第26話 学校に行く編 10 最後のメッセージ
がり勉猫は、県警本部の真ん前に立っていた。
そこには、手作りの大きな横断幕が掲げられている。
がり勉猫「真実を明らかにせよ!!! いじめを認めろ!!! モチロウさんの名誉を傷つけるな!!! 加害者はモチロウさんに謝罪しなさい!!!」
たった一人。
がり勉猫は声を枯らし、抗議デモを続けていた。
風の日も、激しい雨の日も、その場所から一歩も動こうとしない。
時折、ネコロボが心配して食事を運んでくるが、がり勉猫はほとんど口にしようとしなかった。
街の大型ビジョンやテレビのニュースが報じるのは、今日も「政治家が10万円を配った」という話題ばかり。
奪われた大切な小さな命の報道は、微塵もなかった。
10万円の給付金よりも安く扱われる、子どもの命。
食事の容器を回収し、実験室へと戻ったネコロボは、そのままモチオの部屋へと向かった。
開いたドアの隙間から、暗い部屋の奥を見つめる。
モチオはベッドの上で、抜け殻のように微動だにしない。
モチオは、背後に立つネコロボの気配を静かに感じていた。
モチオ「……もう、1週間だな」
ネコロボ「……そう、ですね」ネコロボはそれだけ答えると、静かにドアを閉めて去っていった。
*県警前の抗議は続いていた。がり勉猫の体は見るからに痩せ細り、声に力はなくなっていたが、それでも執念だけで叫び続けていた。
そこへ、実験室に帰ったはずのネコロボが、なぜか険しい表情で戻ってきた。
ネコロボの目が、冷たくそびえ立つ警察署の重い扉をロックオンする。
――ウィィィン! ガシャリ!
がり勉猫「待ちなさい!!!! ネコロボ!!!!」
ネコロボはがり勉猫の制止を振り切り、警察署の敷地内へと猛然と突撃した。
ネコロボ「もう限界です!!! みんなも……そして、がり勉猫、あなたも!!!」
がり勉猫「待ちなさいと言っているのです!!!」
悲鳴のような声を上げ、がり勉猫がその後を追いかける。
警察署のロビーに侵入したネコロボは、集まってきた警察官たちに囲まれながらも、システムが壊れるほどの音量で叫び続けた。
ネコロボ「モチロウさんの夢を!!! モチロウさんの未来を!!! モチロウさんの名誉を返せーーーーーー!!!!!」
何十人もの警察官に取り押さえられ、最終的に二人は確保された。
静まり返った留置場(牢屋)の床に、二人は並んで座らされていた。
がり勉猫「……はぁ。大事に至らなくてよかったです。まさかあなた、内蔵ランチャーを使うかと思いましたよ。それだけは、不幸中の幸いです……」
ネコロボ「………………」
ネコロボは何も言わず、ただ赤く明滅するエラーランプをじっと見つめていた。
*2日後。二人は釈放された。
警察としては、表立って警察署に侵入された事実を公表したくなかったため、被害届を出さない代わりに「二度と近づくな」という条件をつけての釈放だった。
しかし、事態は最悪の方向へと転がった。
メディアは真実をすべてねじ曲げ、大々的なニュースとして報道したのだ。
テレビや新聞のタイムラインには、悪意に満ちた見出しが躍った。
『暴走した危険なAIロボと、マッドサイエンティストの凶行』
『AIに支配されれば、人間社会は壊滅させられる。規制の強化を』
『あのAIロボは、以前から河原で少年をいじめていたとの証言も』
『マッドサイエンティストのがり勉猫は、地下で怪しい違法薬物を作っている』
報道の翌日から、猫たちの実験室の周りは一変した。押し寄せてきた大勢の野次馬、そして容赦なく投げ込まれる石の嵐。
――ガシャーーーン!!!(窓ガラスの割れる音)
野次馬たち「AIロボなんて今すぐ破壊しろ!!!」
野次馬たち「このマッドサイエンティストめ!!!」
野次馬たち「人殺しの味方をするな! 出ていけーーー!!!」
激しい罵声と石の雨は、昼夜を問わず、連日連夜ぶっ続けで実験室に降り注いだ。暗闇の中、割れたガラスの破片が床で冷たく光っている。
実験室の窓ガラスは割れ、外からは連日連夜、激しい罵声と石の雨が降り注いでいた。
コツ勉猫「困りましたね……。これじゃあ、外に出ることもできません」
コツ勉猫は不安そうに、部屋の隅を見つめた。そこには、ネコロボが壁にもたれかかるようにして、ぐったりと腰を掛けている。エラーランプすら消え、完全に沈黙していた。
