第5話 不登校編 僕はここにいるよ
学校に行かなくなって最初の1ヶ月は、毎日のようにクラスメイトが課題やプリントを持ってアパートへやってきた。
そこにはいつも、「早く学校に来てね」と書かれたカラフルな付箋が貼られていた。時折、担任の先生も様子を見に顔を出した。
しかし、そんな周囲の「親切」は徐々に少なくなっていった。
3ヶ月が経過する頃には、あんなに頻繁だったプリントさえ、1枚も届かなくなった。来たら来たでうっとうしかったが、いざ全く来なくなってみると、それも何か癪に障った。
世界から自分が綺麗に忘れ去られていくようだった。
3ヶ月が過ぎたある日、唐突に母親が慌ただしく動き始めた。
モチオは訳も分からないまま、あちこちへ連れ回されることになった。
行き先が学校ではないのなら、どこへ行こうが別に構わなかった。
とある日は、精神科の病棟だった。
白衣を着た医師は、終始にこやかに、いかにも「子供の味方」という風を装って語りかけてきた。
「モチオ君。ここは君を怒る場所じゃないからね。何でも思ったことを話してごらん? 先生は君の味方だよ。君の気持ちに寄り添いたいんだ」
優しい言葉だった。
しかし、その医師の目は、モチオの言葉を待ってなどいなかった。
ただうつむくモチオの態度を、部屋に入ってきた瞬間の緊張を、マニュアルのチェックシートに当てはめるように値踏みしているだけだった。
またとある日は、個室にこもるスクールカウンセラーの前だった。
上品なスーツを着た女性は、これ以上ないほど穏やかな笑みを浮かべていた。
「辛かったわね、モチオ君。先生には何でも打ち明けてね。どんな君でも、受け入れてあげるから」
「受け入れる」と言いながら、彼女の目はモチオの「異常」を探していた。
モチオが学校の無駄や母親の矛盾にどれだけ傷ついてきたか、その本質には1ミリも興味がない。ただ「不登校児」というマニュアルの型にモチオをはめこみ、学校には責任はない、親にも責任がない。 不登校は病気のせいである、またはいなくなった父親の教育の影響であるという供えられた答え合わせをしているだけである。
「サボり」「怠けているだけ」と面と向かって罵られた方が、まだマシだった。
こいつらはとにかく、自分が学校に行かない理由と、意味不明な英語表記の病名を結びつける作業にしか注力していない。目の前にいる僕という人間を見ていない。ただ、書類を処理するように、僕の存在を記号化していく。
僕ではなく、母親がほとんど話していた。
ただうつむく僕の頭上に、大人たちの手によって次々と病名が貼り付けられていく。「ADHD」「発達障害」「うつ病」「PTSD」
彼らは僕を、学校に戻したいのだろうか。それとも、病名を付けることで、学校も親も責任逃れをしたいだけなのだろうか。
モチオには、それがどちらなのか分からなかった。
母親は、その記号が並ぶ診断書を見て、目に見えて安心したようだった。
どこか嬉しそうにさえ見えた。
モチオは冷めた目でそれを見ていた。
モチオが不登校になったのは、母親のしつけのせいでも、家庭環境のせいでもない。すべては「この子の病気」のせいである。専門家からそのお墨付きをもらい、彼女は自分の責任から完全に解放されたのだ。
では、僕は一体何なのだろう。周りのみんなと違って、その上、頭の病気なのか。キチガイなのか、ノイローゼなのか。
すべて「欠陥品」という一言で片付けられてしまった。
こんな僕に、生きている価値なんてあるのだろうか。
大人が押し付ける、優しさの皮を被った冷酷な人格否定。
その底なしの絶望に叩き落とされたその夜、モチオは初めて、
自室で大声を出して暴れた。
「あああああ!!!!」声を上げながら、机の上のすべての教科書をなぎ倒した。
型にはめろと強要してきた勉強道具を、狂ったように床へぶちまける。
型にはめるために 散々我慢させられ、
型にはまらなければ、今度は欠陥品扱いする。
僕は生きている
僕は欠陥品じゃない
僕だって
怒りは収まらず、モチオは激しく机を蹴飛ばした。
ガシャーンと大きな音が響く。
自分の存在そのものを病気として処理された少年の、逃げ場のない悲鳴が、古いアパートの薄い壁を激しく揺らしていた。
僕だって
僕だって
僕だって
教科書を破きながら大声で泣いた。
僕だって
その先の答えが
この散らばった部屋の中にあるのだろうか。。。
そんなことより
俺は不良品なんだ、粗大ごみなんだ、、、
開き直らないと、もう心に何もとどめるものがなかった。
開き直るしか
この侮辱から耐えられる方法がない。
気が付くと朝になっていた。
どれぐらい寝落ちして、眠ったのだろうか。
閉じ切ったカーテンの隙間から
スズメが
「僕はここにいるよ」
と泣いていた。




