第5話 悪趣味な決闘内容
ノークの町の広場周辺に、多くの人々が集まっていた。
その広場の中心に、銅像のように屹立する少女がいた。赤い瞳に長い金髪の、悪魔的な煌めきを纏った魔法使いの少女__『赤リボンのアデル』が。
アデルは、すっかり汚れた闇色のローブを、ボロ切れをぶら下げるように身に着けていた。だが、その姿にみずぼらしさは感じない。不気味な煌めきを湛えて、黙然と微動だにしないその姿は、漆黒の正装を纏って現れた地獄の死神を思わせた。
遠巻きに眺めてくる人々の不穏な視線を、全く意に介することなく、アデルは人を待つ。怒りに燃える赤い瞳は、復讐相手の到着を待ちわびていた。
そして、復讐相手は来る。
広場前の街道の騒がしい人混みが、慌ただしく左右の道端へ分かれ、広場への道を開く。傲然と靴音を立て、カールさせた長い髪を風に靡かせて、ルイーザは、その広場へと踏み入った。
「ついに観念したのね、ゴミ虫。何度も逃げてくれちゃって」
ルイーザは、広場の中心で佇むアデルに、鼻を鳴らし、近寄る。
やっとこの小賢しく逃げ回ってくれたゴミ虫を、徹底的に痛めつけてやれると、ルイーザは胸を高鳴らせる。
ルイーザを広場に呼んだのは、他でもないアデルだ。彼女は、町の人にも協力してもらって、決闘のための用意をして、復讐相手を待ち構えていた。
「さあ、覚悟しなさい!」
ルイーザは、杖をアデルに向ける。
「待ちなさい。あなた、魔法使いの決闘がしたいんでしょう?」
銅像のように沈黙していたアデルは、口を開く。その声は、妙に落ち着いていて、少女のものとは思えない重々しさがあった。
「そうよ! さあ、貴女も杖を構えなさい!」
「魔法使いの決闘には、しきたりがある。誇り高き魔法使いならば、そのしきたりに従って、勝負に挑まなくてはならない。あなたが今までやってきたお遊戯のような決闘ではない、本当の魔法使いの決闘をしようじゃないの」
「しきたり……?」
アデルは、広場の端にいた魔法使いの男性を手招きした。その男性の手には一枚の羊皮紙が握られている。彼は、アデルとルイーザの前まで歩いてきて、その羊皮紙を広げる。
羊皮紙にあったのは、精緻に黒インクのペンで描かれた魔法陣。そして、その周囲には、細々と文字がびっしり書き込まれている。魔術に覚えのない者ならば、それは、奇怪な幾何学的図形と不可解な文字列にしか見えないだろう。
「彼が、私達の決闘の立会人になってくれるわ。その呪術式は彼に頼んで作成してもらったの。古くから魔法使い同士の取り決めの際に用いられてきた、伝統のある呪術式よ。__ロートヘルムの魔術学院の学生だったんだから、その魔法陣の意味と、そこに書いてあるものくらい解読できるわよね?」
「ふん、勿論よ」
魔法学を学んだルイーザには、当然理解できた。その羊皮紙には、呪術の魔法陣が描かれていて、その魔法陣の周辺の文字列は、魔法使いが魔術において頻繁に用いる、悪魔の文字と言語だった。
「なあ、お嬢さんたち……、本当にこれをやるのかい? これ……」
羊皮紙を持っている魔法使いの男性は、困惑した様子であった。
彼は、ルイーザを打倒するために、アデルに協力していたのだった。魔法の行使回数に制限があるアデルに代わって、呪術の魔法陣の作成をしてくれたのだ。また、正当な決闘には欠かせない、立会人の役も任されている。
そんな彼は、羊皮紙上に作成されている魔法陣の、恐ろしい呪術の内容を把握していた。そのため、困惑していたのだった。
「……何、これ……」
ルイーザは、羊皮紙を覗き込み、そこに作成されている呪術の内容を読み解くと、その内容の悪趣味さに思わず眉を顰める。
羊皮紙上に作成されている呪術式の要旨は、以下のようなものだった。
“本件における呪術対象者は、魔法陣上に血で印を刻んだ二名の者とする。”
“上記二名の者の内、以下の決闘方法に従って、敗北者と確定された者は、下記の行為の履行が要求される。”
“決闘方法:立会人の合図により、上記二名の者が、各々魔法により、相手方の身体への攻撃を行う。先に三度魔法攻撃を受ける、不正行為を行う、あるいは、決闘を放棄した者を、敗北者とする。
“要求内容:本件決闘を行った場において、300年の期間、衣服を身に着けずに間断なく踊り続けること。”
“上記要求内容の履行は、死の恐怖によって確保されるものとする。”
「何か問題かしら、ルイーザお嬢様?」
「……負けた方は、この広場で裸踊りをするってこと?」
「それだけじゃないわよ」
アデルは、薄笑いを浮かべる。
羊皮紙に書かれている内容を簡単に一読しただけでは、見落としてしまうかもしれないが、そこには、裸踊りという破廉恥な内容には止まらない、恐ろしい内容が含まれている。
