表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/15

第3話 不登校編  飛べない鳥

学校は普通だった。


友達も、普通にいた。


でも、すべてが普通であり、無難であり、フラットだった。


周囲に無理をして合わせること。それができないわけではない。


ただ、そうやって周りの顔色に合わせるたびに、自分の中の何かが死んでいく感覚があった。


合わせる意味が、どうしても見出せなかった。


かと言って、本当の自我を出せば、今度は「変わり者」だと爪弾きにされる。


本当の自分は、一体どこにいるのだろう。


モチオがそんな冷めた思考を抱えていた


ある日の放課後だった。


「ドラクエ3のまものつかいがさー」

「そうそう、マジで強いよな!」


同級生の男子たちが盛り上がっている輪に、モチオはふと、小さく声を挟んだ。


「ドラクエ3に魔物使いなんていないよ」


彼らが熱中しているのは、リメイクされた最新の「スイッチ版」だった。


一方、モチオが知っているのは、父親の残した古い「旧ファミコン版」の知識だけ。


その致命的な事実に気づいたときには、もう遅かった。


「ええ? モチオ、お前スイッチ持ってないの?」

「それでさ、草薙の剣が――」


男子たちはすぐにモチオを置き去りにして、自分たちのゲームの話に戻っていった。


一瞬で会話のテンポから弾き出され、そこにいるのに誰の目にも映らない、透明人間にされたようだった。


その場に立ち尽くしていることさえ、ただただ苦痛だった。


家に帰り、母親に再度頼んでみた。


期待などしていなかったが、そうでしか解決の糸口はなかった。


「お母さん、スイッチ買ってよ。友達の話についていけないんだ」


母親はヒステリックに声を荒らした。


「何を言ってるの! うちにそんなお金はありません! 弁護士費用にいくらかかると思ってるの!」


子供の尊厳を守るための数万円は出ないのに、父親への復讐のための大金は、右から左へと平気で流れていく。


それがこの家の、大人の現実だった。


また、学校では別の冷酷な現実がモチオを待ち受けていた。


「モチオ君はお父さんがいないから、お母さんのサインでいいよ」


「モチオ君はお父さんがいないから、この書類は……」


「お父さんがいない」という言葉を事務的に突きつけられるたび、モチオは激しい嫌悪感を覚えた。


父親がいない自分は、まるで出来損ないの不良品であるかのようにあしらわれる。


父親参観も、運動会も、常にその欠落した事実が呪いのようにピタリとついて回った。


プリントの保護者欄に、母親の名前を書くことさえ


――今のモチオにとっては、まるで「踏み絵」を踏まされるような、耐え難い屈辱だった。


母親はいつも、「今や3組に1組が離婚する時代なんだから、みんなと変わらない」と言い訳のように口にしていた。


しかしそれは、離婚弁護士ビジネスが生み出した誇大広告に過ぎず、実際の離婚家庭は国勢調査からも全体の1割程度であるという事実に、モチオは違和感を感じながら、理解できる年齢ではなかった。


