第28話 最終回 学校に行く編 完 リレーバトン
学校へ向かう足取りは、
まるで背中に重い荷物を背負っているかのように重苦しかった。
モチオは地面を見つめながら、小さく呟いた。
モチオ「一歩……一歩……一歩……」
ついに、学校の正門の前でモチオは立ち止まった。
そして、深く息を吸い込んで呟く。
モチオ「……一歩」
そう言って踏み出したその一歩が、何ヶ月ぶりだろうか、モチオの心と学校を繋ぐ「のりしろ」となった。
ガラッと静かな音を立てて教室のドアを開ける。
中はまだ、誰もいなかった。
当然である。
時計の針は、まだ朝の7時を指している。
モチオはあえて、一番乗りで登校する決意をしていたのだ。
モチオ(教室に入ったとき、みんなから白い目で見られるくらいなら……俺が最初に入って、次から入ってきたやつを片っ端から白い目で見てやるニャ!)
それがモチオなりの、不器用な防衛策だった。
自分の席がどこか分からず、とりあえず適当な席に適当に腰を下ろす。
しばらくすると、誰もいない教室に、一人の同級生が入ってきた。
中学2年生にしては、とても背の小さい男の子だった。
どことなく、あのモチロウの面影に似ていた。
男の子は席に座っているモチオを見て、おそるおそる声をかけてきた。
クラスメイト「君……モチオ君? だよね……? あの……そこ……」
モチオは尖った視線で、その子をぐっと睨みつけた。
モチオ「なんだよ!!!」
クラスメイト「あ、ここ……僕の席なんだ。モチオ君の席は……確か、その隣だよ」
モチオは沈黙したまま、少し乱暴にガタッと音を立てて隣の席へ座り直した。
それからしばらく、二人の間に気まずい沈黙の時間が流れる。
すると、男の子がふと思い出したように口を開いた。
クラスメイト「モチオ君のこと、一度だけ見たことがあるんだ。ほら、スクールカウンセリング?で学校に来てたでしょ? 一度だけ……なんか、警備員の人にものすごく怒られてたような気がするんだけど……」
モチオはポケットからスマートフォンを取り出した。
そして、意を決してクラスメイトに向き直った。
モチオ「……その時の動画、見るニャ?」
*一方、その頃の実験室。
がり勉猫はパソコンの画面を前に、深く頭を抱えて悩んでいた。
コツ勉猫「やはり……繋がりませんか?」
がり勉猫「そうです。どうしても、この肝心なAIのプログラミングコードが綺麗に繋がらないのです……」
がり勉猫はふと、デスクの傍らに置かれた一冊のノートに目を留めた。
それは、かつてモチロウががり勉猫の真似をして、難しいプログラミングコードを一生懸命に書き写していたノートの落書きだった。
*【回想】
モチロウ『これでロケットランチャーを2つ持ったロボットの完成!! どう、がり勉猫?』
がり勉猫『上手く私のコードを写せていますね。……でも、これではロジックがめちゃくちゃですよ。これでは動きません』
*【現在】
がり勉猫はモチロウのその「書き写し間違い」のページをじっと見つめていた。
めちゃくちゃだと思っていたそのコードの並び。
それを見た瞬間、がり勉猫の脳裏に電撃のような閃きが走った。
がり勉猫「……あ」がり勉猫は震える声で、ぽつりと呟いた。
がり勉猫「モチロウさん。もしかしたらあなた……教師だけでなく、プログラミングの天才だったのかも……知れませんね」
モチロウが遺した純粋な「間違い」が、がり勉猫の進むべき道を照らす、最大のヒントとなった。
*――そして、10年の月日が流れた。
がり勉猫「急いでください、コツ勉猫! 今日は文部科学省での調印式ですよ!」
コツ勉猫「はい、お兄様! やっとですね……。やっと完成して、国にも認められました」
コツ勉猫は感極まった様子で書類をカバンに収めた。
コツ勉猫「『心に寄り添うAIロボット』。心を持つAIの開発……。これを全国の学校に配置して、悩んでいる子どもたちの救済に役立てる日が、ついに来るのですね!」
コツ勉猫とがり勉猫は、あの実験室を法人化し、世界を救う大きな組織へと成長させていた。
二人のスーツの胸元には、新しく作った会社のロゴバッジが誇らしげに光っている。
そのバッジの形は――。かつて、一人の少年が不器用に、けれど心を込めて作った、あの少し歪な「ネコロボ人形」の形をしていた。
少年の遺した想いは、形を変え、10年の時を超えて、今度こそ世界中の子どもたちの心を優しく潤すために羽ばたこうとしていた。
10年後の、いつもの賑やかな朝食の時間。
モチタ「がり勉猫、お偉いさんに言っといてよ! 早く『ゲーマー養成学校』の学校法人化の認可をしてってさ。もう申請してから3ヶ月だよ!」
