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外伝 勇者と共に

掛け声は統率を取る意味でも、士気を高める意味でも有効なものだ。

当然、魔物たちとの戦いでも、多くの兵士達が同じ掛け声の元、心を一つにし人類ために戦った。

勇者と共に

誰もが一度は聞いたことがあるその掛け声が最初に叫ばれたのは、やはりクッセルの戦いだった。



「総帥!"彼"が負傷しました!アインハルトとアレクトロスピオレと共に戻ってきます!」

兵士から報告が上がってくる。

「ああ、見えているよ。」

砦から戦況を見渡している私には不要の連絡だった。

特に敵陣深くまで潜り込んで暴れまわるあの三人は砦の上からでもよく見えた。

魔力切れか、あるいは疲労か、なんにせよ限界を超えて戦ったせいだろう。

「第7隊に中央の増援に向かわせろ。少しでも彼らの撤退を援護させるんだ。」

少しの躊躇の間のあと、了解と返事を残して兵士が走っていく。

もっと増援を送れないのか、そう問おうとしたのだろう。

本当に彼らを助けるつもりなら通常戦力による戦線の押し上げではなく、超人の部隊による戦線の突破、彼らと合流後共に撤退とするべきだ。

だが、あの兵士は気付いているのだろうか、それができる余裕は、この砦にはもうないことを。

クッセルの戦いは全てが上手くいっていた。事前準備の段階で、三都市から援軍を迎えることができたし、数多くの超人が戦列に加わってくれた。

戦場となったこの南西壁も、幾つかの罠を仕掛け、大規模戦用の備えをする事が出来た。

開戦してからも多くの策が功を奏し、敵に大きなダメージを与える事ができた。

そして、彼らだ。伝説の勇者かもしれない彼と彼女、そしてアインハルトの剣士にアレクトロスピオレの暗殺者。それにもう一組の…。

彼らの戦力はそれはもう凄まじい物だった。

だが、それでも足りなかった。

人類が持てる最善手を持ってしても、魔物の侵攻は止められなかった。

超人の力だけで何とか保たせてはいたが、彼らも魔力切れを起こしている。彼らの魔力が戻るまではとても保たない。

決断の時が来た…ということか。

「13隊までを全て出せ。それと、予定の交代は止めて負傷者だけを下がらせろ。」

「総帥…。」

「クッセルは放棄する。各指揮官を集めてくれるか…。それと、彼らも。」


「どういうことなんですか!ここを放棄するって!」

案の定というか、一番遅れてきたのは"彼"だった。

異世界から来たという、まるで伝説の勇者のような…彼。

そんな人を、"彼"と呼び続けているのは、我々が恐れているからだ。

もし、勇者すら負けてしまったらと。

限界を越えて戦って、とうとう負傷するまで下がらなかった彼に、何と不誠実なことか。

「この砦はもう保ちません。突破されれば、都市の中にいる民を守る手段はないのです。ですが、今ならまだ逃すことが可能です。」

それすらも決死の逃避行になる…とは言わない。

「でもここは…クッセルは重要な拠点だって!人類に必要な場所だって!」

「ええ…。今後は辛い戦いになるでしょうね…。」

「なら!」

「しかし終わりではありません。」

しっかりと、彼の目を見る。

怒りか、悔しさか、様々な激しい感情が渦巻いている。そして、とても真っ直ぐだ。

…だから、今はわかって貰えなくても構わない。

「…さて、撤退に当たり部隊を再編する。殿は…。」

撤退するにあたり軍は大きく2つに分かれる。

撤退する部隊と殿を努め撤退しない部隊だ。

「志願する。」

4つの声が同時に響いた。ここに集まった軍のそれぞれの司令官だ。

「撤退先はレーゼルだ。君達には道案内も頼まなくてはなるまい。」

撤退する先のレーゼルから来た軍の指揮官が了承を告げる。

「なら、殿は俺達に。この砦の事は一番よく知っている。」

代わりに声を出したのはクッセルの指揮官…まぁ普段は私の部下なのだが、だ。

「…いえ、殿は残り三軍で行います。皆さんには逃す精鋭の選別をお願い致します。」

普通殿と言うのは少数だ。というか、生き残りのための犠牲なのだから多くしては殿を作る意味がない。

だが…今回は…助かる人数自体を削る必要がある…。

「…。やはり、そうなりますな。」

「承知した、精鋭中の精鋭を寄越すとしよう。」

残り二軍からも反論の声は無い。彼らも現状はわかっているのだろう。

