第12話 不登校編 12 まずい夕食と長い夜
昼間の喧騒が嘘のように引き、気がつけばもう夜になっていた。
廊下の明かりだけが、破壊されたドアの隙間からモチオの暗い部屋をうっすらと照らしている。
モチオ「お前が全部捨てたのが悪いニャ!!! あああ、怒ると……更に腹が減ってくる……」
モチオが恨めしそうに床を睨みつける。
そう、ゲームの勝負に熱中させて油断している隙に、ネコロボは部屋に残されていた食料をすべて窓から投げ捨てていたのだ。
いわば、徹底した兵糧攻めであった。
ただただ、やることもなく、会話もなく、重い静寂が二人を包み込んでいく。
――ポリ、
モチオ「なんニャ! 今ネコロボから何か聞こえたぞ!」
ネコロボ「気のせいだ……機械音だ……」
また、静寂が包む。
――ポリ
モチオ「ぜってー! モチタ、中でせんべい食ってるやろうが!」
ネコロボ「いや……気のせいだ……」
実はネコロボの中のモチタも空腹で死にそうだった。
だが、がり勉猫が持たせてくれた秘密のリュックの中には、たくさんの食料品が詰め込まれていたのだ。
がり勉猫「さすが私! 長期戦は予測してました!!!」
がり勉猫はモニターの前で、自身の先見の明にフフンと胸を張った。
また、静寂が包む。
今度は――――ズルズルズル
モチオ「ぜってー! ラーメン食ってるやろが! おい! モチタ!!!! ズルだぞ! 兵糧攻めなんて!」
モチオが限界を迎えて掴みかかろうとした、その時だった。
ネコロボは唐突にお腹のハッチから、ほかほかと湯気を立てるラーメンを取り出し、モチオに手渡した。
ネコロボ「やっぱり、兵糧攻めなんて卑怯だよね! モチオも食べて……これしかないけど……」
モチオ「……!」
モチオはひったくるようにネコロボから丼を奪い、猛烈な勢いでガッツいた。
しかし、一口すすった瞬間に顔をしかめる。
モチオ「不味い……」モチオはラーメンのラベルに目を落とした。
モチオ「何にゃこれは? 『サンマサバイワシラーメン DHA 5000倍 君もこれで天才だ ラーメン』?」
ネコロボ「確かに……不味いね……」
一方、がり勉猫とコツ勉猫は、全く同じラーメンを啜っていた。
がり勉猫「おいしい……ですよね……」
コツ勉猫「どこが……不味いのかしら……」
二人は至って満足げだった。
モチオとネコロボは、静寂に包まれた暗い部屋の中、ラーメンをすする音と、時折こぼれる「不味い」という言葉だけを響かせあった。
しかし、モチオの胸には不思議な感覚が広がっていた。
栄養バランスの整った美味しいはずの学校給食。
だけど、誰とも話さず、孤立して食べたあの孤独の給食は、あんなに不味くて嫌でたまらなかったのに。
今、ネコロボと、中にいるモチタと一緒に食べる、このクソ不味いラーメンは――決して悪い気はしなかった。
ただただ、「不味いね」「うん、不味い」の言葉を交互に発し合って、ぎこちない会話を繰り返す。
食事が終わり、本当にやることがなくなった二人は、暗闇の中でなおもぎこちない会話を続けた。
モチオ「毎日、楽しいか?」
ネコロボ「別に……。そっちは?」
モチオ「別に」
ネコロボ「動画で最近おもしろいのとかある?」
モチオ「特に。そっちは?」
ネコロボ「特に」
モチオ「モチクロとかモチコは、変わったことないか?」
ネコロボ「別に……。モチオは?」
モチオ「別に……」
ネコロボ「部屋にいるのは窮屈じゃない?」
モチオ「別に。そっちこそネコロボの中は窮屈だろう」
ネコロボ「別に」
こんな、中身のない、けれど妙に心地いいぎこちない話を、二人は夜通し続けた。
そして――モチオとネコロボ、そして操縦席のモチタは、いつの間にか眠りに落ちていた。
部屋に一人でいた時のモチオは、なかなか寝付けず、いつも夜中にずっと天井のシミを眺めていた。
こんな風に、誰かと話しながら寝落ちするなんて、一体いつぶりだろうか。
真夜中。
完全に周囲が寝静まった頃、ネコロボのハッチが静かに開いた。ネコロボのシステムは、中から疲れ果てて眠るモチタをそっと抱き起こし、モチオの隣に横たえた。
そして、二人にそっと布団をかけた。
遠隔操作室のモニターの前でも、がり勉猫とコツ勉猫が疲れからすやすやと眠りについている。
ネコロボは二人を見守るように、静かに呟いた。
ネコロボ「モチタ、がり勉猫……あとは頼んだよ。私は、もうすぐ……」
そう言い残し、壁にもたれかかったネコロボは、ゆっくりと機能を停止し、深い休止モードに入った。
静かに、朝が明けた。
カンカンと照りつける真昼の光ではなく、まだ柔らかい朝の光の中。いつものように電線にはスズメたちが鳴いている。ただいつもより1匹少ないようである。