モチタもまた、ゲームを通じて不登校の子どもたちの受け入れを目指す、新しい学校の設立に向けて奔走していた。
がり勉猫「もう文部科学省には伝えてありますよ。来月には無事に認可される予定です。……頑張ってくださいね、『校長先生』?」
モチタ「あはは、照れるね……その表現」
コツ勉猫「調印式が終わったら、みんなでモチクロのサイン会にも行きますからね!」
モチクロ「いいよぉ……恥ずかしいから……」
モチクロは照れくさそうに顔を赤らめた。
がり勉猫「何がですか? 恥ずかしいことなど何もありません! 絵本作家としてのデビュー作のサイン会ですよ。みんなで大いに盛り上げましょう!」
モチクロ「作家だなんて……やっぱり照れるね」
モチクロは、悩める子どもたちを励ますための絵本作家になっていた。
デビュー作のタイトルは『ペンキを被ったネコ』。
モチタ「……あ、そういえば、モチオは今どこにいるの?」
がり勉猫は少し呆れたように優しく微笑み、リビングの壁に飾られた一枚の写真を指さした。
そこには、がり勉猫、コツ勉猫、モチクロ、モチタ、ネコロボ、モチオ……そして、あのひまわりのように笑うモチロウの姿があった。
10年前のお別れパーティーの日に、みんなで撮った大切な写真だった。
*――ピンポーン。
とある一軒家の玄関。
お母さん「すみません、モチオ先生……。今日も、学校には行けそうにないみたいです……」
モチオ「そうですか。……お母さん、部屋へ上がってもいいですか?」
モチオは優しく語りかけ、トコトコと階段を上がっていった。
とある子ども部屋のドアの前で立ち止まり、静かにノックする。
モチオ「入るよ……」部屋の隅で膝を抱えていた少年・モチゾウが、消え入るような声で言った。
モチゾウ「先生……。やっぱり僕、学校に行きたくないよ。先生が毎日毎日、誘いに来てくれても……やっぱり嫌なんだ、怖いんだよ」
モチオ「今日はな、そんな用事で来たんじゃないんだ。……ほら、これ」
モチオが鞄から取り出して差し出したものを見て、モチゾウは不思議そうに目を丸くした。
モチゾウ「何これ? ……ロボット? すごく古びた人形だね」
モチオ「そう。これはな、先生の一番、一番大切な宝物なんだ。それを今日、君にあげようと思ってね」
モチゾウ「えっ……そんな大切な宝物、僕がもらっちゃっていいの?」
モチオ「ぜひ君にもらってほしいんだ。しかもさ、これ……お腹がちゃんと開くんだよ」モチオはそれだけ言うと、もうすぐ学校が始まる時間だからと、優しく微笑んで部屋を去っていった。
*校門へと続く通学路。
生徒たち「おはようございまーす、モチオ先生!」
モチオ「おう、おはよう! ほら、よそ見するなー! 車には気をつけるんだぞー!」
モチオは子どもたち一人ひとりに、温かい声をかけながら見守っていた。
*その頃、子ども部屋に残されたモチゾウは、手渡された古びたネコロボ人形を見つめていた。
モチオに言われた通り、お腹の網目をそっと開いてみる。
中から出てきたのは、10年ほど前に書かれた、少し色褪せた一通の手紙だった。
学校の屋上で、モチオは青く広がる空を見上げていた。
手紙に書かれていた言葉を、モチオは心の中で思い出す。
もう、暗記してしまうくらいに、何度も、何度も読み返した大切な親友の言葉。
【モチロウの手紙】
『僕だって怖いよ。僕だって嫌だよ。何度考えても、怖い気持ちは……どうしても消えないんだ。
未来は不安だし、過去は不満だし。
でもさ、僕が決めるべきなのは、将来でも過去でもない。「今」なんだよね。
今、一歩を踏み出す勇気があるか。
今、一歩を踏み出す希望があるか。
遠い将来を見て「怖い」って思っちゃうから、足がすくんじゃうんだ。
だから、何も考えず、足元だけを見て、ただただ心の中で言うんだ。
「一歩、一歩」って。
遠くなんて見ちゃダメ。
足元だけを見て、一歩ずつ。
この人形は、そんな僕にそう言って、いつも励ましてくれたんだ。
だから、僕は歩きます。
だから、この人形は、僕にとってはもう役目が終わりました。
だから、君に託します。
僕はほんの少し先の場所で、君を待ってる。
君がきっと歩き出すことを信じて、この人形とともに』
――モチロウから、モチオへ。
――そしてモチオから、モチゾウへ。
勇気のバトン、
希望のバトンは、
形を変えながら、
少しずつ、一歩ずつ、
確実に受け継がれていく。
モチオはそっと、世界で一番大切な言葉を、愛おしそうに吐き出すように、
その手紙の最後の一文を、静かに、優しくつぶやいた。
……次は、君の番だよ
心ののりしろ 完
*あと2話 スピンオフあります。




