天使の襲撃
「――敵襲ッ!!」
城壁の兵士が叫ぶ。
「天使だッ!! 天使が襲撃してきたぞッ!!」
この世界における天使とは、女神の共に空へと上がり、夜空の星となった光の精霊のことを指す。
魔王城の上空に現れたのは、五体の天使。
翼を持つ人型の精霊――五色の御遣いが、魔人族の兵士たちを見下ろしていた。
「おー、ぞろぞろ出てきやがる」
二丁拳銃を構えたラムルが不敵な笑みを浮かべる。
「あらあら、随分と大勢で来ましたね」
杖を手にしたエルマが、戦場には不釣り合いな穏やかな笑みを浮かべる。
「これもシンの作戦通りです。私達がここで魔人族の兵士を惹きつけますよ」
現れた兵士たちを観察していたフィルが盾を手に取る。
「小物ばっかり……ディアは大物を討ち取りたい……」
退屈そうなディアは不満げな声を漏らす。
「ははっ、いいじゃん! これだけ数がいれば大暴れできそうだよ! 大将首はシンくんに任せてあげようよ!」
無邪気に笑うルビアが剣を抜いて戦闘態勢に入る。
現在、五色の御遣いたちは、真羅の指示によって魔王城の兵士たちを惹きつけていた。
「一番槍はオレが貰って良いか?」
ラムルがまとめ役であるエルマに尋ねながら、魔人族の指揮官らしき女に狙いを定める。
「いきなり頭を潰してしまったら不要な混乱を招きますよ。私達の役割はあくまでも兵士達を惹きつける事。一番手はディアの広範囲魔術で開戦の狼煙としましょう」
「ちっ、まあ、しょーがないか」
エルマに諫められたラムルは銃を下ろす。
「ディアがやってもいいの?」
「ええ。それが最も効率が良いでしょうからね。ふふ、思いっ切りかましてあげなさい」
「分かった……」
ディアは魔導書を取り出すと、その膨大な魔力を高める。
「城にはシンがいるから当てるなよ」
「あはっ。でも、中庭ではいくら暴れてもいいって言ってたからね! 特大の花火をお願いね!」
既に戦闘態勢に入っていたラムルとルビアは、エルマの指示に従って開戦の一撃をディアに譲る。
「あの城は地球には無い特殊な素材で造られています。かなりの硬度を持っているようです。ちょっとやそっとじゃ倒壊の心配はないでしょう」
魔王城を眺めていたフィルが冷静に分析する。
彼女の言う通り、この城は硬度が高いうえ、魔法耐性の高い素材が使用されているため、一度ぐらい高威力の魔術を放ったところで壊れる心配はない。
「じゃ、思いっ切り……発射」
ディアから特大の火球が放たれる。
火球は真っ直ぐに中庭に向かって落ち、城壁内を覆うほどの大爆発を引き起こす。
「あー、こりゃ一発で終わりかな?」
兵士たちがまとめて一掃されてしまったため、出番のなかったラムルが落胆する。
「いや、まだです」
残念そうな顔のラムル対し、フィルの表情は鋭い。
彼女の瞳には先ほどの魔人族の女が映っていた。
その女は爆発に怯むことなく、何からかの呪文を詠唱している。
そして次の瞬間、彼女を中心に冷気が迸り、中庭を覆っていた爆炎を消し去ってしまった。
「へー、氷魔法ってやつか。やるな、アイツ」
爆炎を打ち消した魔人族の女に対し、ラムルは感心したような声を漏らす。
「なんだ、いるじゃん! 強そうなのが!」
手練れがいることを知ったルビアが、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「恐らくは魔将とかいう奴でしょう。どうしますか? エルマ?」
鋭い視線で魔人族の女を睨むフィルが、エルマに意見を求める。
すると、エルマは可笑しそうにクスクスと笑い声を漏らした。
「エルマ?」
エルマの反応にフィルが首を傾げる。
「ふふっ、ごめんなさい」
エルマは謝罪の言葉を口にすると、持っていた杖を天に掲げる。
「答えは決まっているでしょう? 相手が誰であれ私達のやる事は変わらない」
「そうですね……私達の役割は兵士を惹きつける事。魔将が相手でも変わらない」
フィルもまた盾を構える。
「では、行きましょうか! 五色の御遣い! 作戦開始です!」
エルマの指示と共に、五人の御遣いたちは一斉に地上に向かって攻撃を開始するのだった。
「怯むな! 天使とはいえ相手はたかが五体だ! 恐れることはない!」
魔人族の女――“氷の女王”の異名を持つ、魔将タリザは爆炎を消し去ると、混乱している兵士たちに指示を出す。
「負傷者の回収は後で良い! 今は敵に集中しろ!」
先ほどディアの放った火球によって外にいた兵士の大半が倒れたが、タリザが咄嗟に放った氷魔法によって爆炎を打ち消したので被害は最小限に済んだ。
本来ならば倒れた兵士の救助を行いたいところだが、現在の魔王が敗れた彼らを許すとは思えないため、そのまま放置することにする。
(クソッ! なぜ天使などが襲撃を!? 奴らは伝説上の存在ではなかったのか!?)
