第24話 学校に行く編 8 スポットライト
食卓についたモチオは、ある強烈な違和感を覚えていた。
夕食の席にモチロウがいるせいじゃない。
こんなものは、もうしょっちゅうのことである。
それは……。
いつも出されるモチオのオムライスに、ケチャップのハートマークがない。
一方、隣のモチロウのオムライスには、これでもかと特大のハートマークが描かれていた。
しかも、いつも以上に食卓が豪華である。
がり勉猫「よし、始めましょう」
がり勉猫の合図とともに、コツ勉猫が大きな誕生日ケーキを嬉しそうに運んできた。
モチオ「俺の誕生日は……再来月ニャ。でもまあ……いいか。なんか照れるニャーーーー……」にやにやと顔をにやけさせるモチオだったが、
――ストン。
ケーキは非情にも、モチロウの前に置かれた。
モチオ「モチロウ! お前の誕生日はもう過ぎたはずニャ!!」
がり勉猫「やはり……モチロウさん。あなたから、みんなに報告してください」
がり勉猫はモチオの抗議を完全にスルーして、モチロウを優しく促した。
モチロウは少し緊張した面持ちで、すっと背筋を伸ばした。
モチロウ「僕……学校に行くことを決意しました!」
がり勉猫、コツ勉猫、ネコロボは深く大きく頷いた。
しかし、何も聞かされていなかったモチオ、モチタ、モチクロの3人は、
モチオ・モチタ・モチクロ「ええええええええええええええええ!!!?」
ひっくり返るほど驚く3人を前に、モチロウはさらに言葉を続けた。
モチロウ「僕ね、お父さんの仕事の都合で、引っ越すことになったんだ。だからこれを機に、新しい学校へ転校することにした。そこで、もう一度やり直すんだ。僕……僕……僕ね――」
モチロウは、不安そうにがり勉猫を見た。
がり勉猫は、包み込むように大きく深く頷いてみせる。
モチロウは意を決して、大きな声で宣言した。
モチロウ「将来、教師になりたいんだ!!!!」
驚きとどよめきに包まれる。
モチオ「あんな薄給、ブラックのどこがいいのかねー……」
モチオはオムライスをつつきながら、ボソッとつぶやいた。
ネコロボ「ちなみに、モチオさんが教師になれる可能性は2%です。なりたくてもなれませんのでご安心ください」
一同「あははははは!」
ネコロボのマジレスに、またしても大きな笑いが起きた。
がり勉猫「さあ、まずは皆さん、ジュースで乾杯です! あとネコロボは潤滑油ね。では……」
モチタ「何に乾杯するの?」
がり勉猫「決まっています! モチロウさんの素晴らしい決断に、明るい未来に、そしてこれから始まるAIのさらなる進化に、そして宇宙の――」
話が壮大になりかけたその瞬間、
モチオ「かんぱーーーーーい!!!」
モチオが唐突にグラスを掲げて叫んだ。
一同「カンパーーーイ!!!」
みんなで夕食を囲み、賑やかで楽しい、最高のパーティーが始まった。
*楽しいパーティーも、いよいよ締めくくりの時間になった。
モチロウは、みんなの顔を一人ずつ見つめながら、改まって話し始めた。
モチロウ「僕ね、みんなと過ごした時間、とっても、とっても楽しかった。こんな学校があればいいなーなんて思ったんだ。だから、僕、教師になろうと思ったんだよ。みんなと過ごした素晴らしい時間みたいな、そんな学校を自分の手で作るために」
モチロウは、一人ひとりに感謝を伝えていく。
モチロウ「がり勉猫。AIのプログラミングの話、いっぱいしたね。すごく楽しかった!」
がり勉猫「ええ、最高の生徒でしたよ」
モチロウ「コツ勉猫。少女漫画ごっこ、面白かったよ。コツ勉猫はきっと、いいお奥さんになるね」
コツ勉猫「うぅ……っ」
モチロウ「モチタ。一緒にゲームしたね。楽しかったよ!」
モチタ「うん、またいつでも通信しよう!」
モチロウ「モチクロ。一緒に絵を描いたね。勉強もたくさん教えてくれて、ありがとう」
モチクロ「どういたしまして。体に気をつけてね」
みんな、寂しさを堪えて涙をこらえている。
少女漫画ごっこを褒められたコツ勉猫は、もう我慢できずにシクシクと泣き出してしまった。
がり勉猫「コツ勉猫、泣いてはいけません。モチロウ君の晴れの門出です。笑顔で、笑顔で見送りましょう」
コツ勉猫は「うん、うん」と必死に頷いたが、大粒の涙は止まらなかった。
モチロウ「ネコロボ……ありがとう。僕のことを、いつも励ましてくれて……」
ネコロボ「すみません。私はAIですので……感情というプログラムは……」
ネコロボは淡々と、いつも通りのトーンで返す。
モチロウ「ふふっ、いいよ、わかってる」モチロウは優しく微笑んだ。
モチロウ「そして……モチオ……」
最後の感謝を伝えようとしたモチロウの言葉を、モチオは大きな声で遮った。
モチオ「ああああああああああ! しみったれた食事は嫌にゃ! さあ、まだ唐揚げとエビかつが残ってるぞ! 食おう食おう、ほら食え!!」
ネコロボ「モチオさんの表情から察するに、これは――」
モチロウ「ふふっ、いいよ、ネコロボさん」
