第4話 お嬢様との取引
今一番会いたくない相手との遭遇に、アデルは驚き、後退りをする。
「あ、あなた、どうしてここに……!?」
「ふん、町の愚民どもに貴女の居場所を聞き回ったのよ。私の人望の厚さで、多くの人が協力してくれたわ。案外早く見つかって助かったわね」
「何で私を探しているのよ?」
「貴女が逃げたからでしょう! あのままでは、私の気が済みませんわ! このゴミ虫! 恥知らず! __さあ今度こそ、私が貴女に、天誅を下してやりますわ!」
そう嘯いて、ルイーザは杖を構える。
まさか、こんな狭い宿屋の中で、攻撃魔法を使うような迷惑な事はしないだろう。と、アデルは思ったが、ルイーザはその予想に反して、遠慮なく呪文を詠唱し始め、そして杖を振った。
狭い部屋の中で、魔術による爆発が起こる。その不意打ちに、アデルは攻撃を回避できない。彼女は、爆風によって壁に勢いよく叩きつけられ、悶える。
その爆風により、部屋の木の板の床が所々剥がれ、木片が部屋中に荒々しく散らばる。その惨状を見た、宿屋の店主が顔を青くする。
「ルイーザお嬢様!? お止めください! 部屋が滅茶苦茶になってしまいます! どうか!」
宿屋の店主は、必死の形相で、領主の娘に慈悲を求めた。
「うるさい」
だが、ルイーザは、杖を振り、魔法で宿屋の店主を部屋の外へと吹き飛ばす。
「さあ、お仕置きはこれからですわ! ほら、立ち上がりなさい!」
二人の決闘を邪魔する者はいない。ルイーザが、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「ぐっ……、この……!」
アデルは、蹲ったまま、怒りに震える。
だが、感情的になってはならない。冷静にならなくては。アデルは、この状況の打開策を模索する。
今ここで魔法を使い、ルイーザを消し飛ばしてやることは簡単だ。しかし、それでは、1週間で使える魔法を使い果たして、お金もなく、着の身着のままとなってしまう。それは、何とかして避けたい。
何か、冴えた考えを__
「いや……待てよ……」
「アデル?」
「閃いたわ、メメ。見ていなさい」
何を閃いたというのだろうか。アデルは、打撃で痛む身体を起こして、自信満々の表情で、ルイーザに向き直る。
メメは、一抹の不安を覚える
「ねえ、お嬢様、取引をしましょう」
いきなりのアデルの提案に、ルイーザは怪訝となる。
「は? 取引……?」
「そうよ、取引よ。私には、領主の娘様に杖を向けるなんて恐れ多い。だけど、その代わりに、この『赤リボンのアデル』が、あなたと魔法の取引をしましょう。あなたの願いを何だって叶えてみせるわ」
「願いを何でも、ですって……?」
ルイーザが、自分の話に食いついたと見て、アデルは声の調子を上げる。
「そう、何でも! これまでの人生、人であるならば、どうしても叶えたい夢、野望、欲望の一つや二つあるはず! その夢を、私が、お手軽に、何の苦労もなく、叶えて差し上げるわ! もし満足いかなければ、私の首を刎ねてもらっても良い!