表面上冷静さを保っているタリザだったが、内心では兵士同様に困惑していた。
天使とは、神話上に出て来る伝説の存在であり、彼女自身は空想上のモノだと考えていた。
しかし、目の前にいるモノは、見た目こそ翼を持つ亜人族の一種である翼人に酷似しているが、その湛えた力は明らかに人の範疇を超えている。
その強大な魔力は、まさに伝説に謳われる天使そのものだった。
現にその天使の一撃によって、中庭にいた兵士の過半数以上がやられてしまっている。
(この失態。私一人なら良いが、このままではこの場の兵士が皆、陛下によって殺されてしまう)
現在の魔王は敗者に容赦がない。
手加減されていたのか、幸いにも倒れた兵士たちにはまだ息がある。だが、このままで生き残ったとしても魔王に処刑にされてしまう。
タリザは魔王のやり方に思うところがないわけではないが、反発しようものならば、自身も処分されてしまう。
自分にできることは魔王の指示に従うことだけである。
(これ以上の失態を重ねるわけにはいかない!)
タリザは魔導具の槍を構える。
ミスリル製の魔法の槍は、タリザが魔将になった際に先代魔王から授かった物だ。
この槍ならば相手が天使だろうと通用するだろう。
タリザが魔法で身体能力を強化すると、それを見計らったように天使たちが地上に向かって降下してくる。
その内の一人、紅い髪の少女――ルビアは、剣を構えたままタリザに突撃してくる。
「くっ!」
その高速の一撃を、タリザは身体能力を強化した肉体と魔法の槍で何とか受け止める。
「へー、やるね!」
ルビアが無邪気な声でタリザを称賛する。
「貴様は何者だ?」
鍔迫り合い状態のままタリザは尋ねる。
「あたし? あたしはルビア! 君は名乗らなくて良いよ! どうせすぐに忘れるからね!」
純真無垢な笑みを浮かべたルビアはそう答えると、槍を弾くとそのまま上空に浮かぶ。
「貴様ら何が目的だ?」
タリザは氷のように冷たい視線でルビアを睨むが、彼女はどこ吹く風で笑っている。
「あたし達の目的? そんなの決まってるじゃん!」
ルビアは上空から剣の切っ先をタリザに向ける。
「魔王の討伐。それ以外ないでしょ?」
そう言うとルビアは、無邪気な笑みのまま再びタリザに斬り掛かるのだった。
「大変です! 天使が襲撃してきました!」
兵士が息を切らしながら、ローブを纏った壮年の男に報告する。
「天使? 翼人族ではなく?」
「はい! あの存在感、間違いなく精霊です!」
「そうか……そんな存在が実在したとはな……指揮は誰が?」
「タリザ様が指揮を執っておられます!」
「分かった――私はこの四天の門の守りを固める。お前は天使の対処に加勢しろ。この場には誰一人立ち入らせるな」
「はい!」
兵士が出て行くこと確認すると、男は魔杖を構え背後の扉を守るように立つ。
「天使……いったい何が起こっているのだ……いや、何が起ころうと私の役目はこの門を死守することだ。それに変わりはない」
そう言うと男は結界を張り、この部屋の出入り口を完全に塞いでしまう。
「これで誰もこの間には入ってこれまい――」
「――そうでもないぞ」
突如、出入り口の前に誰が現れる。
「結界の構築が一歩遅かったな。まあ、この程度の結界で俺を阻む事は出来ないが」
現れたのは人間族と思われる青年だった。
「貴様……何者だ?」
魔人族の男は警戒するように青年を睨みつける。
「そういうのは、自分が先に名乗るもんだよ?」
青年は可笑しそうに笑みを浮かべる。
「そうだな。ならば私から名乗ろうか――私の名は魔将、“雷神”ダーロッド」
「雷神? 随分と御大層な二つ名だな」
名乗ったダーロッドの異名を、青年は可笑しそうに笑う。
「そう言う貴様は何者だ?」
「ああ、俺?」
青年は笑みを消すと、魔将ダーロッドに視線を向ける。
「魔術師、ソーマ」
ソーマ――真羅は魔術師の通称を名乗る。
