第27話 学校に行く編 11 止まない雨の向こう側
がり勉猫は、部屋の隅で完全に機能を停止しているネコロボをじっと見つめた。
ただ座り込んでいるだけの鉄の塊。
しかし、その鉄の顔は、なぜかほんの少しだけ微笑んでいるように見えた。
がり勉猫の脳裏に、かつてモチロウと交わした大切な記憶が、鮮明に蘇る。
*【回想】
がり勉猫『これは「がり勉人形」ですよ!!! これは勉学の神! 私が直々に作ったものです! 必ず、学校では肌身離さず持っているのですよ!! 貴方を守る大切なお守りですからね‼』
モチロウ『すごいね! がり勉猫、刺繍もできるんだね!!!』
ネコロボ『実際は、コツ勉猫が縫いました』
がり勉猫『余計なことを言うんじゃありません!!!』
モチロウ『あはは、うん! でも、ありがとう! 絶対、絶対、肌身離さず持っているね!』
ネコロボ『……人形に施された「細工」は、がり勉猫らしいですが……』
ネコロボは、がり勉猫にだけ聞こえる小さな声で付け足した。
がり勉猫『……そんな機能、使用しないことを願うばかりですがね』
ネコロボ『心配性、がり勉猫……。やさしい』
*【現在】
コツ勉猫「お兄様、お兄様……聞いてます……?」妹の声に、がり勉猫はハッと我に返った。
そして、停止したネコロボをもう一度見つめる。
がり勉猫「ネコロボ、あなた……そのために、あのとき……」がり勉猫は慌ててネコロボに近づき、おそるおそるそのお腹のハッチを開けた。
――やはり、入っていた。
あの日、モチロウの遺品の中から警察に押収されていたはずの「がり勉人形」。そしてその綿の奥には、すべてを記録していたICレコーダーが仕込まれていた。
しかし、ネコロボは停止していたはずだ。一体どうやってあの音声をXに投稿したのか、誰が投稿を操作したのか。科学の粋を集めた実験室の面々にも、それは分からなかった。
ただ、この命懸けの音声投稿が引き金となり、世間の批難の矛先は一気に警察と教育委員会へと向かった。
ついに警察は再捜査の決定を発表し、いじめの加害者全員を特定。教育委員会は「いじめの可能性を示唆」した上で、公式に謝罪した。
がり勉猫「『可能性を示唆』、ですか……。相変わらずですね、教育委員会は」
がり勉猫は、政治家の10万円問題がデカデカと載る新聞の片隅に追いやられた小さな記事を読み、呆れたように呟いた。
その後、警察からの正式な許可が下り、がり勉猫の手によってネコロボの主電源が再び入れられた。――ウィィィン……ピピッ。
ネコロボ「……おや。なんか再起動できちゃいました。きっと、良いことがあったのでしょう」
がり勉猫「まさか、あなた……あのとき警察署に突撃したのは、押収された証拠を奪い返すためだったのですか?」
ネコロボは間髪入れずに、無機質なトーンで言い放った。
ネコロボ「その質問は、モチロウさんの『遺志』により、回答がプロテクトされています」
がり勉猫「はぁ……まあ、いいでしょう」
がり勉猫は苦笑交じりに首を振ると、そのままモチオの部屋へと向かった。
コンコン、とドアを叩いて中に入る。
がり勉猫「モチオさん……」
モチオ「だいたい分かってるニャ。下の会話は全部聞こえてた……」
薄暗い部屋の奥から、モチオが静かに答える。
がり勉猫「まあ、そうでしょうね。でも、違います。あなたに、これだけは伝えたくて」
がり勉猫は、自身のスマートフォンでXの画面をモチオに見せた。
そこには、ネコ塾の卒業生たちが次々にアップした、モチロウお手製の「ネコロボ人形」の写真が並んでいた。
がり勉猫「ほら、見てください。このネコロボ人形……ちゃんとお腹が開くギミックになっているらしいです。本当に手先が器用で、細かく作っていますね」
「それが言いたかっただけです」と言い残し、がり勉猫は静かに部屋を去っていった。
一人残されたモチオは、手元にある、モチロウから貰った不格好なネコロボ人形を見つめた。
これまで気づかなかったが、お腹の網目をそっと開いてみる。
――そこには、小さく折り畳まれた、モチロウからの「手紙」が入っていた。
*翌朝。
1週間降っていた雨は今日も止まずにドシャぶりだった。
モチオは、本当に久しぶりに、朝食のテーブルへと向かった。
いつも通りの席につき、少しぎこちないながらも、毎回恒例の騒がしい会話が食卓に取り戻されていく。
朝食の終盤、がり勉猫が平然を装ってモチオに尋ねた。
がり勉猫「モチオさん、今日の予定は?」
モチオ「平日だろ? 学校に決まってるニャ」その一言に、テーブルの全員がハッと息を呑んだ。
しかし、みんな驚いた表情を必死に隠して、「ああ、そう」と言わんばかりに平然とした態度を装った。
やがて、カバンを背負ったモチオが玄関を出て、学校へと向かって歩き出す。
モチタ、モチクロ、コツ勉猫、がり勉猫、そしてネコロボの5人は、玄関の陰からこっそりとその背中を見送っていた。
モチタ「ねえ、今日はコツ勉猫、新婚さんごっこしないの?」
コツ勉猫「できるわけないでしょ!!! 静かにしなさい!」
こそこそと小声で言い合う仲間たち。
歩いていくモチオは、みんなが物陰から隠れて自分を見送っていることに、ちゃんと気づいていた。
モチオは立ち止まり、振り返ることはしなかった。
ただ――。グッと拳を強く握り締め、右手を高く、雨に向かって大きく突き上げた。
それは、あの日の街灯の下で、モチロウが最後に見せた、あの誇り高い後ろ姿と全く同じだった。
歩き出したモチオの鞄の横では、モチロウが作った歪なネコロボ人形が、歩調に合わせて優しく、ぽてぽてと揺れている。
まるで、見送るみんなに小さく手を振るように。
「行ってきます」と、笑って伝えているかのように。
傘から漏れた雨がトボトボと人形に当たっている。
それでも人形は、笑って手を振っていた。
失敗するかもしれない、
でも 結果ではなく、歩き出そうとするその姿が
すでにもう誰よりも格好いい
今 動けないのは 雨が降ってるからかもしれない
でもさ 雨なんて待ってても止まないよ。
濡れてもいいから 前に進もう
そう思える時が 動き出すチャンスなんだ。