勿論、私の魔法は貴重だから、その魔法に見合う対価を支払ってもらうけれど、領主の娘とならば、それ相応の報酬を持ち合わせているはず。さあ、お嬢様、取引を!」
アデルが目論んだのは、魔法でルイーザを撃退することではなく、取引を通じて彼女と友好関係を築き上げること。
ルイーザの友人になれば、決闘などという乱暴なやり取りを控えてくれるはず。流石に、自分の友人にあのような侮辱的な暴力を振るう奴はいないだろう。また、領主の娘と取引をし、莫大な報酬を得られれば、それで当面は過ごして行けるし、領主の友人になれば、権力によって安全だって確保してもらえるかもしれない。
つまり、ルイーザとの決闘の回避と、今後の自分の生活の糧と安全の確保の、一石二鳥の冴えた魔法の使い方。アデルは、自身の閃きついて、そう思ったのだった。
これぞ、素晴らしき妙案。何という、冴えた理性的、知性的、合理的な考え。争いは無益、野蛮。人と人は、友好関係を結んでこそ、互いに最も幸福に生きていけるのだ。と、アデルは良い気になって、顔に笑みを浮かべる。
しかし、アデルには自覚が無かった。その妙案とやらを考え出した頭は、疲れ切った身体に引きずられて、酒が全身に回っている酔っ払いのそれよりも、質が悪いものになっていることに。
「いや、却下」
非情にも、ルイーザの杖は振られる。
魔法による爆風が、アデルに襲い掛かる。アデルの身体は、宿屋の壁を突き抜け、粉塵を巻き上げて、木片と伴に宿屋の外へと転がっていく。
ルイーザは、破られた宿屋の壁の間を悠然と潜り抜け、地に伏したアデルを見下ろし、杖を向ける。その顔は、やはり嗜虐的な笑みを浮かべている。
「貴女のようなゴミ虫が、この気高き私の願いを叶えるなど、何という傲慢! この薄汚いメス豚! 地を惨めに這いまわるが相応しい下衆が、天の神にでもなったつもりか! 恥を知りなさい、恥を!」
相変わらずの罵詈雑言が、吐き捨てられる。
アデルは、爆風の衝撃でぐらつく頭の中、本能的に口を開き、叫ぶ。
「……ノノ! 来て!」
アデルの呼び声に応じて、魔法の箒ノノが、虚空から出現して、地にへばり付く彼女を素早く攫っていった。
「また逃げる気!?」
ルイーザは、逃がさないように杖を振るおうとするも、アデルを乗せたノノは、既に電光石火の勢いで遠くへ飛んで行ったのだった。
ルイーザは、舌打ちをして、ノノが飛んで行った方向に駆けていくのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ノノが、アデルを下ろした場所は、町の広場だった。
ぶら下がるように全身をノノに委ねて飛行していたアデルは、広場の冷たい石畳みの地面に、崩れ落ちる。ルイーザから受けた攻撃魔法のダメージが、重石のようにアデルの全身に伸し掛かっている。
人の騒めく声が聞こえる。ボロボロの服を着て、死んだように地面に横になり続けるアデルに対して、広場にいた人々の視線が集まる。
「アデル、大丈夫……?」
メメが心配そうな声を掛けるも、アデルは応えない。その代わり、大きく息を吸って、それを長い時間をかけて吐いていく。それから、緩慢な動作で、顔を伏せたまま、立ち上がる。
そして、急に顔を上げて、アデルは叫ぶ。
「ああああああ! あの女! ルイーザ! ルイィィィザァァァァ!! おい! 誰か、ルイーザをここに呼んで来い! あのクソ女を!」
「ア、アデル……」
公衆の面前で、怒りに体を震わせ、亡者の慟哭を思わせる悍ましき怒声を吐き散らすアデルに、メメを含め、付近にいた人々はぎょっとなる。広場の注意が一気に彼女に集まる。
「あの小娘! こちらが大人の対応をしていれば、クソッ! 誰か! __紙とペン! ナイフ! あと、魔法使い! 誰でもいいから、用意して! あのクソ女も、連れて来て! あの腐れ外道に、然るべき地獄を見せてやるわ!!」
アデルは、鬼の形相をしながら、付近の人々に呼びかける。周囲の人々は、まるで町中に突如危険な猛獣が現れたかのように、アデルの様子に戸惑い、彼女から離れていった。
「アデル、何をする気だい?」
「地獄を見せてやるのよ! この町の平和を勝ち取ってやるのよ! そして、私の心の平穏を!」
「まあ、ほどほどにね……」
「バーカ! ほどほどな訳ないでしょう!」
「えぇ……」
アデルの赤い瞳に、復讐の炎が燃え盛る。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