大人たちは、自分が思っている以上に馬鹿なのだ。


自分が圧倒的なマイノリティであり、外側の世界からは「異常者」と見なされる現実がやがてモチオを苦しめていく。


「モチオの頭の黒い模様って、なんか変だよな」

「そうそう、変、変!」


すれ違いざまに同級生から投げつけられた、何気ない一言だった。


モチオはそれまで、自分の身体の模様を気にしたことなど一度もなかった。


けれど、家庭の歪みと学校の偏見ですり減った心には、そのナイフのような言葉が深く突き刺さった。


――僕って、やっぱり変なのかな。



家に帰り、鏡台に向かう母親にすがるように声をかけた。


「お母さん、僕の頭の黒いところ、変かな。お母さんの化粧品で肌色に塗ってほしいんだけど」


母親は鏡台に向かったまま、振り返りもしなかった。


「男が化粧? バカらしい! そんなくだらないの相手にしない!」


いつも後回しだった。母親の視界に、モチオの傷ついた心は最初から映っていなかった。


学校だけでなく、家でも孤立は深まっていった。


「新しいギャグを考えたんだ。見てよ」そう声をかけても、きょうだいたちは自分の都合を冷たく優先した。


「ごめん、僕、これから塾だから」

「ごめん、今ゲームのクエスト中だから無理」


誰も、モチオの言葉を受け止めてはくれなかった。


世界中で自分だけが、ぽつんと取り残されているようだった。


学校へ行くと、授業で班分けの作業があった。


「一緒の班だね。よろしく」男子生徒が声をかけてくる。


(ああ、僕と一緒の班になって、あいつは『ハズレを引いた』と思っているんだろうな。ゲームの話にもついていけないしな!)


「モチオ君、よろしくね」女子生徒が愛想笑いを浮かべる。


(どうせ、頭の黒い模様が変だとか、キモいとか思ってるんだ。僕と同じ班になって、内心 吐きそうになってるんだろ!)


他人の視線のすべてが、自分を蔑み、拒絶している刃物のように見えた。


「よろしく」と言われた相手に対し、モチオはただ、冷たく小さく吐き捨てた。



「別に……」




「モチオ君って、感じ悪――」男子も女子も、あからさまに嫌な顔をして離れていった。


その悪循環に、当時の自分は気づいていなかった。


いや、その悪循環に気づいたとて、無力な子供であるモチオには、何をすることもできなかった。


今日も、ただ16,200秒を数えるためだけの授業が過ぎていく。


やがて休み時間に話しかけてくれる友達は、完全にいなくなった。


給食の味自体は、決して不味くはないはずだった。


けれど、誰も喋らない静寂の中で、誰とも言葉を交わさずに口に運ぶ給食は、不味くて、不味くて、どうしても耐えられなかった。


家に帰っても、状況は変わらない。


母親は「忙しいから!」と書類から目を離さず、

きょうだいたちは「塾があるから」「クエストをやってからね」と、


それぞれ自分の世界に閉じこもっている。


みんな、忙しそうだった。


僕の居場所は、世界のどこにもなかった。


俺は、一体何なのだろう。


学校にいてもいなくても、誰も気にしない。


家にいても、誰も気に留めない。


「モチオ! あなたはすぐに何もかもから逃げ出して、本当に弱い子ね。性根がなってないのよ! お父さんそっくり!!」


「頭の模様が変だから学校に行かない? 意味不明だわ。他人の意見なんて気にしなきゃいいのよ。単にモチオが気にしすぎで、弱いだけ!」


「先生が間違ったことを教えててもさ、うん、うんって頷いておけばいいんだよ。間違ってても、うん、うんって」


「ゲーム買ってもらいなよ、お母さんにさ。ゲームを一緒にやらないと、僕たち遊べないよ!」


もう、何もかもが嫌になった。


弱い奴だと思われてもいい。

ダサい奴だと思われてもいい。


理不尽な間違いを見過ごせない不器用な奴でも、

ゲーム一つ買ってもらえない欠陥品でも、

なんとでも言えばいい。


もう、どうでもいい。


何もかもが、どうでもよかった。



とある朝、


まるで限界を迎えたバッテリーの充電が切れるように、もう何もかもがどうでもよくなった。


学校に行っても、頑張っても、勉強しても、ただ「やりたいことを我慢するだけのつまらない将来」にしかないなら、頑張る意味なんてどこにもない。


その冷徹な答えが身体にこびりついて、鉛のように重くなり、どうしても動けなくなった。


モチオは学校へ行くのをやめ、自分の部屋に閉じこもるようになった。


締め切ったカーテンの隙間から、外の景色が小さく見える。


スズメが3、4匹、仲良く電線で戯れていた。


まるで友達と楽しそうに遊んでいるかのように。


まるで、温かい家族と穏やかに過ごしているかのように。


やがてスズメたちは、青く広がる空へと、軽やかに飛び立っていった。


僕には、あんな風に飛べる力があるだろうか。


僕には、未来があるのだろうか。


僕には――。


そもそも翼があるだろうか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