248
梨沙は家の前でそわそわと行ったり来たりを繰り返していた。
足早に近付いてきた音羽たちを見て、ぱっと顔を明るくするが、そこに遥斗がいないとわかると落胆の色を浮かべた。
だがそんな顔をするのは失礼だと思ったのだろう、直ぐに顔を叩いて笑みを浮かべてみせた。
「皆さん、ありがとうございます。あの、何かわかりましたか」
「いや、そうじゃないんだが……なあ、遥斗は外への行き方なんて知らんよな」
「外?」
自分の言葉に自分でも自身が持てないのだろう、躊躇いがちにそう聞いた男に、梨沙も合点がいかないようで目をぱちぱちと瞬かせる。
「ああ、こんだけ探していないってなると、もう中にはいないんじゃって。だが、外に行くにはあの外門の仕掛けを外さないと行けないんだ。んなもん遥斗が知ってるわけない。そうだよな。いや、すまん。わけわかんないこと聞いたな」
最早自問自答になっている男の言葉に、初めはぽかんとしていた梨沙だったが、少し考え込むとみるみるその顔が青ざめていった。そのあまりの移り変わり様に、男たちの顔も強張っていく。
「ちょ、おい、まさか」
「外門……そんな、でも……。いや、あの子なら……。ど、どうしよう。どうしよう!」
梨沙が悲鳴のような大声を上げて、頭を抱えて立っていられなくなったかのようにその場にしゃがみ込んだ。その様子に周囲がざわつく。梨沙は俯いたまま声を震わせる。
「わ、私一度だけ門が出来た頃に一緒に見に行ったことがある! 遥斗が珍しく興味がありそうだったから……。で、でも見に行ったのは一度きりだし、その時も開ける様子は見てないはずなんだけど、あの子賢いから、今日みたいに一人で見に行って開け方をこっそり見てたか調べてたかしてたかもしれない……!」
取り乱す梨沙は突然立ち上がったと思うと、転がるようにして駆け出した。
「探しに行かなきゃ!」
「ちょ、待った、待った!」
走り出そうとする梨沙を慌てて男たちが引き留めた。
「行ってどうすんのさ、外に行けるのは回収部隊たちだけだよ!」
「俺らみたいのが拠点の外なんて出てっても探すどころか、二次被害になりかねん!」
「でも、でも……!」
半狂乱になる梨沙を皆が必死に宥める。
普段拠点の外に出ることのない彼らにとって、外というのは魔の巣窟だ。そんなところに後生大事にしてきた子どもが一人いるだなどと、音羽ですらぞっとする。いわんや彼らの心情はいかばかりか。
それは音羽の想像以上だろう。
そんな音羽の脳裏には沙耶たちの姿がよぎった。沙耶とルシファーならば拠点の外に出ることなど、きっと問題にすらならない。例えそれがこんな特殊な環境だとしてもあのルシファーなら文句を言いながらも易々と突破するはずだ。
だが沙耶が目覚めない今、ルシファーが沙耶から離れることはないだろう。かといって音羽が行ってどうなるというのか。チイコに乗って飛ぶだけでも疲労困憊になり、魔物と戦ったことなんて碌にないというのに。
そう音羽が考えていると、人々が期待を込めた目をこちらに向けているのに気付いた。外から来たなら外のことも詳しいはずだ、魔物との戦いも慣れているのでは、と思っているのがその必死な眼差しから伝わってくる。
だが残念ながらそれは今動けない者たちに限った話なのだ。
「……ごめんなさい。私は魔物と戦ったことは殆どないの。それどころか隷獣を出すことにもあまり慣れてなくて」
音羽が申し訳無さそうにそう答えると、皆言葉にこそ出さないが、一様に肩を落とした。
「しょうがない。そもそもこれは俺たちの問題だ。ほら、急いで回収部隊の奴らを探しに行くぞ!」
そうしてばらばらと皆走り去っていった。残された音羽はその背中を見つめながら、一人煩悶としていた。
“そうよ、私が行ったところでルウくんの言う通りミイラ取りだ。こんな状況で余計な手間を掛けさせるようなことはできない。……沙耶ちゃんを起こしたほうが。さっきちょっとだけ目が覚めたから、もしかしたら少しなら動けるかもしれない”
ルシファーはそろそろ沙耶が目覚めそうだと言っていた。この状況なら無理に起こしてもルシファーは――文句は言うだろうが――押し切れるだろう。
「――って、違うわ!」
回収部隊を探そうと動き始めていた拠点の人々が、突如響いた音羽の声に驚いて足を止めた。
“何のためにあの拠点を出たの。そうよ、ここはもうあの家のない世界。もう私の命は私だけのものなのよ! ――なら!”
音羽が風を切るように勢いよく振り返る。
「行きます!」
「え?」
「私、外へ遥斗くんを探しに行きます! 外門へ案内してもらえますか」
意気揚々と宣言する音羽に、人々は戸惑いの表情を浮かべる。先程まさに本人から「戦えない」と聞いたばかりなのだ。もしや自分たちの落胆ぶりを見て、そう言わざるを得ないを感じさせてしまったのではないか、と憂慮しているのだ。
だが誰も音羽を止めはしなかった。
今は外へ探しに行ってもらえる人員が何より欲しい。
しかしそれ以上に音羽のその眼差しには揺るぎない強い決意が溢れていたからだった。




