第9話 不登校編 9 挑発と感情
異臭がネコロボのセンサーを通じて、操縦席のモチタにまで生々しく伝わってきた。
食べ残しのカップヌードルと空き缶の山がまるで死体を積み上げたように床を埋め尽くしている。
教科書やノートはビリビリに破られ、
自分自身の顔だけが黒く塗りつぶされたクラス写真
なにより――モチオが一番の宝物だと言っていた、大切な家族との写真までが、無惨に引き裂かれていた。
(ネコロボの中の会話)
ネコロボAI「モチタさん、心拍数が上がっています。泣いてはダメ! 泣いてはダメ! 勝負です! 心を強く持って!!」
モチタは溢れそうになる涙をぐっとこらえた。
ネコロボAI「ここで泣いてはダメです」
モチタ「わかってる、わかってるよ……。でも、モチオ、ここまで……ここまで……!」
モチオの抱えてきた底知れない心の痛みを知り、モチタの胸は張り裂けそうだった。
遠隔モニターで見ているがり勉猫、コツ勉猫、モチクロも言葉を失っていた。
ネコロボAI「救うんです、モチオさんを救うんです。こんな状況を救うんです! 心を強く持って!」
遠隔でがり勉猫を叫ぶ
「泣くのは後にしましょう!モチオさんには後で思いっきり文句言いましょう!」
モチタ「うん! そのつもりで来たんだよね! ネコロボ!がり勉猫!」
ネコロボAI「その通りです」
白煙の向こう、ネコロボの眼前に現れたモチオは、まるで別人だった。
髪はボサボサに伸び放題で、服も汚れ、何日もお風呂に入っていないせいか酷い体臭を放っている。
モチオ「また救うだの、救済だの、学校行けだの言いによく来たのか。テメーラも暇だな……」モチオは地を這うような、無気力で力ない声で吐き捨てた。
モチオ「また偽善の押し売りか……結構です。間に合ってます。おかえりくださーい」
ネコロボ「 俺と遊びに行くぞ!!!」
モチオ「結構です。おひとりでどうぞ」
ネコロボ「肉、食いに行こう! 肉!! ホルモン!!」
モチオ「結構です。勝手に行ってらっしゃい」
ネコロボ「 一発ギャグやる!」
モチオ「要らない。お前みたいな雑魚……友達じゃない」
冷酷な拒絶の言葉が突き刺さる。
(ネコロボの中の会話)
モチタ「どう? ネコロボ!?」
ネコロボAI「すみません、解析までもう少しです。時間を稼いでください」
モチオ「用事がないなら、出ていけ!!」
ネコロボ「ある!!! これだ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
ネコロボはポケットから一本の『楊枝』を取り出した。
……チーン……。
部屋の空気が完全に凍りつく。
(ネコロボの中の会話)
モチタ「どうしよう! ウケないよ! ネコロボ!!!」
ネコロボAI「すみません。私はさすがにギャグまでは作れません!」
「もう消えろ!! 俺の前から消えろ!!!!」モチオが狂ったように叫びだした。
荒い呼吸の音が、狭い部屋に充満していく。
(ネコロボの中の会話)
ネコロボAI「完了です! モチタ!!!!!」
遠隔しているがり勉猫も叫ぶ
「よし! うまくモチオさんの感情をデータにリンクさせました!」
その通信と同時に、ネコロボはドスンと唐突に床へ腰かけた。
ネコロボ「俺がお前がこの部屋から出るまで、この部屋から俺も動かん!」
モチオ「勝手にしろニャ」
モチオはフンと鼻を鳴らし、ネコロボを無視してテレビの画面に向き直った。
そのまま、おもむろに『ドラゴンクエストV』をプレイし始める。
無言のまま、後ろからじっと画面を見つめるネコロボ。
ゲームの中では、お馴染みのあのシステムメッセージが流れていた。
――モンスターが仲間になりたそうにしています。モチオは迷わずカーソルを動かす。【 いいえ 】
ネコロボ「ああああああ!!! このモンスター、レベル20になったら回復魔法覚えるのに、もったいなー!」
