女神2
エリが立っていた。
「はじめまして、勇者様。私が女神エリスです。」
そう言ってお辞儀をした。
「あぁ…えっと。」
突然のことに反応できずにいると、エリ…エリスはくすりと笑った。
「突然すみません。今彼女の身体を借りて話しています。その方が話しやすいかと思いまして。」
「そう…なんですか。」
未だに混乱しているもののなんとか相槌だけは打つことができた。
「勘違いしないでくださいね。普段はこんな事はしていません。ただ、彼女が私が答えるよう祈っていたので…。」
勘違いなどしていない。そんな事ができる冷静さなどない。
というかエリは俺の願いが叶うのを祈ってた?
いや、オーケー。目の前にいるのは女神エリスだ。
見たまんまエリの姿をしているがどうやらそうらしい。
まさかエリが神様騙ったりはしないだろうし、嘘やドッキリではなさそうだ。
「どうも。勇者です。」
「はい。お会いできて光栄です勇者、真田純一様。」
軽く打ったジャブにもエリスは堪えた様子がない。
そう、何よりも先に俺はこれを問わなくてはならないのだ。
「…。なんで、俺を勇者に?」
そう、何の変哲の無い俺をどうして勇者に選んだのか。
どうして…柳川をもう一度呼ばなかったのか。
その答えが無いと、俺は。
しかし、エリスは少し考えるように人差し指を頬に当てて唸った。
「難しい質問ですね。含まれる意図が多いですから。ただ言葉尻を捕まえてお話するとするなら、あなたが勇者に選ばれたのは、あなたが勇者足りうる素質を持っていたから、としか。」
「…。俺じゃなくても良かったんじゃないですか?」
「あえて否定はいたしません。勇者としての素養を持つ人間は何人かいます。あなたを選んだのは、その中で最も素養が高かった…言い換えるなら成功する可能性が高かったからに過ぎません。更に言うのであれば、あなたを下ろして他の候補を選ぶだけの理由がありませんでした。」
厳正な審査の結果です。とエリスは茶化した。
「柳川は…。」
エリスはまたも難しそうな顔をした。と言うより苦々しげだ。
「すみません、間違えました。」
だが、それは一瞬で、すぐに真面目な顔で頭を下げた。
「まち…がえた…?」
まさかの答えに絶句。
「一年前…この世界にとっては百年前ですね。魔物の驚異に瀕したこの世界の住民は、勇者召喚を行いました。」
「えっと、勇者は女神様が召喚したって聞いたけど…。」
「それは半分正解で半分誤りです。人々に勇者召喚の術式を与えたのは私ですし、本当に人類が滅びる時には私自身が勇者召喚を行うつもりでいました。
しかし、百年前のそれは人々が自力で行おうとしたものです。」
「待って…。行おうとした…?」
「はい。勇者召喚の術式は本来、人々が絶滅の縁に立ち、勇者という奇跡以外に頼るものがなくなったときに、その祈りを奇跡として発動するものでした。しかし、当時の人々は勇者召喚の術式をかなりのところまで理解し、ほとんどなんとか発動できるところまで持ってきていました。それこそほんの少しの軌跡で動くほどに。そして、動かないはずの術式を動かし、召喚を成功させました。それが柳川洋司様です。」
百年前の勇者召喚は人類が勝手にやったこと?いや、エリス様が召喚したって手助けしたんならやっぱり奇跡なのか。
いや、というかそもそも。
「なんでもっと早くに召喚を…いや、それを言うなら魔王を倒してやらなかったんだ?」
「祈りと奇跡は等価でなくてはなりません。絶望の檻を、何の苦も無く、努力もなし得ずに壊そうというのであれば、それこそ人類が滅びるほどの祈りが必要だったでしょう。
そういう意味で、勇者はギリギリのラインでした。絶望を振り払うことのできる勇気の象徴であり、単体では決して魔王に勝てない者。
人類が勇者に希望を託し、共に立ち向かうからこそ、魔王に勝利することができるのです。」
お決まりの神の規則と言うやつだろうか。いや、語りぶりからすると彼女の信念とも取れる。ともかく、そういうルールの下で勇者召喚は行われた。
「しかし、それの何が間違いだというのか。」
勇者は現れ、魔王を倒して世界を救った。これが成功でなくてなんだと言うのだ。
「柳川洋司様は勇者ではありません。…少なくとも、私が定義するところの勇者の素質を持ち合わせてはいません。彼に、世界を救うことなど出来ないはずでした。」
「でも…現に。」
「はい。洋司様は魔王を倒し、世界を絶滅の淵から救いあげました。
はっきり言って予想外のことでした。」
「だから…間違い…。」
「はい。恐らく聖女である彼女の影響です。二人は幼馴染で、洋司様は彼女から強く影響を受けていた。本来ならその程度では…。しかし二人の相性は良すぎた、いえ悪過ぎたんです。その結果、あの瞬間の柳川洋司は勇者として限りなく近い存在になっていた。恐らくは仲間達の影響も…。」
「で、でも。それで魔王を倒せたなら、やっぱり成功ってことになるんじゃないのか?」
「それに関しては私から言うことはありません。私がしたのはあくまで勇者の召喚です。そして、それだけについて言えば、あれは失敗なのです。」
そう言い切るエリス様は、多分だけど、別に俺の肩を持ってそう言っているのでは無いだろう。そう思えた。
「じゃあ、今回の勇者召喚は?」
だが、結局のところ、答えは得ていない。
慰めは、今の俺が求めているものでは無いのだ。
「今回の勇者召喚は、前回の勇者召喚を踏まえて更に人々が…いえ、とある賢者が修正したもので、私は一切関与していません。
完全に人為的な奇跡ですね。」
自らが託した物を乱用されているにも関わらず、エリス様は全く気にしている様子がない。
「じゃあ、俺はやっぱり偽物ってことなのか?」
「今回の勇者召喚は完璧に行われました。ですから、仮に私が召喚を行っても選ばれたのはあなただったでしょうね。私としてはあなたは本物と認識しいますよ?例え人為的な奇跡で召喚されたとしても。」
「柳川は…?あいつも召喚されたんだろ?今回は何で召喚されたんだ?」
「私が召喚しました。より正確には、彼を求める祈りに応えました。」
「一体…誰が…。」
「かつて彼と戦った人、彼を救った人、彼が救った人。皆が彼を勇者と信じていました。そうした勇者は彼であるという信仰です。」
…話は分かった。
柳川洋司は勇者ではない。だが勇者としての偉業をなし、勇者として認められた。
対する俺は、ただ才能が認められただけだった。




