第8話 串刺し女王の誕生
約50年前の“王城の悲劇”の後、イーディア女王の政策は大きく変わっていく。
まず、リアリスが王国騎士団長に復帰することになる。それと共に、最高補佐官なる役職を新たに設け、それに彼が就任することになる。最高補佐官は、王に何時でも自由に会い、意見を具申できる立場にある。
そして、リアリスの場合、補佐官という名目以上の、実質的な決定権を有していた。女王は、ほとんど彼の指示通りに動く、傀儡と化していたのだ。
手始めに行われたのが、西の平原に集結していたロブ王国のゴブリン兵への、大規模な襲撃である。あらゆる武力行使を容認され上で、王国騎士団長リアリスの全面的な指揮の下に行われた、徹底的な攻勢。
フィール王国のエルフ兵にも犠牲は出た。が、戦いはフィール王国の圧倒的勝利で終わった。1万以上集結していたゴブリン兵は、その半数以上を失って、領地のゴブリン山へ退却。他方、3000程度で敵に挑んだエルフ兵の死傷者は、300を超えない。
そもそも、エルフとゴブリンでは種族としての格が違う上に、軍事学に精通しているリアリスの適切な戦術と指揮により、そして、ゴブリンに対する国民の鬱憤が高い士気へと繋がったことにより、フィール王国の兵士達の力が遺憾なく発揮されたのだった。
平原の戦いでの大勝利に浮かれる間もなく、リアリスが、次にイーディア女王に行わせたのが、捕虜としていたゴブリンの殺害だった。
城下町の広場で、柱に拘束された生きたままゴブリンが用意された。国民が騒めきながら集まった中、イーディア女王がナイフを片手に現れる。そして、身動きできないゴブリンに、ナイフを勢いよく突き立てるのだった。
ゴブリンの鮮血が迸り、悲鳴が響き渡る。観衆の耳を劈くような絶叫だった。
観衆が歓声やら悲鳴やらで騒めきを増す中、イーディア女王は、何度も何度も、ゴブリンの身体にナイフを突き立てていった。顔や髪やドレスが血で赤く汚れていくことに全く頓着することなく、彼女は、ゴブリンの断末魔を聞きながら、憑りつかれたように、その皮膚を引き裂き、内臓をぐちゃぐちゃにしていく。
容赦のないその殺戮ショーに、観衆は驚く他なかった。
そして、断末魔の叫びが止み、ゴブリンが息絶えたところで、イーディア女王は、観衆の方を向き、叫ぶ。
「我らエルフは、この醜き小鬼共を許さない! 彼らに、然るべき鉄槌を!」
全身をゴブリンの血で染めて、見るも憚れる無残な死体となったゴブリンを背にして、冷然とした様子で叫ぶその姿には、フィール王国の国民ですら恐怖を感じた。
イーディア女王は、見事に冷酷な女王を演じてみせた。
ゴブリンを殺しても動じないように、彼女は、練習を重ねてきたのだった。身動きの取れないゴブリンを、何体も殺してきた。練習相手は、捕虜のゴブリンが多くいて、困る事はない。その練習は、リアリスの監督の下、行われた。
イーディア女王は、物凄く努力した。最初の頃は、まともにナイフすら握れなかった。自分の手で殺すのは無理だと、リアリスに訴えた。だが、彼の怒声と殴打による熱烈な指導が、彼女を導いた。
数えきれない程、殴られた。数えきれない程、ゴブリンの血を浴びた。数えきれない程、涙を流し、嘔吐した。数えきれない程、絶望し、挫けそうになった。
そして、その果てに、イーディア女王は、顔色を変えず、ゴブリンを殺す事が出来るようになったのだった。
捕虜とされていたその他ゴブリンも、そのほとんどが殺された。ただ、殺されるのではない。生きたまま串刺しにされ、その身体をさらに刃物でめった刺しにされる。
そうして、出来上がった苦悶の表情の死体は、西の平原に並べられる。全て、イーディア女王の命令という形で行われた。
イーディア女王のこれらの一連の行為は、エルフやゴブリン、そして人間達にも話が広まり、彼女は、いつしか“串刺し女王”の異名で呼ばれるようになった。
イーディア女王のこれらの行為は、ロブ王国のゴブリン達へ恐怖のメッセージを送るため、という目的があった。
