、そして、このままあなたが理想を諦めてしまうのであれば、犠牲になった人達は、ただ無駄死にしたことになる、ということ。

 亡くなった人達の命を、理想と共に捨てて無価値なものにしまうのか、それとも、成就させた理想の尊い犠牲とするのかは、あなた次第よ」

「そんな……」


 イーディア女王には、それはまるで悪魔の囁きだった。アデルの悪魔的な言葉には、論理の飛躍があるように思われたが、その言葉は、彼女を惑わせた。


「私は……怖いのです。もう、私の理想のために、誰も不幸になって欲しくない。犠牲が出るのが耐えられないんです。……だから、出来ません」

「それは、本当に勿体無いわね」


 アデルは、悪魔の囁きを続ける。


「崇高な理想を叶えるには、それなりの力と運が必要よ。あなた達フィール王国のエルフには、理想を叶えるだけの力はあったはず。ただ、ほんの少し運が足りなかっただけ。

 だけど、今、あなたには運が舞い込んできた。万能の魔女『赤リボンのアデル』があなたの前に現れた。これ以上ない幸運が訪れているのよ。繰り返すけど、私は万能の魔女『赤リボンのアデル』__どんな願望だって叶えてみせる。

 あなたの崇高な理想を叶えるのに必要な力と運は、もう揃っている。必要な物が揃っているのに、怖いから出来ないなんて、勿体無さ過ぎるわよ」


 アデルは本を畳んで、席を立ちあがる。そして、周りに積んでいた本を抱える。


「好きなワインの事とか、女王様の美容の事とか、……本当は、あなたと色々お話したかったけど、今夜はもう帰るとするわ。あなたには、今夜一晩中、自分自身の本当に叶えたい願望について考えてもらわなくちゃいけない」


 イーディア女王は、呆然と口を閉ざして、アデルが本を本棚に片付けていく様子を見ていた。


 悪魔の囁きが、彼女を混乱させていた。捨てたはずの理想が、魔法使いの少女の形を取って、自分の前に現れたような気がした。


「だから、女王様には悪いんだけど、今夜はいつも以上に眠れない夜を過ごしてもらうわよ。……だけど、眠れない夜も今夜限り。あなたの本当の願望は、明日叶う。この『赤リボンのアデル』が叶えて上げる」


 本を片付け終わったアデルは、メメを手に取って、図書室を出ていく。


 イーディア女王は、アデルに何も言えないまま、その姿を見送った。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 政治の実権をリアリスに握らせたのは正解だったと、イーディア女王は思う。


 最高補佐官となったリアリスは、その知識と怜悧さを活かして、合理的かつ抜かりない安全保障体制を築いていった。


 それに対して、自分の安全保障に対する意識が、いかに甘く、杜撰であったことか。今思えば、捕虜収容所の監視体制も随分いい加減だった。ゴブリンの脅威に対する認識も不足していた。捕虜のゴブリンに脱走され、“王城の悲劇”を引き起こされたのも必然だった。


 だから、イーディア女王は、自分が傀儡となった今の状況に納得している。


 自分は、ただリアリスの助言を忠実に実行すれば良いのだ。それが、一番国民の為になるし、自分も苦しまない。


 しかし__


“あなたの崇高な理想を叶えるのに必要な力と運は、もう揃っている”


 もう一度、あの理想に手を伸ばすことが出来きるなら、そして、それが叶うのなら、それを諦めて良いのだろうか。


“私は万能の魔女『赤リボンのアデル』__どんな願望だって叶えてみせる”


 あの悪魔的な煌めきを纏った少女の言葉を信じても、良いのだろうか。


 アデルがフィール王国に訪れた3日目、イーディア女王は、胸中に葛藤を抱えながら、謁見の間の玉座に腰を下ろした。体がいつも以上に、怠い。昨夜は、ほとんど眠ることが出来なかった。


