幕間 変わった皇女、可愛い皇女
アレン先生の息抜きなお話
アレン・ウォールはそれなりに険しい人生を歩んできた男だった。
家族は貧しいながらに良い人たちで、都からさほど遠くないが近くもないという、絶妙な『辺鄙とまではいかない田舎』にある農家だった。
アレンはそこの長男として生まれる。
その後、毎年のように弟と妹が生まれて、おかげで五人きょうだいだ。
しかしながらウォード家は、暮らし向きが大きく上向くことはないが決して食うには困らない程度に稼ぎもあった。
税金を納めてなお子どもたちが腹一杯になるまで食える程度とあれば、農家としては満足のいける暮らしだったといえよう。
勿論、多少の蓄えを残しつつ、だ。
だが裕福かと問われるとそういうわけでもない。
中間層の中で下位に当たるウォールの家は、不作に陥ればあっという間に困窮する。
幸い、村の人たちは優しかった。
普段から両親が近隣住民と上手く付き合っていたおかげだろうとアレンは思っている。
おかげで不作の時は助け合いで食料や種、苗といったものを分けてくれることもあったし、両親が病に倒れた時は手助けだってしてくれた。
畑を弟妹に任せ、稼ぎに出なければならないアレンの代わりに弟妹に畑の指導をしてくれ、面倒をみてくれたのも近所の人だ。
おかげでアレンは町に出て、商家の元で働くことができたのだ。
畑仕事より帳簿の方が得意であったアレンは商家でよく働いた。
頭が良い子だと商家の雇い主が勉強を見てやるようにと周りに言ってくれたおかげで、色々な知識を身につけることができた。
『夢はあるのかい』
問われて、アレンは知らず知らずのうちに言葉にしていた。
医者になりたい、と。
両親が不作なりに必死で畑仕事に打ち込み、それをアレンは手伝ってきた。
苦労が祟り倒れたとばかり思ったが、それが流行病だったと知った時はどれほど悔しかったろう。
流行病であれば伝染るかもしれないからと弟妹と共に両親と隔離され、とうとう死に目に逢えなかったのだ。
村には医師がいないわけではなかった。
だけれど、頼りになる医師だったかと言われたらそうではない。
薬草をちょっと調合する程度のことしかできない、その程度の人だった。
いい人ではあったけれど。
でも、両親を救うには足りなかったのだ。
責めるつもりはない。
小さな田舎の小さな村に、立派なお医者様なんていないのだ。
だから自分がなりたかった。
立派な医者、ってのがまだはっきりとアレンの中で「こうだ」と形にはなっていなかったけれど、なりたかったのだ。
それを聞いた商人たちは顔を見合わせ――そして、どのくらいの勉強ができなければ医者になるための学院に入ることができるのか、卒業まで必要な金額はいかほどなのか、具体的に叩き込んでくれたのだ。
思えば、とても親切な人たちで――両親のことを考えれば険しい道だったが、それでもアレンは人に恵まれていたのだ。
それはこの国が豊かだからという点もあったろうし、両親が築いた人徳だったろうし、そしてアレンがそうした人々に応援したいと思わせるひたむきさがあったからでもあったろう。
運が良かった、その一言でまとめるにはあまりにもそれは勿体ない話だったから。
そう、アレン・ウォールはそれなりに険しい人生を送ってきた。
だからこそ――簡単に『医学を学びたい』と思いつきで言い出す皇女に腹が立ったのだ。
自分があの老医師に教えを請うに至るまで、学院で医術を学び頭を下げ続けどれほど努力をしたのかも知らないような小娘がただ『学んでみたい』という一言だけであっさりと!
聖女だかなんだか知らないが、とんでもない話だ。
ただでさえ、アレンの中で医術を学ぶことがまるでアクセサリーかのような貴族の子どもたちを見た後だっただけに。
(とても可愛らしい少女だとは聞いていたが)
そりゃああんな可愛い娘がいたら、皇帝だってメロメロだろうと初対面ではアレン・ウォールも思ったものである。
だが決して可愛さに負けてなるものかと強めな態度で挑んだら――皇女ではなく、メイドによって廊下に叩き出された、というわけであった。
『誰か知らないけど逃げてえ!』
そんなことを言って暴れるメイドから助けようとしてくれた皇女は、可愛いけれど変わった皇女という認識になったのは秘密である。
そして、これはアレンもまだ知らないが――のちに、聖女としての皇女の志に感銘を受けて皇女の信奉者となるのだが、それはまだ先の話。