がり勉猫「……もう『ネコロボを起動させない』という警察との約束です。仕方がありません」がり勉猫は悔しさに唇を噛み締めながら、静かに首を横に振った。
*一方、モチオは外野の激しいヤジなど一切耳に入らないかのように、暗い部屋の真ん中で、ただ一点をじっと見つめ続けていた。
その凄まじいヤジは、丸3日間降り続いた。
しかし――4日目を迎えた朝、外の騒音がピタッと止んだ。
実験室のパソコンに向かっていたモチタが、ある画面を発見して目を見開いた。
モチタ「がり勉猫! これ、見て……っ!!」促されて画面を覗き込んだがり勉猫の目が、激しく揺れる。
それは、とある『X(旧Twitter)』の投稿だった。
『がり勉猫先生は優しい。モチロウ先生も優しい。ネコロボも優しい。テレビの言ってることは、みんなみんな嘘です!』
投稿者は、フリースクール「ネコ塾」の卒業生だった。
そのポストを皮切りに、ネコ塾の卒業生や在校生たちが、こぞってリプライを送り始めたのだ。
「ネコ塾のおかげで、私はまた学校に行けるようになりました」
「モチオ先生も馬鹿だけど、本当はすごく不器用で優しいんだ!」
そこには、楽しそうに笑い合うフリースクールの写真が、何枚も添付されていた。
がり勉猫「みなさん……っ」
そこへ、
モチクロが息を切らせて部屋に飛び込んできた。
Xでの大騒ぎを伝えようとしたのだが、あのがり勉猫がボロボロと涙を流している姿を見て、すべてを悟って足を止めた。
コツ勉猫「お兄様が……泣くなんて……」
コツ勉猫も、がり勉猫の涙を見て、シクシクと泣き出した。
子猫たちの草の根運動は、日に日に爆発的な広がりを見せていった。
世間の目は一転し、モチロウの死に対する警察の不自然な処理を疑問視する声が続々と上がり始める。
中には、「新しい学校で、モチロウがいじめられているのを見た」という同級生の告発まで現れた。
そんな中、ある『一つの投稿』が、戦況を完全に、そして一気に引っくり返した。
その投稿には、文字は一切なかった。
ただ、真っ黒な画面。
そこから、心臓を抉るような「音声」だけが流れ始めたのだ。
*【音声】
モチロウ『モチオたちのことを……バカにするなっ!!』
加害者たち『痛いなら痛いと言えよ!! ほら! ほら!』
激しい打撃音と、衣類が擦れる生々しい音が響く。
モチロウ『僕は負けない……僕は負けない! お前たちなんかに、絶対に負けない!』
加害者の一人『おい……お前、さすがにナイフはやばいって……』
加害者の一人『なんだよ、ちょっとだけビビらせるだけだよ!』
モチロウ『モチオたちに謝れ!!! ネコロボはポンコツじゃない!!!』
加害者の一人『ガタガタうるせーな! ほらっ!!』
――タタタッと、激しくもつれ合う足音。
――キィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!!(急ブレーキの音)
――ドゴンッ!!!!!(凄まじい衝撃音)
加害者の一人『……俺、知らねーよ……俺、知らねーよ……っ!』
加害者の一人『みんな、逃げろ!! このことは全員、絶対に内緒だからな……!!』
バタバタと逃げていく複数の足音。
そこへ、激しくドアを開けて飛び出してくる一人の大人の声が重なる。
トラック運転手『おい、坊主! おい、坊主、しっかりしろ!!! 今すぐ救急車を呼んでやるからな! しっかりしろーーーーーっ!!!!』
――プチッ。
音声は、そこで冷たく途切れた。
*投稿者のアカウント名は、こう記されていた。
【みんな、モチオを助けてあげて。ネコロボ、モチオを頼んだよ】
実験室の中に、息が詰まるほどの長い沈黙が流れた。
やがて、モチクロが震える声で、ぽつりと言葉を漏らした。
モチクロ「……モチロウ」
「そんな馬鹿げた、出来過ぎた話があるはずがない」いつもなら、
科学者であるがり勉猫はそう言って一蹴しただろう。
しかし、今のがり勉猫もまた、溢れる涙を止めることができなかった。
がり勉猫「モチロウさん、あなたは……最後の最後まで、私たち、モチオさんのことを……」
モチロウが命を懸けて守ろうとした絆の証が、今、暗闇に閉ざされていた実験室に、一筋の烈しい光を突き刺そうとしていた。