“上記要求内容の履行は、死の恐怖によって確保されるものとする。”__つまり、敗北者が要求内容を行えない場合には、死の呪いが降りかかってくる。そして、要求内容にあるような、300年間休まず裸踊りを続けることは、人間の体力的・気力的に不可能だ。300年間どころか、ほんの数日間、いや、ほんの数十時間ですら、不可能だろう。
要は、決闘に敗北した者には、死が待っている。
「私とあなたは、死の恐怖の上で杖を取り合うの。それこそ、本当の魔法使いに相応しい決闘。あなたが望んだ、本物の決闘よ。どうするの、お嬢様? 今ならば、死の恐怖に怯えて私の前から去ることもできるわよ」
ルイーザは、羊皮紙上ものを何度も読み返す。
普通の人間ならば、承諾に躊躇する内容だが、自身の魔術の実力に絶対的な自信を持つルイーザの返答には迷いは無かった。
「いいわよ。面白いじゃない」
その命知らずな返答に、アデルは、ほくそ笑む。
「流石、ルイーザお嬢様ね。話が早い。__じゃあ、早速、決闘の手続きを済ませましょう。そして、私たちの由緒正しい魔法使い決闘の有り様は、この周りにいる人達が、語り継いでくれるでしょう!」
アデルは、広場の周辺に集まった野次馬達に目を配る。
決闘の証人役として立会人が用意されている訳であるが、証人は多ければ多いほど良い。いざというときに、今回の決闘が正当になされたことを証言にしてくれることを期待して、あえて人を多く呼び寄せたのだった。
アデルは、正式な決闘の手続きに入る。
「まずは、決闘の大義名分。__ルイーザお嬢様、此度は、私に行った数々の不当な暴力、私に吐き捨てた数々の侮辱の言葉、それを償ってもらうべく、あなたに決闘を申し込む! さあ、承諾の言葉を。そして、私の杖に、あなたの杖を交叉させなさい」
アデルは、ローブの内側から杖を取り出して、ルイーザに差し向ける。
実は、アデルが手に持った杖は、彼女の杖でなく、立会人の男性魔法使いから借りたものだった。
普通の魔法使いにとって、杖は魔術の補助の道具であるが、万能の魔女であるアデルにとって、それは不要の物だった。したがって、アデルは杖を所持していない。だが、魔法使いの決闘のしきたりに従うため、杖は必須の道具であり、わざわざ借りているのだった。
「決闘を承諾するわ」
ルイーザは、自信満々の表情で、承諾の言葉を口にするとともに、言われた通り、自分の杖をルイーザから差し向けられた杖に交叉させた。
「立会人、聞いたわね?」
「はい。決闘の申込みと承諾の合致を確認しました」
「それじゃあ、ナイフを出して。血の印を刻むわ」
立会人の男性は、予めアデルから聞かされていた手順通りに事を進める。
立会人の男性は、懐からナイフを取り出し、アデルに渡す。アデルは、ナイフで指先に傷口を作り、血を滲み出させる。
羊皮紙上の呪術の魔法陣と文字列には、すでに魔力が通され、術式は起動している。魔法使いならば、微かながら羊皮紙から魔力の気配を感じるだろう。アデルは、その羊皮紙上の魔法陣に、血が滲む指先で、印を刻む。
アデルの喉元が淡く光る。そこに、赤い紋様が浮かび上がった。それは、呪術が掛けられた証。
アデルが行ったことは、自ら呪術に掛けられていく行為。そして、呪術において特別な意味がある血の印を自ら差し出すことによって、その呪術の解呪は著しく困難になる。
ルイーザは、立会人の男性から別のナイフを渡される。
「さ、あなたも」
アデルは、ルイーザに、同じように血で印を刻むことを促す。
魔術学院でも、自身の血の印を差し出すことの危険性は、教えられているはずである。まともに授業を受けた魔法使いならば、その行為に躊躇を覚えるのが普通である。
だが、ルイーザは何も臆することなく、ナイフで指を切り、その羊皮紙上の魔法陣に、血が滲む指先で、印を刻んだ。
ルイーザの喉元が淡く光り、赤い紋様が浮かび上がった。
「何の躊躇いもなく血の印を差し出すなんて……あなた、本当命知らずね。呪術の授業はちゃんと受けていたのかしら?」
「ゴミ虫、真の魔法使いは、誇り高く、恐れを知らない」
「ははぁ……」
ルイーザの言葉に、アデルは呆れる他なかった。恐怖心と警戒心の違いというものを、教え諭してやりたいところだった。
だが、ルイーザの愚かさゆえに、決闘は順調に事が進みそうだ。決闘という名を借りた、アデルの恐ろしい復讐が。
「じゃあ、続けるわよ。私の言う通りに、決闘の作法を」
そして、アデルの指示に従って、決闘の作法をなぞっていく。
立会人を挟んで、お互いの杖を見せ合い、そこから、それぞれ後方へ10歩下がる。双方が所定の位置に着いたところで、お辞儀をし、杖を構える。
決闘者双方が息をひそめ、その視線が交わる緊張の瞬間。
そして、立会人が声高らかに、試合開始を宣言する。
その合図とともに、アデルとルイーザの喉元の赤い紋様が輝きを放つ。
魔法使いの決闘が始まったのだった。
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