「陛下、どうなされました? 体調が優れない様子で」


 イーディア女王の傍ら立つリアリスが、心配の声を掛けてくる。


「……少し、考え込んでしまって……、それで、眠れなくて……」

「何を考えなさっていたのですか?」

「それは……」


 イーディア女王は、口籠る。リアリスには言えるはずがなかった。自分が、もう一度かつての理想を追い求めても良いものか、葛藤していると。


「陛下、緊張しているのは私も同じです。今日、ようやく、あの忌々しい小鬼共を殲滅できると思うと、様々な思いが駆け巡ります。今まで、本当に色々ありましたからね」

「そうですね……、リアリス。本当に、貴方には、色々お世話になりましたからね」

「……陛下こそ、良く今まで耐えてこられました。貴女は、本当に立派な女王です」


 リアリスは感慨に耽っている様子だったが、今のイーディア女王の胸中を知れば激怒することだろう。


「リアリス、私は__」

「……?」

「決して、立派な女王ではないです」


 イーディア女王の意味深長な言葉に、リアリスは怪訝となり、その意味を問おうとしたところで、謁見の間の扉が開けられ、待っていた人物が現れる。


 悪魔的な煌めきの長い金髪と赤い瞳に、闇色のローブとトンガリ帽子、そして、その胸に目立つ赤いリボンを身に着けた少女__『赤リボンのアデル』が謁見の間に姿を現す。


 アデルは、赤い絨毯を悠然と踏みながら、左右に厳然と立ち並ぶエルフの兵士達の間を、歩いてくる。そして、イーディア女王の前まで行くと、蠱惑的な笑みを浮かべて、挨拶をする。


「おはようございます、女王様。約束の3日目。あなたの願望を叶えに来たわ」


 イーディア女王達は、アデルとの取引内容を確定するために、この場に集ったのだった。


「待っていました、アデル殿。さあ、取引内容の確定を、今すぐに」


 リアリスは、用意周到に契約書まで持ってきている。その契約書には、ゴブリン山に住んでいるゴブリンを殲滅してもらう代わりに、フィール王国が所持するあらゆるエルフの秘宝や秘術を、アデルの『赤リボンの呪い』を解呪するために使用することを許可する旨が記載されている。


 アデルは、リアリスから、その契約書とペンを渡される。後は、彼女がその契約書にサインすれば取引内容が確定するというわけだ。


 アデルは、契約書を手に取り記載内容を確認する。だが、サインはしない。その前に、イーディア女王に、改めて尋ねるべきことがあった。


「ねえ、確認しておきたいんだけど、女王様」


 アデルが、イーディア女王の方を向き、問いかける。リアリスは、首を傾げた。


「依頼内容って、本当にこの、ゴブリンの殲滅で良いの?」

「……アデル殿、一体何を……?」

「依頼内容の確認よ。これは良くある事なんだけど、私が依頼を達成してあげても、やっぱりそんなこと望んでいなかった、なんてふざけた事を言って報酬を支払うのを渋る奴がいるのよ。報酬が大きければ大きい程にね。だから、ちゃんと依頼内容は確認するようにしているの」


 すんなりサインしてくれると思っていたリアリスは、やや困惑する。


「そして、私の依頼者は、あくまでイーディア女王。だから、ちゃんと彼女の口から確認したかったの。本当の願望って何なのか」


 リアリスは、不穏な空気を感じながら、イーディア女王に振り向く。


「私は……」


 イーディア女王は、表情を曇らせている。ひどく思い詰めた顔をしている。


 リアリスは、嫌な予感に表情が固まる。__私の願望は、ゴブリンの殲滅です。そう言うだけで良いのに、イーディア女王は、沈黙し、考え込んでいる。彼女は、胸に手を当てて、葛藤している。


「陛下……、どうしたのですか……?」


 リアリスは、恐る恐る尋ねる。その声色に、彼の焦燥感が漂っていた。


「私は、その……」

「陛下、何を、悩んでいるのですか……? その、思い詰めたお顔は……」


 そして、イーディア女王は、口にする。


「私は、ゴブリンの殲滅を、望んでいません」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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