第11話 不登校編 11 異常な籠の中の普通の鳥
次に手慣れた手つきで携帯のX(旧Twitter)を開いた。
画面のトレンド欄を覗くと、現在『日本の教育オワタ』というワードが爆速で浮上していた。
上位にあるポストをスクロールしていく。
「影が伸びるのは、太陽が動いてるから らしい。小学校のテストで『地球が自転しているから』って書いたらバツ喰らったんだが? 教科書が天動説で草」
その投稿に対するタイムラインの反応は、辛辣かつユーモラスだった。
「まさかの令和で天動説」
「コペルニクスも涙もの」
「日本の理科教育、ガリレオの時代から進歩してなくてオワタ」
次のポストが目に留まる。
「立方体の求め方、必ず、縦×横×高さの順でかけってブチ切れられた。掛け算の順序に命かけてる老害教師マジで義務教育終わってるだろ」
これに対するリプ欄も大荒れだった。
「ひっくり返せばよくね?」
「寝ながら見たら縦横変わるぜ」
「交換法則すら否定する義務教育の敗北」
(……みんな、同じことを思ってるんだ)
胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じながら、モチオは衝動的に、今まで学校で誰にも言えずに怒られた疑問を、恐る恐る投稿してみた。
【6÷0=0じゃない と言ったら、先生にガチギレされた。】
すると、瞬く間に通知ランプが激しく明滅し、驚くほどの勢いでリプライが付き始めた。
「マジで学校教育クソ。ゼロ除算は定義不可って数学科の教授が言ってたぞ」「6個のリンゴを0人で分けたらリンゴ消える説! 先生の脳みそも消えるに一票」
「そもそも問題の定義として不定、=使って教えてる時点でマジで義務教育終わってる」
画面の向こうの見知らぬ誰かたちが、一斉に自分の味方をしてくれている。
モチオはそれが堪らなく嬉しかった。
味をしめて他にもいくつか日頃の不満を投稿してみるが、どれもこれも驚くほど共感を得る内容ばかりだった。
さらにもう一個、別のトレンドワードをタップした。
『ドラクエ3 改悪のお知らせ』
レトロゲーム界隈が怒りで沸騰している。
「まものつかいってなに? 2回攻撃って何? 難易度ヌルゲーにしすぎて緊張感ゼロなんだが」
「ファミコン版の、あのセーブ消えまくる恐怖と全滅したら即リセットの難易度! 令和のゆとり子には絶対無理」
「便利になりすぎて冒険感がない。やっぱりドラクエ5が一番名作の件。モンスターを仲間にする確率の絶妙さを今の運営は見習え」
「アイテム手に入りやすいとか、令和の子はゆとり。元祖ゆとり改悪。昔のドット絵の泥臭い職人芸を汚すな」
モチオの気持ちを、わかってくれる人。自分と同じように、今の世の中のルールや、手ぬるい変化に違和感を抱えている人が、画面の向こうに確かにたくさん存在していた。
モチオ「わかってるやつは、わかるニャ。バカはわからんだけニャ!」
自分の考えは間違っていなかったのだと、深くうんうんと頷き、心底納得したように呟いた。
一方その頃、
がり勉猫とコツ勉猫が、凄まじいタイピング音を響かせていた。
がり勉猫「コツ勉猫、もっと煽るのです! 学校教育の矛盾を……レトロゲームガチ勢の魂を呼び覚ますのです!!」
コツ勉猫「はい、お兄様!!! 『掛け算順序問題』と『ドラクエ5至上主義』のタイムラインに、さらに燃料を投下しますわ!!!」
二人は無数の複垢を高速で切り替えながら、モチオの投稿に全力でいいねを押し、ネットのトレンドを完全に裏からコントロールしていた。すべてはモチオの自尊心を取り戻すための、がり勉猫たちの仕掛けた「もう一つの作戦」だった。
そんな裏の努力を知る由もないモチオは、ふと、部屋の窓を見上げた。
カンカンと照りつける真昼の光の中、いつものスズメが電線にちょこんと止まっている。
スズメはモチオの方を見つめながら、何度も、何度も不思議そうに首をかしげていた。
『自分を変だと思ってた、あなたが変じゃない?』
『私には、あなたも 普通の人間にしか見えないけどな』
窓の外の小さな生き物が、まるで自分にそう語りかけているように、今のモチオには見えた。