「そこ、通してくれない? 俺は魔王に用があるんだ」
「通すわけがないだろう? 貴様のような侵入者に」
ダーロッドは威嚇するように自身の魔力を高まる。
「ほう。大した魔力だ。魔将なだけはある」
人間族を遥かに凌ぐ魔力を放出するダーロッドを見て、真羅は軽く拍手をしながら称賛する。
「貴様の目的は問わん! ここに入った以上、全力で排除する!」
ダーロッドは鋭い視線と魔杖の先を真羅に向けてくる。
「良いのか?」
「私の役目は侵入者の排除のみ! 命乞いなど聞かん! ここに来たことを後悔するがいい!」
ダーロッドの魔力がさらに高まると、その全身から稲妻が迸る。
「私が“雷神”と呼ばれる所以! 存分に味わえ!」
「いや、そうじゃなくて……」
真羅だけに集中しているダーロッドに、彼は呆れたように溜息を吐く。
「俺だけを見ていて良いのか?」
「何を言って――」
突如、ダーロッドが意識を失って倒れる。
倒れた彼の後ろには、ふさふさの髭を蓄えた仙人のような老人が佇んでいた。
「ほっほっ、魔将と呼ばれているようじゃが、まだまだ甘いのう」
「全くだ。敵が俺だけとは限らないのにな……」
真羅は肩を竦めながら、老人の意見に賛同する。
「まあ、真っ向から戦ったとしても、ゼロキには敵わなかっただろうけどな」
真羅の言葉を聞いた、ゼロキと呼ばれた老人は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「真羅からそう言われると何とも心地良いわい」
「世辞は止めてくれ。この程度の相手、六血のお前には容易いだろう?」
「ほっほっほ、確かにの。このワシ、“麒麟”の力を前に魔人族如きでは太刀打ちは出来んだろうのー」
ゼロキは愉快気に笑う。
彼は六血の一人にして、麒麟の幻血、【幻血覚醒・麒麟】。
原初の魔霊。零の麒麟――零麒の名を持つ、始まりの六血。
真羅が最初に生み出した魔術精霊である、麒麟の幻血を宿した精霊。
麒麟とは、全ての獣の王。
四霊の一体にして、五神の一柱。巨大な鹿に似た胴体に龍の頭、牛の尾と馬の蹄を持つ、慈悲深い霊獣。
その幻血の魔霊が彼――ゼロキだ。
「この雷神様が結界を張ってくれたが、この程度の結界だと邪魔が入るかもしれない。だからはゼロキここで侵入者を止めてくれ」
「了解じゃ。とは言っても、御遣い達がいる以上、誰も来ないだろうがのう」
「そりゃそうだが、万が一って事もあるからな。警戒は怠るなよ?」
「分かっておるわい。年季の違いを見せてやるわ」
ゼロキはふさふさの髭を撫でると、その力でダーロッドを部屋の隅へ移動させる。
麒麟とは、殺生を嫌い、植物すら食さず、歩く際に草の芽や虫すら踏むことがないと伝わっている。
その幻血を持つゼロキは、魔霊にしては珍しく生物の殺生を嫌うし、無意味に他者を傷付けることはしない。
そのため、この魔将ダーロッドも気絶させるだけに留めていた。
「こ奴の記憶によると、この先には四天王という、四人の魔王直属の精鋭がそれぞれの階を守護しているようじゃ。魔王は最上階の間にいるそうじゃが、まずは四天王を倒さんと上の階には行けないそうじゃのー」
「そうか。よーし、俺も本気で行かないとな」
そう言うと真羅の身体が光に包まれる。
そして、光が止むと彼の服装が変わっていた。
「ここからは異端者の時間だ」
真羅の身体は【漆黒の衣】と【純白の衣】を纏い、手には【干渉の手袋】、右腕には【怪力乱神の腕輪】、足には【天地の靴】、顔には【鏡花の面】、首には【隠れ羽衣】を巻き、腰にはウエストポーチ状になった【星空の蔵】が付いている。
これが真羅の魔術師としての完全武装であり、彼らに、【霊刀水月・真打】と【逢魔の杖】を加えることで“十装”と呼ばれる魔具精霊が揃う。
「じゃあ、ゼロキ。この場を任せたよ」
「お任せを」
この場をゼロキに任せた真羅は、そのまま四天の門を開き、中へと入っていくのだった。