「俺も残ります。俺がいればもっと逃せるでしょう!」

"彼"が今度も声を上げる。そんなもの、認められるはずもないのに。

超人は人類にとって貴重な財産だ。それこそこの都市にすら匹敵するような。

それを使い潰すようなことをするはずがない。

それに…。

「いえ…。超人の皆様には撤退する民達の護衛をお願い致します。」

「でもーっ!」

言い返そうとした"彼"がふらつく。本調子ではないのだろう。

さっきまで敵陣にいて、治療を終えてすぐここに来たのだ、魔力も戻っていないし疲労も蓄積されたままのはずだ。

私は全員に視線をやる。

苦笑いしている者もいれば、愛おしそうな顔をしているものもいる。

様々な表情で、しかし誰もが"彼"の心に寄り添っていた。

たった数日前に知り合っただけの、この戦いで初めてともに戦っただけの、そんな"彼"を皆が信頼していた、愛していた。

異世界から来たひたすらに全力な諦めることを知らない"彼"

「"勇者"様をここで失うわけにはいかない。彼を守ります。」

小さな呟きと決意は、しかしその場にいる全員の総意だった。

「"勇者"様」

彼に向き直る。

彼の目に初めて怯えが宿った。

その称号にかかる重さを知るからこその怯みだった。

「俺はー、俺が勇者なら、なおさら見捨てて行くなんて出来ません!」

だが、すぐに彼はそれを乗り越えてみせた。

「"勇者"様がいれば人はまだ戦えます。ですから今は引いてください。」

「そんなの…。そんなこと……。」

「あー…。勇者様。俺娘がいるんですよ。」

唐突に言い出したのは、その場にいた兵の一人だった。伝令の為に立っていた兵士が声を上げたのだった。

「つい先月産まれたばかりでしてね。目元が母親そっくりで、そんな目をクリっとさせてこっちを見つめてくるもんだからもう可愛くてーいや、妻は父親似だなんて言うんですがー

頭をかきながらー鎧があるのでかけていないがー惚気出す。

「勇者様、妻と娘を守って貰えませんか?」

つまり、それが言いたかったのだ。

「それはー」

、逃げろと言いたいのか。

「勇者様が守ってくださるなら、俺達は安心してここで戦えます。だから、お願いします。」

優しい嘘、しかし紛れもない本心を兵士が伝える。

「わかり、ました。」

震える声で勇者様が応える。

その目に涙を流しながら、それでも力強く彼は返事をした。

「約束します。必ず守ります!そして、いつか、いつか俺が魔物を全部倒してーこんな、こんな戦いを終わらせます。あなたの奥さんや娘が戦いに巻き込まれる心配の無い世界にしてみせます。だからー」

ああ、駄目だ。そんなことまで彼に背負わせるわけには行かないのに。

「だから、ここを頼みます!」

勇者様は、そう命じる重みさえ、背負ってみせた。



クッセルの砦は地獄の様な様相を見せていた。

平野に出ていた兵を全て収容し、籠城の構えを取る我々に、魔物は一旦攻勢を緩めた。

徒に突撃して来れば飲み込めたものを。まぁ慎重になってくれるのはありがたい。

それだけこちらが逃げる時間が稼げる。

しかし、それも長くは無いだろう。隊列を変え終わればすぐにでも攻めて来るだろう。

「諸君、今からここクッセルは陥落する。」

拡声術式により、自らの声が砦全体に広がる。

戦闘準備を整えた兵士達が静かにそれを聞く。

「しかしまだ終わりではない。勇者様がいれば、いつか我々は勝利する。

そのために、今は我々が勇者様を支えるのだ。

この一戦は勇者様を守る戦いだ!」

魔物達が動き出すのが見えた。とうとう戦闘が始まる。

生き残る可能性は無いだろう、それでも恐れは無い。

それどころか、これまでで一番やる気に満ち溢れている。

希望を託せる相手が見つかった。私達に希望を与えてくれる者が見つかった。

「我々の作る一分一秒が、明日の勇者様の勝利となるのだ!」

あの勇者様なら世界を救ってくれる。

「総員、抜刀!」

勇者様、そのいつかに立ち会えないのが残念でなりません。

それでも

「勇者様と共に!」

我々は今ここで、そのいつかの勇者様と共に戦います。

「勇者様と共に!」

砦全体から響いたその声は、撤退する者達にも届き、それ以後多くの兵士たちがその言葉を叫ぶようになる。

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