第4話 不登校編 幸せの靴
モチオは今日も、古いゲーム機に火を入れる。
画面に映るのは、彼の大好きな『ドラゴンクエストⅤ』だ。
もう何十回とクリアしたか分からない。
しかし最近のモチオは、決してゲームをクリアしようとはしなかった。
クリアしてしまえば、そこで終わってしまう。
ゲームも、そして、自分も。ドラクエⅤには、倒したモンスターが仲間になるシステムがある。画面に決まって表示される、お決まりのテキスト。
『モンスターが なかまになりたそうに こちらをみている!』選択肢はいつも決まっていた。
『いいえ』
ボタンを押すと、画面の文字が切り替わる。
『モンスターは かなしそうに さっていった。』
モチオはこの瞬間が、たまらなく好きだった。
(ざまあみろ。お前なんか仲間にしてやるか、雑魚が)
悲しそうに去っていくドット絵のモンスターに、モチオはいつも自分を投影していた。
ゲームの中のモチオのレベルは、すでに上限の「99」に達していた。
これ以上どれだけ戦っても経験値は増えないし、レベルが上がることもない。それでも、目の前に現れる雑魚キャラクターをただ蹂躙することだけが、今のモチオの唯一の救いだった。
最弱のスライムを、最強の呪文で消し飛ばす。
その瞬間だけ、胸の奥がわずかにスカッとした。
時折現れる『はぐれメタル』という魔物は、戦闘が始まるとすぐに逃げ出してしまう。モチオはその姿を見つめながら、いつも思った。
(逃げるか。逃げる場所があって、いいな。俺も連れて行ってほしいよ)
はぐれメタルは稀に『しあわせのくつ』という貴重なアイテムを落とす。
歩くだけで経験値が溜まり、勝手にレベルアップしていくという代物だ。
けれど、レベル99のモチオには何の価値もない不要品だった。
誰かにとっての幸せは、今のモチオには必要なかった。
不登校になった当初は、こんな風に静かにゲームをすることさえ許されなかった。
連日のように母親が部屋に怒鳴り込んできては、布団を引き剥がし、無理やり学校へ行かせようと掴みかかってきた。
学校に行かせたいのか、家から追い出したいのか、学校で笑われに行けと思ってるのか、、、なんなのか、、、その意味が分からない。
いや、そこが重要でもない。
みんなと一緒にもなれない僕は、学校に行かなくても立派に、みんなと一緒になれない。
学校に行っても 行かなくても結果は何も変わらない。
モチオは狂ったように暴れて抵抗した。掴み合いの最中、母親はいつもの呪詛を吐き捨てた。
「あんた、本当にお父さんにそっくりね!」
その瞬間、モチオの中で最後の何かが破裂した。
生まれて初めて、母親に向かって大声で怒鳴り返していた。
「お父さんはそんなこと言わなかった! お前についてきて、俺は一生不幸だ!!」
「お父さんもそんなお前にうんざりしてたんだ! お前がお父さんを追い出したんだ!」
母親の顔から血の気が引いた。それが決定打だった。
それ以来、母親は部屋に無理やり押し入るのをやめた。
怒鳴るのをやめ、今度は歪な「ご機嫌取り」へと態度を急変させた。
それを子供の愛情ととらえるのか、それとも裁判の材料ととらえるのか、
モチオにはわからない。
ただ
それが、モチオにとってはなおさら不気味で、反吐が出るほど鬱陶しかった。
ドンドンドン、と不快な音がドアを揺らした。
あの衝突から1ヶ月が過ぎた頃から、毎日のように繰り返される音だ。
壁の向こうから、母親の不自然に明るい声が響く。「モチオ、いるんでしょ? ほら、スイッチを買ってきたわよ! だからドアを開けなさい!」
モチオは布団を被ったまま怒鳴り返した。
「向こうへ行け! スイッチなんかもう要らん!」
そうだ。あのゲーム機は、クラスの子供たちにとって、そして
あの時のモチオにとっての『しあわせのくつ』だった。
けれど、孤独のレベルが99になってしまった今のモチオには、もう不要なのだ。
続いて、きょうだいたちが代わる代わるドアを叩く。
「ほら、モチオが前に言ってた化粧品だよ」
「うるせえ! 向こうに行け!」
「今日は塾が休みだからさ、モチオの新しいギャグ見せてよ」
「休みなら塾にでも行ってろ!」
どいつもこいつも。
モチオは暗闇の中で歯を食いしばった。
孤独のレベルが99の自分には、彼らが持ってくる優しさも、機嫌取りも、すべてが不要だった。
むしろ、自分の限られた道具欄を埋め尽くすだけの、邪魔なゴミアイテムに過ぎない。
もっと早い段階で、僕が傷ついていたあの時にえぐり出されるべきだったのだ。
今さら手渡されたって、何の意味もない。むしろ、そんなタイミングの外れた偽善行為の数々が、モチオの苛立ちをただ募らせていった。
(俺の道具欄に、そんな邪魔なものを入れるな。偽善なんて、一番いらない道具だ)
モチオは誰の説得にも応じず、頑なに部屋から出ようとはしなかった。
今日も相変わらず、テレビの光だけが部屋を照らし、ドラクエⅤのBGMが流れ続ける。
レベル99のモチオには、自分を助けてくれる仲間も、レベルを上げてくれる幸せの靴も、何も必要なかった。
ゲームを続けて夜が明ける頃、カーテンの隙間からいつものように朝の光が差し込む。
電線の上では、数羽のスズメが楽しそうに戯れていた。
モチオはぼんやりと、そのスズメたちを見つめる。
『スズメが なかまになりたそうに こちらをみている!』
モチオが心の選択肢で
「はい」
を選ぶよりも早く。
スズメたちは楽しそうに、どこかへと去っていった。