フィール王国は、これからは容赦なく反撃をする、というメッセージだ。そして、串刺しで晒された死体を目にしたロブ王国のゴブリン達は、捕まればただ死ぬよりも酷い目に遭うことを知り、戦慄するのだった。それは、ゴブリン兵の士気にも影響を及ぼした。
そして、それよりも重要なのが、内政におけるアピールだった。
これまでのイーディア女王のゴブリンに対する甘い態度、そして、“王城の悲劇”が起こってしまったことで、フィール王国の国民の彼女に対する批判の声が強まっていた。その批判の声に応えるため、そして、女王の威厳を保つため、ゴブリンを公開の場で殺害するという過激なデモンストレーションを行ったのだった。女王のゴブリンに対する態度の変化を、国民に強烈に伝えたのだ。
さらに、リアリスとしては、イーディア女王の調教という、隠れた意図があった。
再び馬鹿げた博愛主義を起こさないように__再び愚かな選択をしないように、ゴブリンをその手で殺させ、後戻りが出来ないようにさせた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
やがて、戦争は終結に向かう。
フィール王国のエルフ兵は、ロブ王国の領地であるゴブリン山まで侵攻し、殺戮と破壊の限りを尽くした。ロブ王国のゴブリンは、約2万もの戦死者を出し、非戦闘要員ではないゴブリンも含めるとその倍以上の死亡者数となった。
一国が壊滅する危機を感じたロブ王国は、遂に、休戦を申し出た後、降伏を宣言することになる。
そして、フィール王国の王城の会議室において、フィール王国とロブ王国の講和条約について話し合われた。
テーブルに着いているのはイーディア女王と、ロブ王国のゴブリンの使者だ。
「……精霊の森の資源を我々に一切譲ってくださる気はないと?」
随分と流暢な言葉でそう問うのは、ゴブリンの使者だった。
上質で綺麗なマントを羽織り、物腰が落ち着いていて、老齢な雰囲気が漂っている。言語能力が優れ、品の良いゴブリンが、使者の役割を任されるのだった。気性が荒く、知性が低い者が多いゴブリンの中、稀有な存在だった。
「そうです。我々としては、貴方達ゴブリンに、一切精霊の森の恵みを与えるつもりはありません」
イーディア女王は、強い口調で答えた。
彼女の背後には、リアリスが控えている。護衛というよりは、監視のつもりで王国騎士団長兼最高補佐官は、その場にいたのだった。
「北の人間達には、一定量の資源を譲っているようですが……」
ゴブリンの使者は、不満を漏らす。
「ロブ王国に対しても、かつての条約では、一定量の資源の譲渡を約束し、こちらはそれを履行し続けました。そして、それでロブ王国は、精霊の森に立ち入ってこないと。__しかし、その条約は破られてしまいました。北の人間達と、ゴブリンは同列には扱えません。……貴方は、その事をお忘れになっているのでは?」
イーディア女王の返しに、ゴブリンの使者は表情を曇らせる。
「確かに、条約を破ったことは申し訳なく思っております。しかし、今一度、我らゴブリンにチャンスを下さいませんか? やり直しをさせてくださいませんか?」
「……やり直し、ですって……?」
「そうです、イーディア女王陛下。我らゴブリンも変わりつつあります。貴女は、我らゴブリンと、貴方達エルフの友好関係を望んではいないのですか……?」
「それは……」
今度は、イーディア女王の表情が曇る。すると、背後に控えていたリアリスが、前に出てきて、テーブルを叩く。ちょうど、イーディア女王の目の前の辺りを強く叩いた。
「ふざけたことを! 友好関係、だと!? 今更どの口がそれを言うのだ!」
リアリスは、大声で叫ぶ。
「我らエルフは、お前たちゴブリンを、まともに話しの通じる種族とも思っていない。条約を破り、そして我らの同胞を惨殺してきた醜き小鬼共め! 獣の群れ同然のお前たちを、一応は国として扱い、このように講和条約のテーブルを用意してやっているだけ感謝するべきではないか!