言いかけたネコロボを制して、モチロウは優しく笑った。
「これがモチオだから」
*パーティーが終わり、別れの時がやってきた。
モチロウ「じゃーね、みんな。遠くになっちゃうけど……時々また、絶対に遊びにくるから!」
みんなは玄関の前に並び、小さくなっていくモチロウの背中に大きく手を振り返した。
しかし、その中で一人、モチオだけが顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいた。
モチオ「あああああああ、腹立つ! あああああ、腹立つ!! ……ああああ、本当に腹立つ!!! モチロウのやろうっ!」
言うが早いか、モチオはもの凄い勢いでモチロウの後を追いかけて走り出した。
驚いて制止しようとするモチタやコツ勉猫を、がり勉猫がそっと手で止める。
がり勉猫「最後は、二人きりにしてあげましょう。……さあ、みんな、私たちは中を片付け始めましょう」
*夜の道を歩くモチロウの後ろ姿に向かって、モチオは全開で叫んだ。
モチオ「モチロウのバカ! アホ! お前なんかどこへでも行け!!! もう知らん! 勝手に引っ越しなんて決めやがって!!」
モチロウは驚いて振り向いた。
モチロウ「モチオ……。今まで本当にありがとう。君が河川敷で声をかけてくれなかったら……僕、今頃どうなってたか分からないよ」
モチオ「そんな話はしてない!!! お前はバカだ! 大アホだと言ってるんだニャ!」
モチロウ「本当に、本当に……ありがとう」
モチロウの瞳から、堪えきれなくなった涙が次々と溢れ、頬を伝ってこぼれ落ちる。
モチオ「だから! そんな話はしてないって言ってるニャ! お前がアホだという話を一貫してしてるんだニャ!」
激しく言い返すモチオの目にも、大粒の涙がたまっていき、やがて視界を遮るように流れ出した。
モチロウ「ありがとう、モチオ。ありがとう……僕と友達になってくれて……」
モチオ「そ……そ……そんな話じゃない!! やっぱりお前は大アホじゃ! 友達に向かって『ありがとう』なんて、そんなよそよそしい事言うんじゃないわ! だからお前はアホなんだ!!」
モチロウは涙を拭うと、リュックから何かを取り出し、モチオの手にそっと握らせた。
それは、モチロウがお手製で作った、ネコロボの小さな小さなぬいぐるみだった。
モチロウ「上手くはないけど……僕、ずっとお守り代わりに持ってたんだ。なんか勇気が出ない時、これを見てると、ネコロボさんの知恵や力を借りられるような気がしてさ。
……これからは、これ……モチオに持ってて欲しいんだ」
モチオ「…………………………」
モチオは渡された歪なぬいぐるみをじっと見つめ、言葉を失った。
モチロウ「じゃ……もう時間だし、行くね」
モチロウは今度こそ前を向き、歩き出した。
もう、二度と振り返らなかった。
モチオは泣きじゃくりながら、遠ざかるモチロウの背中にがむしゃらに叫び続ける。
モチオ「お前! 新しい学校でちゃんとやらないと承知しないぞ!!! ちゃんと勉強して、絶対に教師になれよ!!!! ……でも、もしダメなら、いつでも俺のところに戻ってこい!!!! 毎日だって連絡してこいニャ!! あああああもう、大アホ! バカ! 間抜けぇーーー!!」
モチオは自分でも分かっていた。そんな悪口を言いたいんじゃない。
本当に伝えたい言葉は、そんなものじゃない。
モチオは息を大きく吸い込み、夜空が震えるほどの声で叫んだ。
モチオ「絶対に負けんなよ!!!!! 俺がついてる!!! どんな時も、俺がついてるからな!!!! 絶対負けるな、モチロウ!!!!!」
モチオは両手を口に当てて、全力のエールを送り始める。
モチオ「フレー!!! フレー!!! モ・チ・ロ・ウ!!! フレー!!! フレー!!! モチロウ!!! フレーーーーー!!! フレーーーーー!!! モチロウーーーーーーー!!!」
モチロウは、振り向かなかった。
今ここで振り向いたら、もう前を向いて歩き出せない気がしたから。
代わりに、モチロウは涙で濡れた右手の拳を、夜空に向かって力強く、大きく突き上げた。
時折、道沿いの街灯がモチロウの姿を白く照らす。
それはまるで、未来の夢に向かって進むモチロウを祝福する、極上のスポットライトのようだった。
どんどん小さくなっていく親友の背中に、モチオは声が枯れるまでエールを送り続けた。
いつの間にか後ろに立っていたがり勉猫が、モチオの肩を優しく叩く。
がり勉猫「モチオさん……もうモチロウさんは行っちゃいました。そろそろ……中に入りましょう」
モチオはその場にガクッと膝をつき、地面を濡らすほどの大粒の涙を流し続けた。握りしめた小さなぬいぐるみを見つめながら、届くはずのない声を、ぽつりとこぼす
モチオ「こっちこそ……ありがとうな、モチロウ」
帰る場所があるから鳥は羽ばたいていける。
帰る家があるから人は挑戦できる。
失敗したらどうしよう、、、
でも大丈夫、もう一回 家に戻ってやり直せばいい。