モチオ「うるせー!!」
また、しばらくして。
ネコロボ「ああああああああ! このモンスター、レベル1から使えるレアキャラなのに!!」
モチオの声が一段と大きくなる。
モチオ「うるせー----!!!!」
ネコロボ「ああああああ! このモンスター」
モチオ「うるせー-!!!!ニャ!!!」
あからさまにイライラし始めたモチオは、コントローラーを握る手に力を込めた。
(ネコロボの中の会話)
モチタ「よし、だんだんモチオはイライラしてきたぞ!! いい感じ!」
ネコロボAI「そうですね。スキャンした結果、モチオさんの感情指数はさっきまで『ゼロ』でした。まずは怒りでも何でもいい、感情を呼び起こすことからスタートです」
イライラが頂点に達したモチオは、すっと立ち上がった。
そして、ドアの前で居座るネコロボの正面に立ちはだかる。
モチオ「所詮、中に入ってるのはモチタってとこだろう……馬鹿め。俺は誰かがきたときの対処を怠っていると思ったか!こいつの弱点ぐらい知ってる!!」
ネコロボ「ギク!!!!!」
モチオ「漏電して故障するぞ!!!! 逃げるなら今だぞ!!! モチタも感電するぞ!!! 痛いぞー--!!!!!!!」
モチオの右手に握られていたのは、バチバチと火花を散らすお手製スタンガンだった。
モチオ「最近、精神科医だの スクールカウンセラーだの わけのわからん奴が周りをうろついて邪魔で仕方ない! どうせ欠陥品なんだろう? どうせキチガイなんだろう? これぐらいしても キチガイには問題ない…」
モチタ「・・・・・・・・・・・・・・・」
ネコロボ「・・・・・・・・・・・・・・」
操縦席のモチタはすでに覚悟を決めていた。
ネコロボ「や、、や、、、やれる、、、もん、、な、ら、、、やってみろ」
ネコロボの歪んだ顔が、さらに挑発的に歪む。
ネコロボ「やれるもんならやってみろ!! 俺はここから一歩も動かん!!!!」
モチオ「いちいちウルセーだよ!!!!! このポンコツが!! 死ね!!!!!」
激昂したモチオが、スタンガンをネコロボのボディに力任せに突き刺した。
バチバチバチ!!!!
ぎゃー-----------!!!!!
悲鳴が轟く
――はずだった。
あ。あ。あ。あれ?何も起きない。
衝撃も、電流の痛みも、コックピットには一切届かなかった。
あれ?
とモチオが目を見開く。
モチタもネコロボも驚きで言葉を失う。
その時、ネコロボの通信回線に遠隔操作室からの声が飛び込んできた。
がり勉猫「大丈夫です! モチタさん、モチオのスタンガン攻撃はききません。私の能力ですよ。予測はしてました!!」
ネコロボが己の胸元に視線を落とす。そこには、さっきコツ勉猫がつけてくれた『金色のバッジ』が鈍く光っていた。
コツ勉猫「お兄様と作った、漏電防止装置です。最大のポイントは、私のデザインですわ!」
よく見ると、金色のバッジの表面には可愛らしいハート型の模様が刻まれている。
がり勉猫「さあ、続投ですよ! ネコロボ! モチタ!!」
すべてを理解したネコロボは、ボコボコに凹んだ顔でニィと皮肉げに笑い、モチオを真っ直ぐに見据えた。
ネコロボ「モチオ、雑魚はテメーだ!!!!! そんなおもちゃ、きかんわ!!! 肩こりが治ってちょうどいいわ!!」
モチオ「ニャに!!!」
ネコロボ「さあ勝負だ!!! 俺がここを出るか、お前がここを出るか‼ 勝負は怖いか! 勝負は嫌か!! この腰抜けが!!!!!」
モチオ「あああ!!! やってやる!! ああああ、やってるよ!!! 上等だ!!! このポンコツ!!!」
よし、うまくモチオが挑発に乗ってきた。
完全に感情を剥き出しにしたモチオを前に、モチタはネコロボの中で強く拳を握りしめる。
本番の勝負は、
ここからだ。




