第21話 学校に行く編 5 かつての自分
午前7時29分。
朝の生活に慣れてきたせいか、目覚まし時計が鳴るよりも早く、モチオは目を覚ました。
そこからは、いつものルーティーンが始まる。
がり勉猫「モチオさん、おはようございます。今日は3月17日の月曜日。気分はいかがですか?」
モチオ「まあまあニャ」
いつもと違うモチオの返答に、がり勉猫は少し驚いた表情を見せた。
しかし、すぐにいつもの調子を取り戻して答える。
がり勉猫「そうですか」
そうして、いつもの朝食が始まった。
モチタ「モチオ、いつものお願い」
モチオ「断るニャ。今日は用事があるニャ。そもそも自分でやらないと、RPGなんてどこが面白いんだニャ?」
あっさりと断ったモチオは、続けて、ショックで食事が進んでいないモチクロにも淡々と話しかけた。
モチオ「モチクロ、塾のテストで35番だったらしいニャ。何を凹んでるニャ? 次にまた10番以内に入ればいいだけニャ。35番の黒歴史など、新しい結果で上書きされるニャ。腹が減っては算数も出来ぬニャ。まあ、俺はお腹いっぱいでも算数は苦手だけどニャ」
モチクロは「……よし」と小さく呟き、ようやく食事を口にし始めた。
そして、毎朝恒例の儀式がやってくる。
がり勉猫が、モチオに今日の予定を問いかけようとした。
モチオ「そうだニャ。今日は――」
がり勉猫「河川敷」
モチオ「河川敷ニャ」
二匹の声が、完全に重なった。
がり勉猫は、モチオの言葉を遮ってしまったことを慌てて謝った。
モチオ「どうせそう言うと思っただけニャ」
モチオは気にした風もなく、そう受け流した。
今日もネコロボが部屋まで迎えに来て、例の魔の玄関口へと向かう。
そこにはやはり、コツ勉猫が待ち構えていた。
(今日は……お弁当はないよなニャ……)
コツ勉猫「あなた、今日は、な――」
モチオ「お前、母上にカステイラを作ったようだニャ。母上は大変喜んでいたニャ」
コツ勉猫は「えっ!?」と声を漏らし、完全に戸惑った。
モチオ「そこは『出過ぎた真似をして、申し訳ございません』だろ、ニャ?」
コツ勉猫は「あ、あああ……その……」と、あわあわしながらフリーズしている。
モチオ「じゃ、行ってくるニャーー!!」モチオは明るく声をかけると、呆然とするコツ勉猫を置いて勢いよく外へ飛び出した。
散歩の途中、モチオは隣を歩くネコロボに話しかけた。
モチオ「どうだったニャ? あのコツ勉猫。アドリブが全然利かないニャ……。あの顔、最高にウケるニャ」
ネコロボ「あれは『わたしの幸せな結婚』ではありません。『大正身代わり婚』です」
モチオ「どっちも大体同じニャ! でも……もしかしたらあいつ、身代わり婚の設定は知らなかったのかも知れないニャ」
ネコロボ「それは問題ありません。コツ勉猫は『大正身代わり婚』も熟知しています」
モチオ「にしても、そっくりなんだニャ、あの漫画。どっちがどっちか分からんニャ。ネコロボはどう思うニャ?」
モチオ「私は答えません! その質問はプロテクトされてます!!」
ネコロボ「私は答えません! その質問はプロテクトされてます!!」
ネコロボが口を開くより一瞬早く、モチオがそのセリフを完全に奪い取ってみせた。
ネコロボ「……答えが予測される質問は、意味がありません」ネコロボの不満げな様子に、モチオは皮肉っぽくニヤリと笑った。
モチオ「そうニャ?」河川敷に到着すると、いつものようにお弁当を広げる。
ご飯の上には、やっぱり海苔アートが施されていた。
『プレゼント、ありがとう♡』それを見た瞬間、モチオはげんなりとした声を上げた。
さらにお弁当箱のナカミを確認して、さらに眉をひそめる。
モチオ「おかずにエビカツが入ってるニャ……。俺、昨日マックで食べたばかりニャぞ」
ネコロボ「それだけコツ勉猫さんは嬉しかったのでしょう。モチオさんのお土産が」
モチオ「そうかも知れないけどニャ……。でも、二日連続はきついニャ……」
ネコロボ「わかりました。コツ勉猫さんにそれを伝えておきます」
モチオ「やめてニャーー! 絶対にニャ!!! 『あなた、浮気したでしょ!?』の修羅場劇が始まるニャーーー! 勝手に変な名刺をポケットに入れられて、『あなた、これ何よ!!!』って詰め寄られるやつが始まるニャーー!!」
ネコロボ「……さっきのお返しです」
ネコロボの仕返しに、モチオは思わず声を上げて笑った。
ネコロボの表情も、いつもより余計に笑っているように見えた。
いつもの川のせせらぎが、今日はいつも以上に心地よく耳に届く。
ふと、モチオの視界の中に一人の男の子の姿が飛び込んできた。
河川敷に、ぽつんと一人きりで座り込んでいる。
モチオ「ネコロボ、あれは誰ニャ?」モチオはその背中を指差した。
ネコロボ「平均身長と体重から推測するに、小学3年生の男の子のようです」
モチオ「こんな時間に……学校サボりかニャ。ま、俺も人のこと言えないけど……ニャ」
そう言って一度は目をそらそうとしたモチオだったが、どうしてもその男の子のことが気になって仕方がなかった。
小さく丸まったその男の子の背中に、かつての自分の姿を重ねて見ているようであった。




