第17話 学校に行く編 1 慣らし運転は必要
とある朝。
モチオは教室の扉の前に立っていた。
大きく深呼吸をする。
「さ、気合い入れていきますか」
そうつぶやき、固く重い教室の扉を開ける。
ここまでのモチオの決意と葛藤のストーリーが、今、始まる。
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午前7時30分。目覚まし時計が鳴る。
モチオはおもむろに目覚ましを止め、もそっと起きだした。
その顔は完全に無表情である。歯を磨き、朝食のテーブルについた。
がり勉猫「モチオさん、おはようございます。今日は3月15日の金曜日。気分はいかがですか?」
モチオ「最悪ニャ」
がり勉猫「そうですか……」
モチオ「だが、昨日よりはマシだがなニャ」
がり勉猫「でしょうね。そんな気がします」
朝の挨拶は、これがいつものお決まりであった。
そして食事も同じである。朝食のメニューは、パン、コーヒー、野菜。
そして、ケチャップでハートを描いた目玉焼き。
コツ勉猫は忙しそうに、そして嬉しそうに朝食の準備を整えていく。
そこへ、モチタとモチクロも合流してテーブルについた。
がり勉猫、コツ勉猫、モチタ、モチクロ、そしてモチオ。奇妙な同棲生活の朝が始まる。
朝食がすべてテーブルに並んだ。
がり勉猫「さあ、頂きましょう」
食事をしながら、他愛のない会話が交わされる。
毎日恒例の儀式が始まった。
がり勉猫「今日は私は、午後から学会に呼ばれています。それからネコ塾へ」
モチオは心の中で思った。(あれから、ネコ塾という単語が頻出するが、知らない。ネコ塾ってなんなのか……。ま、あんまり興味ないしなニャ……)
わざわざ聞き返すのはやめておいた。
コツ勉猫「私もお兄様と学会に同行し……それからは、モチポよさんのお宅へ」
モチオの心の声(まだ、あのギャルと交流あったのか……。まだコツ勉猫はギャルに興味があるのかニャ)
しかし、これも聞き返すに至るほど興味はわかなかった。
モチタ「僕は今日は学校だけだね。あとはドラクエの攻略……」
モチクロ「僕も今日は学校と……それから塾かな」
モチタ「あ、モチオ。いつもの……お願いね?」
モチオ「あー-、わかってるニャ。どうせやることないしニャ」
隠語による会話。
これは「ドラクエのレベル上げをしておいてくれ」という意味である。
「で、モチオは?」がり勉猫は必ず問いかけてくる。
モチオ「特に……ないニャ」そう言うと、がり勉猫は必ずこう切り返すのだった。
がり勉猫「特にない日なんてありませんよ。なんでもいいから……あ、そうだ。今日は天気もいいし、ネコロボと河川敷にいく、というのはいかがですか?」
モチオ「じゃー、それでニャ」
これもまた、毎朝のお決まりであった。食事が終わり、部屋に帰る。モチオは言われた通り、少しだけドラクエのレベルを上げておくことにした。
そして、午前10時50分ぴったり。
この時間になると、必ずネコロボがモチオの部屋にやってくる。
用事がある日も、何もない日でも、毎日欠かさずに。
ネコロボ「モチオさん、お出かけしましょう」ネコロボからの誘いはわかっているので、出かける準備はすでに済ませてあった。
玄関口に向かうと、そこで必ずコツ勉猫との寸劇が始まる。
コツ勉猫「あなた、これ……」
モチオは差し出されたお弁当を受け取った。
コツ勉猫「そして、あなたはこれね」コツ勉猫はそう言って、今度はネコロボにリュックサックを渡す。
そして、上目遣いでモチオを見つめた。
コツ勉猫「あなた……今日は何の日か、覚えてる?」
モチオは感情を失った棒読みで返す。
モチオ「ああ。結婚して……32日記念日だなニャ」
コツ勉猫「さ、す、が、あなた! じゃあ、いってらっしゃいませ!」
コツ勉猫の見送りを受けながら、二匹は家を出た。去り際、モチオは小さく息を吐く。
モチオ「この熱々新婚さんごっこは、いつまで続くニャ……」
ネコロボ「モチオさん、声を抑えてください。コツ勉猫に聞かれると後が大変ですから……」
そんなやり取りを挟みつつも、約一時間のネコロボとの散歩は決して悪くはなかった。
何気ない会話を交わす時間は、むしろ楽しいとさえ言える。
ネコロボ「もうすぐ春ですね……」
モチオ「だな……」
ネコロボ「モチオさんも、この生活に大分慣れてきたのでは?」
その言葉を聞いた瞬間、モチオは少し不機嫌そうに言葉を返した。
モチオ「それをお前が言うかニャ……。嫌でも慣れるニャよ……」
モチオの脳裏に、あの日の記憶が蘇る。
すべては、あのバーベキューの翌日から始まったのだ。
◇【回想シーン】
がり勉猫「さあ、起きてください!!! モチオさん!」
ガシャーーッ! と、カーテンが勢いよく思いっきり開け放たれた。
モチオ「まぶしいニャ!! まだ朝の7時30分ニャぞ。学校も何もない、まだ寝かせろニャ!」モチオは必死に布団にくるまった。
がり勉猫「起きませんね。ですが、そんなことは私の能力で予測していました。さあ、ネコロボ。よろしくお願いします」
ネコロボ「了解です」