我らエルフは、お前達によって、この王城を同胞の血で染められたことを忘れていないぞ!」
リアリスの言葉に、イーディア女王は、はっとなる。
「そ……そうです! 我らエルフは、貴方達ゴブリンとの友好など望んでいません」
イーディア女王は、目の前のゴブリンの使者の、良識さを感じさせる態度と言葉に、つい惑わされそうになる。
彼女は、気を取り直し、告げる。
「我らエルフが望むことは、ただ、貴方達ゴブリンが、我々の目の前から姿を消すことです。我らエルフに害を為すゴブリンに、もう我々は容赦しません」
「それは、本当に、残念ですな……」
ゴブリンの使者は、悲しげに言う。
「イーディア女王陛下、私は、貴女に期待していたのですよ」
「期待、ですって……?」
ゴブリンの使者は、頷く。
「私は、密かに、我らゴブリンとエルフの友好関係を望んでいました。そして、貴女のゴブリンに対する温情的な態度は、我らゴブリンとエルフの友好関係を結ぶ、希望の架け橋となると、期待していました。勝手ながら、私は、貴女の事を博愛の女神のように思っていましたのです。ですが、……それが今は、“串刺し女王”と呼ばれている」
「それは……」
イーディア女王は、少なからず動揺した。目の前にいるゴブリンの使者の悲しげな様子に、そして、その切実な言葉に、心が揺れる。
このようなゴブリンもいたのだ。自分と同じ考えのゴブリンが。そして、博愛主義の理想を追い求めていた頃の自分に、期待をしてくれていたゴブリンが。
やり直せるのだろうか。今なら、まだ__
「ふざけるのも大概にしろ、小鬼風情が!」
リアリスは、テーブルを叩き、叫ぶ。イーディア女王は驚き、体を震わせる。
「何が友好関係だ! お前のその言葉が陛下を惑わすためだけの虚言である事は、お前達小鬼共の過去の所業を見れば明らかだ! お前達が我々との友好を望むのであれば、何故、条約をいとも容易く破棄したのだ!? 何故、我らエルフをあのように躊躇いも無く殺せるのだ!? それは、お前達が、醜い化け物だからだ! 化け物風情に、他種族との友好が出来る訳がない!」
そのリアリスの言葉は、ゴブリンの使者に向けたというよりもむしろ、イーディア女王に言い聞かすためのものだった。彼は、女王が再び博愛主義の理想に堕ちないように、目を光らせている。
「……確かに、我らゴブリンの行ったことに怒りを覚えるのも尤もでしょう。しかし、私を含め、エルフとの友好関係を望むゴブリンはいるのです。エルフとの戦争をもう止めにしたいと思うゴブリンが」
ゴブリンの使者の言葉を、リアリスは鼻で笑う。
「それは、今回の戦争で大損害を負い、酷い目に遭ったからだろうが。友好関係を望んでいるのではなく、我らエルフを恐れているだけだ。小鬼風情が、友好などという小綺麗な言葉を使うな。虫唾が走る!」
ゴブリンの使者は、首を振る。
「貴方達エルフにも様々な性格や意見を持ったエルフがいるように、我らゴブリンもまた様々なのです。
……これは、言い訳になってしまうのですが、此度の戦争は、ロブ王国の中でも過激派のゴブリンによって引き起こされたのです。ですが、此度の戦争を通して、国民の意見の趨勢も変化しつつあります。過激派の兵士達の多くは戦死し、生き残った者らも戦争被害の大きさに好戦的な考えを改めるようになりました。
そして、我らゴブリンの王は、国民の投票によって選出されます。国民の意見が変われば、王の意見も変わり、そして、国の方針も変わっていくのです。我らロブ王国は変わろうとしているのです」
リアリスはテーブルを再度叩く。
「お前達小鬼共が、変わろうが知ったことではない! 我らフィール王国は、ゴブリンを敵とみなし、廃除する。我らの領地に踏み入るなら、死ぬよりも酷い目に遭わせてやるぞ。ここにいる、イーディア女王陛下がなあ!」
リアリスは、イーディア女王に鋭い目を向ける。調教のために何度も向けられたことのある、その鋭い眼光に、彼女は身を竦ませる。
そして、イーディア女王は、ゴブリンの使者に向き直り、言い放つ。
「エルフとゴブリンの友好関係などあり得ません。近寄るゴブリンは、串刺しにするまでです。……この“串刺し女王”が」
そうだ、自分は“串刺し女王”だ。博愛主義などという理想は、もう捨てた。
悲劇を繰り返さないためにも、かつての理想は、捨てなければならない。
自分は、“串刺し女王”になったのだ。
__後戻りはしない。そう決めたのだ。
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