第18話 学校に行く編 2 結果を求めない行動
モチオとネコロボは研究室に戻った。
その瞬間、モチオの緊張は一気に高まった。
玄関では、コツ勉猫が三つ指を立てて待ち構えていたのだ。
モチオは引きつった顔のまま、助けを求めるようにネコロボを見た。
ピピっ。ネコロボは無機質な機械音を立てただけだった。
緊張のあまり、玄関口で立ちすくむモチオ。
ピピピ。
ネコロボはもう一度、せかすように機械音を響かせる。
モチオは心の中で毒づいた。
(わかりましたよ、わかりましたよ! 行きゃあいいんでしょ、行きゃあ!)
意を決してモチオが玄関を一歩進むと、コツ勉猫は頭を床にこすりつけるようにして平伏した。
コツ勉猫「本日は、お弁当をお食べにならなかったのですか?」
モチオはあらかじめ決められた台詞を、完全に感情を失った棒読みで返す。
モチオ「他人が作ったものなど食べられるかニャ。毒が入っているかもしれんからなニャ」
コツ勉猫「決してそのような事は……! 申し訳ございません」
演技を終えたモチオとネコロボは、コツ勉猫の横をすり抜けた。
そして、一定の距離を取るや否や、足早に台所へと向かう。
モチオ「あれは……一体何なんだニャ!?」
ネコロボ「それだけ今日は機嫌がいいってことでしょう。今日の夕飯は楽しみですね」コツ勉猫の機嫌がすこぶる良いとき、かつ時間がピッタリ合うと必ず始まる、
このよくわからない寸劇。
モチオとネコロボは、本当は綺麗に平らげた空のお弁当箱をそっと置いた。ネコロボ「これをお忘れです」そう言ってネコロボが自分のお腹のパーツから取り出したのは、一本の「櫛」だった。
それを器用にお弁当箱の横に置く。
モチオにはさっぱり意味がわからなかったが、ネコロボは満足げに頷いていた。
ネコロボは、モチオを部屋の前まで送り届けるのが毎日の日課だ。
しかし、今日は違った。ネコロボが役目を終えて去ろうとしたとき、モチオが引き止める。
モチオ「ちょっといいか……ニャ」モチオの胸の中には、どうしても拭えない疑問が残っていた。
◇部屋の中。
モチオ「あれは一体何ニャ? また漫画か何かの真似かニャ?」
ネコロボ「そうですね。『わたしの幸せな結婚』です。
あれが結構、最近のコツ勉猫のお気に入りですね」
モチオ「あいつはどんどん変になってるニャ。この前はいきなりテントに住んでみたり、干支の置物を並べ出したり……。知らない人の遺影に向かって『お母さん行ってきます』とか言ってたしニャ……」
ネコロボ「それは『フルーツバスケット』ですね」
ネコロボは淡々と元ネタを特定していく。
そこでモチオは、ずっと気になっていた疑問を口にした。
モチオ「あんなことやってて、がり勉猫は怒らないのかニャ?」ネコロボは冷静に答えた。
ネコロボ「がり勉猫さんは最初は否定的でしたが、実はあれをやることで、コツ勉猫の能力は著しく上がったと説明していました」
モチオ「どういうことニャ?」
ネコロボ「ずっと責務ばかりをこなして緊張状態が続くと、パフォーマンスが落ちます。ストレスも溜まります。だから、あのように漫画という余暇を取り入れることにより、良いバランスで『緊張と緩和』が保たれるのです」
モチオ「そうだな……そうかも……ニャ」
ネコロボ「これはコツ勉猫だけではありません。モチタはゲーム、モチクロは絵を描くことです。こうやってみんな『緊張と緩和』をうまく持ち、目標に向かって進んでいます。がり勉猫さんだって……」
モチオ「まさかニャ……。あいつは勉強が趣味、勉強が特技、勉強が食事、みたいなやつニャぞ」
ネコロボ「いいえ。がり勉猫さんも、お笑い同好会やラーメン同好会などに所属しています。この前など、R-1グランプリにも出ましたよ、がり勉猫さん」
モチオ「嘘だろニャ……! で、結果はどうだったんだニャ?」
ネコロボ「一回戦敗退です。誰もクスリとも笑いませんでした」
モチオ「なんで下手なのに……挑戦するのかねニャ……」
ネコロボ「これはみんなそうです。コツ勉猫もギャル語は未だに壊滅的です。モチタも格闘系ゲームは上手ですが、RPGは全く駄目ですし、モチクロも絵は決して上手だとは言えません。……なぜ、そんな事を聞くんですか?」
モチオ「………………」
ネコロボ「下手でもいいんです。目標に向かって頑張る緊張をほぐすもの。それが趣味だったり、好きなことだったり……。上手いか下手かなど、どうでもいいのです。目標だけに生きるのもつまらない、緩和だけに生きるのもまた、つまらない。そういう人間の心理なのかも……しれません」
モチオは何も言わず、ただ、ある一点を指差した。
モチオ「俺が何に悩んでいるか……知っているかニャ?」その指の先には、いくつかのフリースクールのパンフレットが並んでいた。
ネコロボ「なるほど……」
モチオ「なんか……そうニャ。俺にはやりたいことも、目標もあるのかないのか……時々、悩むニャ。
お前の言う『緩和』も……俺にはないニャ」
ネコロボ「悩むことは良いことです。考えている、ということですから」
モチオ「どうしようかな……どう思う、ネコロボ?」そう問いかけてみたものの、モチオはやはり、それ以上聞くのをやめた。
モチオ「やっぱり……いいニャ。お前はAIだからなニャ。答えは出せない……??? いや、もしかしたら出せないのか、それとも、あえて出さないのか、どっちニャ?」
ネコロボ「その質問はプロテクトされているため、お答えできません……」
モチオ「やっぱりなニャ……。人の人生を左右する決断は、自分でしろ……ということニャな」
ネコロボ「そういうことです」
少しの他愛のない会話を済ませ、役目を終えたネコロボは静かに部屋を去っていった。一人きりになった部屋。
モチオは机の上のパンフレットをじっと見つめる。
(これが……俺の、目標……????)
(それも……また、違うような……)