ネコロボは平然と胸のボタンを押した。
次の瞬間。
モチオ「ぎゃーーー!!! 何の音ニャ!!!! 全身が身震いするニャ、やめろニャ!!!」激しい音と振動に、モチオは飛び起きた。
がり勉猫は、あらかじめ用意していたヘッドフォンを耳につけながら、涼しい顔で言った。
がり勉猫「猫に超不快な音を発生する、超音波発生装置をネコロボにつけました。
さあ、モチオさん。あなたが起きるまで、ずーーーっと鳴らし続けますよ!! 嫌だったら起きるのです!!!」
モチオ「ぎゃーーー!! ネコロボ、やめろーーーー!!!!」
ネコロボ「申し訳ありません。言っていることが、分かりません」
モチオ「ネコロボ! どっからそんなSIRIのギャグを学んできたニャ! ぎゃーーーやめろーーー! 起きる!! 起きるから!!! まずその音とめろーーーー!!」
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「あれは地獄ニャ……」モチオはぽつりとつぶやいた。
そんな過去の恐怖を思い出しているうちに、二匹は河川敷へと到着した。
時計の針はちょうどお昼を指している。
ネコロボ「今日は、このあたりにしませんか? 快適指数が一番高い場所です」河川敷の芝生の上で、ネコロボとモチオはお弁当の昼食を取ることにした。
モチオが包みを開いてお弁当箱の蓋を持ち上げると、中には豪華なおかずたちがきれいに並んでいた。
そして、ご飯の上には必ず、海苔を切り抜いた「ノリアート」が施されている。『I ♡ モチオ』このノリアートのデザインは、毎回変わる。
モチオ「今日は機嫌がいいみたいだなニャ」
ネコロボ「そうですね。そのようです」
モチオ「あの新婚さんごっこ、断ったら大変ニャ。お弁当はおかずなしの、ノリだけになるし……」
ネコロボ「そうですね。帰ったら『あなた、浮気してるでしょ? 許さない!』の劇が始まります……」
モチオ「あれも……地獄ニャ」首を振るモチオだったが、ふと、優しく微笑みながら言葉を漏らした。
モチオ「しかし……コツ勉猫は、きっといいお嫁さんになるだろうなニャ」
ネコロボ「それは極めて高い可能性で断言できます」モチオが美味そうにお弁当を食べ始めた。
すると、隣にいたネコロボが動いた。
ネコロボ「では、私もいただきます」そう言ってリュックサックから取り出したのは、小さな太陽光パネルだった。
ネコロボはそれを地面に置き、充電を始める。
モチオ「その充電じゃ、ほとんど効果はないだろニャ?」
ネコロボ「いいんです。モチオさんと一緒に食事を楽しみたいのです。私がコツ勉猫に頼みました」
モチオ「なんかネコロボといるのに、自分だけ食べるのは気まずいって、俺が……いや、俺が言ったのを気にしてるのかニャ?」
ネコロボ「いいえ。私がそうしたいのです」モチオは少し照れくさそうにはにかむと、いたずらな顔をしてお弁当の卵焼きを一つ箸でつまみ、差し出した。
モチオ「食べるニャ?」ネコロボ「いただきます。……ムシャムシャ」ネコロボはセンサーをパチパチとさせながら、嬉しそうに食べるふりをした。
モチオ「これも新婚さんっぽいなニャ……。俺たちだって、コツ勉猫のこと悪く言えないなニャ……」
ネコロボ「ですね……」モチオは笑い、ネコロボも微笑んだ。
食事が終わり、しばしの間、川のせせらぎに包まれながら何気ない会話を続ける。
モチオ「あのさ、ネコロボ。夜の11時になると、家のWi-Fiが全部切れるのだけは、なんとかならんかニャ?」
ネコロボ「あれは、私ではないです。モチタもゲームができないと私に怒っていましたが、あれは私ではないです。実験室全体のシステムが、自動的にそうなっているようです」
モチオ「クソ! がり勉猫め!!!!」モチオは心の中で強く思った。
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【回想シーン】
がり勉猫「モチオさん! 学校に行く、行かないは関係ありません! 約束してください!」がり勉猫は厳しい表情で、いくつかの条件を突きつけてきた。
・生活リズムは崩さないこと
・今日は何月何日何曜日だと把握していること
・できるだけ多く会話すること
・毎日、なんでもいいから用事を作ること
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モチオ「夜にWi-Fiを止められると、やることがないニャ。寝るしか……ないニャ」
ネコロボ「私も……休止モードになるので……」しかし、モチオはわかっていた。
Wi-Fiがなければ、がり勉猫自身の研究の進みも遅くなるはずだ。
それなのに、がり勉猫やコツ勉猫は自分の成果よりも、モチオの生活リズムを崩さないことを最優先にしてくれている。
だからこそ、モチオはがり勉猫に直接、強く文句を言うことができなかった。
しかし、一方で。
モチオはまったく気づいていなかった。
がり勉猫が、こっそり自分専用のポケットWi-Fiを持っているということを――。




